2-08 カフェで一息、してる場合?
それから一日経った夜。
夢のふくろうカフェには、五人のフクロウとオカメインコの姿をした青葉がいた。
らいむはカウンターの奥でケーキを作っている。はっさくはテーブル席の端でコーヒーをすすり、みかんはキッズスペースで玩具の銃をいじっている。すだちはカウンター席に座りながら足をブラブラさせ、その隣にゆずが座りながら、カウンターに顔を突っ伏せていた。
「お客さん……来ない……」
カウンターに片頬を押し当てながら、不満げに唇を尖らせてぼやく。
ゆずの目の前にあるティーカップが、奥から伸びてきた細い指に持って行かれ、紅茶のそそがれる音がした後、またもとに戻された。
「焦ってはいけませんよ、ゆず」
「で、でも、この二週間で、夢のカフェに来たお客さん、三人しかいないんだよ!? 夢鼠を倒す以前に、キメラに取り憑かれたお客さんが、来るかどうか……」
なだめるらいむに対して、ゆずは顔を上げて言い返し、肩を落とした。淹れられた紅茶が視界に入り、ティーカップを手にとって口につける。紅茶特有の苦みにまだ慣れず、少し顔をしかめた。
「このままだと、青葉さんの記憶が消されちゃうよ……」
カップをソーサーに戻し、ゆずは肩に乗っている青葉に視線を移した。
青葉は落ち込んでいるように目を伏せて、冠羽をしゅんと垂らしている。
「ごめんね、ゆず。お客さんが来ないのは、現実のカフェ自体があんまりはやってないからだよね」
「あっ、ううん! そんなつもりで言ったわけじゃ……」
青葉の言葉に対して、ゆずは慌てたように首を振った。
けれども青葉はうつむいたまま。シフトに入った時のことを思い出していた。
「この前、わたしが働いていた時も、三時間ちょっとだけど、お客さん三組しか来なかったよ……。現実のお店にお客さんが来ないと、夢の中のお店にはもっとお客さんが来ないよね。店長も悩んでたよ。前のお店は、もうちょっとはやってたのにって」
「前のお店?」
気になる言葉に、ゆずは首を傾げて訊き返した。
青葉に代わって、カウンターの奥にいるらいむが話を始める。
「ゆずは知りませんでしたね。今のふくろうカフェは、オーナーの意向で移転してできたものなんです。以前のお店は、もう少し郊外にあったんですよ」
「そうだったんだ」
ゆずは納得したようにうなずいた。
隣に座るすだちが、身体を前に傾け、ゆずの顔を覗き込むようにして話し出す。
「前のカフェはね、平日でも満席になるくらい、いっぱいお客さんが来てたんだよ~。噂まであったんだから、『このふくろうカフェを訪れた人には、幸運が舞い降りる』って~」
すだちは両肘をカウンターにつき、両手にアゴをのせて、懐かしそうに口もとを緩めた。
「楽しかったな~。夢の中にも、毎日お客さんが来てたよ~」
「あの頃は、
カウンターを挟んだ向こう側で、らいむも懐かしげに目を細めた。
その言葉を聞いた瞬間、すだちの顔が一瞬曇ったように見えた。腕を解き、ぶらんと身体の横に降ろす。
「すだちさん?」
「あっ、ううん、なんでもない」
ゆずが不思議に思って問いかけると、すだちは笑いながら首を振って、辺りを見回した。
その時、ゆずの目の前にコトリッとお皿が置かれる。上には、色とりどりの果実が入ったフルーツタルトがのせられていた。
「ゆず、何度も言いますが、焦りはいけませんよ。店長さんや小美美さんや青葉さんだって、頑張っているんです。私たちは、お客様が来るのを信じて待つだけです」
「そう、かな……」
らいむの言葉に、ゆずは納得していないように呟いて、タルトに目を落とした。果実が詰まったタルトは華やかだが、ゆずはなぜか食欲をそそられない。それでもらいむが作ってくれたものだからと、なにも言わずにフォークを手に取る。
すると、カウンターの上に、目を輝かせながら青葉が降り立った。
「美味しそう……! ねぇ、ゆず、ちょっと食べてもいい?」
「青葉さん、食べたいの? いいよ、食べても」
青葉はフルーツタルトに釘付けとなっていて、ゆずの返事を聞くなりくちばしを開けた。けれどもそこへ、細い指が伸びてくる。青葉のすぐ横に、小さなカップ皿がコトリッと置かれた。
「青葉さんは、こちらを食べてくださいね?」
皿を置いたらいむがそう言って、青葉の頭を優しく撫でていく。
「わたしの分も作ってくれたんですね。ありがとうございます、らいむちゃん」
青葉は黄色い翼を広げながらお礼を言った。人の姿をしているらいむは、青葉よりも年上に見えるため、自然と敬語になる。けれども名前を呼ぶ時は、ふくろうカフェでいつも呼んでいるちゃん付けになってしまう。
青葉は早速、カップ皿の中を覗いた。
「わぁー、アワとかヒエとかムギの実があるー。……って、これ、鳥の餌じゃないですか!?」
ケーキを期待していたらしいが、カップ皿の中に入っていたのはインコの餌。
青葉は目を点にして顔を上げる。らいむはニコニコと笑いながら、すだちの前にイチゴのショートケーキを置いていた。
「青葉さんは鳥の姿ですから、人の食べ物を食べてはいけませんよ。ものによっては、毒になることもあるんですから」
「で、でも、みなさんだって、フクロウじゃないですか?」
「夢の中では人の姿なので、人の食べ物が食べられるんですよ」
らいむの話は、説得力があるような、ないような。
青葉は首を何度も捻りつつ、目の前に置かれた餌をまた見た。
「うーん、そういうものなのかなぁ? わたしもケーキ、食べたかったんだけど……。あっ、これも意外と美味しいかも」
「青葉さん、結局食べるんだね……」
食欲には敵わず、青葉はカップ皿に入った餌をついばみ始めた。くちばしで器用に殻を割り、中身を食べていく。鳥の姿にも、慣れたらしい。
その時、青葉の背後からそぉーっと手が伸びてきて、いきなり体をつかんだ。
「わぁ~、もふもふしてる~! 青葉ちゃん、一回触ってみたかったんだよね~」
「すだちちゃん? 急に捕まえないでー!?」
すだちは青葉を両手で持ち、お腹をくすぐるように撫で回す。青葉はびっくりしたように冠羽を逆立て、翼をばたつかせた。すだちの手を抜け出し、店内を飛び回る。
「へえー、
キッズスペースにいるみかんが、玩具の銃を飛び回る青葉に向けた。
「えっ? みかんちゃん、撃たないでよ!?」
青葉は慌てたように、さらに翼をばたつかせる。壁にぶつかりそうになりながら方向転換して、高い場所にぽふんっと降り立った。
「あっ、ここ、落ち着くかも」
「……乗るな」
そこは、はっさくの頭の上。
はっさくは眉をしかめて片目を上に向けるが、手は出さない。
青葉は安心したように、その場で羽繕いを始める。
「青葉さん、やっぱりぼくよりもはっさくさんのほうが……」
ゆずがその光景を見ながら、ショックを受けたようにカウンターに顔を突っ伏した。
「青葉さん、はつが嫌がっていますから、そのへんにしておきましょうね」
らいむがカウンターの奥から出てきてそう言った。はっさくの前にガトーショコラののった皿を置き、頭に乗る青葉をそっと両手で持ち上げる。それから、ゆずのそばへ行き、カウンターのもといた位置に青葉を戻した。
「すだちは、びっくりさせないよう急に触らないようにしましょうね。みかんも、店内で銃を向けるのは危ないですからやめましょう」
すだちとみかんをたしなめると、二人は「はーい」と素直に返事をする。らいむは、カウンターに置いておいたチーズケーキを、みかんのそばに置いた。そして、カウンターの奥へと戻っていく。
「らいむちゃんって、すごいですね。みんなのことに気を配っていて、カフェでも一番人気ですし、やっぱり、リーダーって感じがします」
青葉はカウンターの上から、感心したようにらいむを見上げて言った。
らいむは食器を拭きながら、はにかんでみせる。
「私はカフェに来る前は、『dream owl company』で、ふくろうカフェのリーダーになるための訓練を受けてきましたから」
「えっ? 『dream owl company』ってそんなこともしているんですか?」
「えぇ。でも、それ以前に、みなさんは、かけがえのない大切な仲間ですから。仲間のことを思うのは、当然のことですよ」
そう飾り気なく言ってのけるらいむに、青葉は尊敬の眼差しを向けた。
一方、ゆずはさきほどからアゴに手を添えて、真剣な顔で考え事をしていた。
「気を配る……、配る……。……そうだ、そうだよ! あぁっ!?」
なにかをひらめいたゆずは顔を上げて身体を伸ばす。そのせいでバランスが崩れ、カウンター席から滑り落ちて尻もちをついた。
顔をしかめて尻を撫でるゆずを、らいむは微笑みながら、すだちは心配そうに、みかんは呆れながら、はっさくは無表情で見つめる。青葉はきょとんと首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます