20
*****
「ほ、本当にここが……」
「私は言われた通りの場所へ転移したわ」
魔術で明かりを灯しても、あたりの景色は真っ暗なままだった。
いえ、真っ暗というより、真っ黒ね。
この黒さが何でできているかなんて、考えたくもない。
ゴツゴツとした岩肌は、座るのも憚られるほど悍ましいもので汚れている。
だから、私とアウェル様は、立ったまま疲れを取ることも出来ない。
「それで、どうなんだ。魔力が戻ったのは本当のようだが……」
アウェル様はせっかちだ。複数人を運ぶ転移なんて高度な魔術を使ったばかりの私を、もっと労ってくれてもいいのに
それ以前に、私とアウェル様は同時にここへやってきた。アウェル様の指示に従ったのだから、ここに詳しいのはアウェル様のはず。
「少しお待ちを……」
思わず口答えしてしまったら、頬を張られた。乾いた音が、どこまでも反響する。
「早くしろっ! とっとと戦力を見つけて、城へ戻るんだ!」
「わかりました」
顔の良さと、王位継承権一位の座さえなければ、こんなボンクラ王子、とっとと見捨ててやるのに。
私は探知魔術を使いかけて……別の魔術を使うために魔力を流用した。
読心魔術。
この魔術の欠点は、こちらの考えも相手に筒抜けになってしまうこと。
こんな仕打ちを受けてまで、一緒にいる価値があるのかどうか、確かめたくなった。
もっと早くに、この魔術を使っておけばよかったと、後悔したわ。
「……ん? な、なんだ? おい、お前、なんだこの、別の世界の記憶!?」
「騙しましたね」
牢にいる時点でおかしいとは思ってた。
*****
「王位継承権一位ともなると、俺の足を引っ張るやつがたくさんいるってことだ。俺は何もしてねぇ。皆イゼーに騙されてるんだ」
イゼーの野郎にここへぶち込まれてから、散々な日々を送っていた俺のところに、何故かあの小娘がやってきた。
俺が部屋で飼っていたころと違い、小綺麗になってた。
歳は確か十二だったか。あと数年もすれば、まあまあな顔と体つきになるだろう。
「何もしてない、ですか」
小娘はため息を付きながら、そう吐いた。
「お前のこともさ、もっと丁寧に扱うべきだってわかってたんだぜ? だけどお前が綺麗なままでいると、色々怪しまれるからさ、仕方なかったんだよ」
勿論、全部嘘だ。俺は小娘の力を使って力ずくで王位継承権一位の座を堅守し、あわよくば親父を殺して、なるべく早く王位に就くつもりだった。
一番偉い人間である生活を、できるだけ長く楽しみたいからな。
だが、それもこれも、全て駄目になった。
まさかイゼーの野郎が俺を裏切るなんて。
イゼーは俺の次に偉い権力をやるからと言っても、国庫の半分を渡すと唆しても、全く靡かなかった。
それどころか蔑んだ目で俺を見やがって。弟のくせに。
この牢の頑丈さは、俺もよく知っている。なんたって、これまで何人も、俺の不始末を押し付けてここへ送り込んだからな。
そして、この一番奥の牢に入れられる奴の運命は一つ。死刑のみだ。
王位継承権一位だった俺がどうしてこんな目にと、毎晩嘆いたが、何も変わらなかった。
死刑囚に、死刑の日付は教えてもらえない。執行直前になってようやくそれとわかるのだ。
俺は死の恐怖に怯えながら、膝を抱えてうずくまるしかなかった。
俺はもう終わったと、思いこんでいたのだ。
救いの女神は、まさかの小娘だった。
「どうしてここへ?」
俺が最初に問うた時、小娘はこう答えた。
「私はまだ、諦めてないの」
何を諦めていないのかは語らなかったが、俺は恥も外聞もなく小娘に救いを求めた。
イゼーを悪者に仕立て上げて、口からでまかせを喋り倒した。
小娘は俺の言葉を信じたように見えた。
「王子様……いえ、私の王様になるのは貴方なのよ。そのためには、どうしたらいいかしら?」
小娘のために王様になるわけじゃないが、俺はここから出してくれるやつなら誰でも良かった。
「まず俺を……いや待て。その前に、どうやってここへ入り込んだ?」
以前この小娘がこの牢へ入っていた時、俺は第一王子権限と、牢番に少々の金を握らせてどうにか入り込めた。
この小娘に、そんな権力や金は無いようにみえる。
「私、魔力が元に戻ったんです」
小娘は俺の気配を辿り、転移魔術でこの牢の前へ直接飛んできたそうだ。通りで、唐突に現れたわけだ。
「じゃ、じゃあ、もしかして、魔物を……」
俺が急くと、小娘は唇に人差し指を立てて、静寂を促してきた。
そして、こくりと頷いた。
魔物の力があれば、後はどうとでもなる。
俺を牢へぶち込むなんて不敬を犯した奴らに、片っ端から地獄を見せてやるんだ。
とりあえず城内の、誰もいない貴賓室まで転移魔術で移動した。便利な魔術だ。
「ここから北東に、でかい魔物の気配はないか?」
この城の北東遥か百キロメートル先には、魔王の谷と呼ばれる魔物頻出地帯がある。
本当に魔王がいるわけじゃないが、魔物は数多いると言われている。
そいつらを小娘に操らせれば、俺は無敵だ。
「ありますね。そこへ行けばいいんですか?」
「ああ」
俺が頷いた顔を上げたときには、あたりの景色は一変していた。
*****
「騙し? 俺は何も騙してなんか……」
「嘘つき。本当は王位継承権なんて、もう剥奪されてるのね」
「そ、そんなわけ……」
「私の心を、記憶を視たでしょう? 私もあんたの心を視たのよ」
お城で、イゼー様は私にお姫様の待遇ではなく、仕事を与えた。
下働きの侍女がやるような雑用を、毎日、毎日。
お部屋はわざとボロく作った小さな小屋で、自分のことも全部自分でしなくちゃならなかった。
私はこの世界のヒロインなのに、おかしくない?
きっとイゼー様は私の王子様じゃないのよ。
だから、アウェル様を探し出して、牢から出してあげたのに。
でも、ここへ来れたのはよかったかもしれない。
町の近くじゃ考えられないほど、強い魔物がたくさんいる。
「おい! 聞いているのか!? お前の記憶は一体どういうことだ!」
アウェル――もう様付けしなくていいか――が私の胸ぐらをつかんで、揺すってくる。
鬱陶しい。
指に魔力を込めてアウェルのおでこを弾いてやると、アウェルはぽーんと跳ね跳んで、地べたに寝転がった。
「いっ、痛いっ! 何をするんだ、この糞餓鬼がっ」
「私の言うことを聞きなさい。まず黙って、動かないで」
貴族学院では魔術を使う時、呪文を詠唱しなさいって教わってたけど、私にそんなもの必要ない。
転移魔術が使いたかったら、「そこへ行きたい」と念じながら魔力を少し体外へ解き放てばいいだけ。
今は、この鬱陶しいDV野郎を静かにさせたかったから、言葉に魔力を乗せて命令した。
アウェルは押し黙り、その場に静止した。
過酷な牢生活で痩せてしぼんでいても尚、第一王子の威厳を残していた顔には如実に「どうして?」が浮かんでいる。威厳も失せた。
アウェルの心を読んだ限りでは、私達が今いるのは、魔王の谷と呼ばれる場所。
でも魔王はいないみたい。
それっぽい気配もないし。
人間の王子様が駄目なら、魔物や魔族の王様でもいい。私をちゃんとヒロイン扱いしてくれる誰かが居ればよかったのに。
私の大好きだったスマホゲーム「ドキドキオンライン~百人の彼氏と溺愛中~」は、ある程度まで課金すると、ユーザー好みのキャラクターを作ってくれるサービスがあった。
課金額は非公表だったけど、百万円以上っていう噂があった。とてもじゃないけど、私には手が出せなかった。
それでも諦めずに、毎月数万は課金してたっけ。
だからこの世界で目覚めた時、きっと神様が私好みのキャラクターを用意してくれてるって信じてた。
でも現実はこれ。私の能力を使って今すぐ王位に就きたいボンクラ王子と、私を「清く正しい道」へ導きたいクソ真面目王子。学院には一番好みの顔の男の子が居たのに、私を「嫌い」って言い切ってくれたわね。
皆、許せない。
ふつふつと湧いてきた怒りと共に、体内の魔力も高まっていく。
谷の更に奥底から、地鳴のような音がした。
私の魔力に、魔物が反応したみたい。
「ついてらっしゃい」
アウェルに命じると、アウェルはぎこちない足取りで私の後ろに付き従った。
私たちは谷の奥底へ進んだ。
五分くらい歩いたかしら。そこには、王城がすっぽり収まるのではないかというくらい、大きな空間があった。
視界は相変わらず真っ黒だけれど、私が魔術で照らしまくっているから、わずかに「それ」の形がわかる。
マッチョな人って、体のあちこちに血管が浮いてるじゃない。
その浮いてる部分を集めたような塊が、大量にそこにあった。
大きさは、私より小さなものから、元いた世界の観光バスより大きなものまで様々。
数は、数え切れない。
全てがかすかに、ボコボコと音を立てている。
SFモノはあまり鑑賞したことがないけれど、宇宙人の培養施設ってこんな感じかしら。
ひときわ大きな、観光バスサイズよりも更に大きな塊から、ぐぼぐぼ、という変な音がする。
気になる。
「あれに近づいて、触れてみて」
後ろに付き従うアウェルに命令すると、アウェルは首をわずかに横に振りながら、涙目で少しずつ、特大サイズの塊に近づいていった。
「早くして」
命令を重ねると、今度はちゃんと走った。
アウェルが通った場所に水滴が落ちてる。涙じゃないわ。……やらかしたのね。
小さな塊をかき分けて、アウェルはようやく特大サイズの塊に右手を触れた。
塊は、ビクン、と大きく脈打って……それから、何も起きなかった。
「魔物が飛び出してくるかと思ったのに。刺激が足りないのかしら。でも、どうしたら……アウェル、一旦戻ってきて。アウェル?」
ボンクラ王子、今度は失神してるわ。使えない。
「起きなさい! こっちへ来なさい!」
アウェルは体を起こし、こちらへ駆け戻ってきたけれど、顔は白目をむいたまま。ちょっと怖い。
「アウェル、アウェルったら! 駄目ね、完全に失神してる」
気を失った人間に命令を聞かせることはできないみたい。
かろうじて立ったままのアウェルを、仕方なくその場に寝かせた。
アウェルは憎いけれど、死なせるつもりはないもの。このまま倒れて頭を打って死ぬとか、やめてほしいわ。
私はその場に留まって、塊に話しかけてみた。
「ねえ、誰か入っているの?」
更に、塊を拳で最初は軽く、次第に強く叩いた。
叩く度にネチャネチャと粘着質な音がして気持ち悪かったけど、不思議と手には何も付かない。
何度も声を掛けたり叩いたりを繰り返して、やっぱり無駄だと悟った。
使えない上にこんな気持ちの悪いもの、私の世界に要らないわ。
焼き払ってしまおうと、右手に魔力を溜めた時だった。
「アツイ」
低い声だった。私でも、未だ失神状態のアウェルの声でもない。
塊から聞こえてきた。
「あつい? 熱いの?」
「サムイ」
「寒い? どっちなのよ」
「アツイ、サムイ、アツイ、サムイ、あついさむいあついさむいさむいあついさむあつあっあつあおついさむあああああーーーーーー!!」
衝撃で、私は壁に叩きつけられた。
ものすごく痛い。
自分で自分に治癒魔法を掛けて立ち上がると、目の前にはやたら髪の長い人が、素っ裸でうずくまっていた。
「え、人?」
完全に丸まっている状態なので、顔や胸、手の先なんかは見えない。
見える範囲のことと、気配は完全に人間だ。
長い髪は太陽みたいにキラキラ輝いていて、とても綺麗。
肌は美少女の私より白く、くすみがない。
よくよく見ると、細いながらも筋肉がしっかりついているから、男性かしら。
「あの……」
声をかけると、その人は顔を上げてこちらを見た。
綺麗な空色の瞳は髪と同じ色の長いまつげで縁取られていて、見ていると吸い込まれそう。
鼻筋はすっと高く、唇は薄めで、全体的に整っている。
というか、そこで白目向いてるアウェルなんかより、私好みだわ。
「あついんだ」「さむいんだ」
淡い色の唇から、ふたつの声がした。
「えっ、ど、どっちなの?」
「あつい」「さむい」
暖めるのも涼しくするのも、魔術でできる。
だけど、正反対の要望を同時に叶える手段なんて持ってない。
「んぐ」
その人は何かを飲み込む仕草をすると、立ち上がった。
ついさっきまで素っ裸だったのに、白いローブを身に纏っていた。
「なんでもない。起こしてくれたのは、君かい?」
今度は優しげな声で、私に近づいてくる。
私の頭の中で何かが「こいつやばい」なんて言ってるけど、きっと気のせいだわ。
「は、はい」
「ありがとう。礼と言っては何だが、私の糧になる栄誉を与えよう」
やっぱりやばかったんだ。
私が立ち竦んだのは一瞬だったのに。
頭を掴まれて。
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