落ちこぼれ学院生活④
学院のコマ割りは、午前が一つ、午後が二つである。
月曜日から金曜日までは全日、土曜日は午前だけで、代わりに午後には研究会が入っている。日曜は全休である。これは聖教徒への配慮でもある。
週にどのくらいの講義を受けるかといえば、それは人によって様々だ。帝国一の教育機関であるから、講義の内容もそれに準ずるもので、単位の取得は容易ではない。一般には日に一つか、多くても二つが好ましいとされている。中には毎日三つずつ入れた上で、さらに裏の講義まで取るという離れ業で、半年で前期の単位を取り切ってしまった強者もいたりはするのだけれど、これは例外中の例外である。
ノエルは今、週に三つの講義を取っている。都市学、実践魔術、帝国剣術の三つだ。うち二つで試験に合格すれば、既定の単位数を満たすことができ、晴れて卒業試験を受けることができるようになる。
少なくとも、制度の上では。
「ねえ、本当にあんた卒業できるの?」
わからない。十も年下の、少女と呼んでいいかも分からない容姿の娘に、真剣な顔で心配されて、ノエルはその場に崩れ落ちた。
水曜は午後の二コマ目。実践魔術の実習中である。
実践魔術は文字通り、実際に魔術を行使する実習を含んだ講義である。行われる割合で言うと半々なのだが、評価部分はもっぱら実習だから、口だけ論だけの頭でっかちは必ず落第する。当たり前だが、口も論もなく手も動かない奴も落第する。
「なんで取ったの?」
茶化すような声音ではなかった。お前は人間ではないと言われているような気がした。
敷地内の砂地で、一行は砂塵を起こして制御するという実習をしていた。子供の遊びのようだが、古来より風や空気に関する魔術は魔術師の力量を表すとも言われ、こういった試験の上ではよく用いられてきたのだ。教本に曰く、他の四元素、水火土に比べると無形のため、曖昧な銘辞では成立し辛いのだとか。
「本当に難しいよ……」
「本が悪いんじゃない? 四元素とか古臭いわよ」
手のひら大の砂塵を三つ四つと作って戦わせながら、アデールが言う。ちなみに、彼女があまりにも高い精度の魔術を披露し、ノエルがあまりにも失敗してあたりに砂をまき散らすものだから、自然と二人の位置は離れ小島になっている。
「ふ、古臭いって」
「だってそれヘレーネ時代の魔術理論でしょ」
「うちだとまだまだ一般的なんだけど」
「ヴァンダルでも根強い人気はあるわね。でもこっちよりは否定派は多いわ」
ま国のルーツによって教育が異なるのは当然ね、とアデールは一人納得して、
「とにかく、四元素でも七元素でも無元素でもなんでもいいのよ」
「あい……」
アデールに促されて、ノエルは砂地に立つ。目をつむり――少しでも集中するためだ――両手を裏返しに組んで前方に伸ばし、ゆっくりと意識を眠らせていく。考える人ではなく、感じる物になろうとする。うねる大気と、乾いた空気の感触と、足元の大地以外を切り離していく。
――よし。
すると、肌の表面に、わだかまる何かがあることに気付く。それは風の流れでも、太陽の熱でも、舞う砂埃でもない。力だ。純粋で、根源的な力。魔素。
それを手先へと誘導していく。這うような速度でいい。自然と手先に集まるのを待つくらいの気持ちでいい。
そして、手先に一定以上の魔素が集まったところで、銘辞する。四元素論を取れば、まず風の銘辞を与え、次に渦巻く修辞を与えるということになる。ノエルはもう何度も繰り返した、教本通りの銘辞を行った。
『そよげよ、舞えよ。吹けよ、荒れよ。来たりて世界の一部となれ』
銘を与えられた魔素が、現実の事象へと昇華する。つまり、実体を持った風となる。ノエルのまぶたの向こうでは、起こった小さな風に、アデールが小さく「おー」と声を上げている。もちろん、彼の意識外である。
『巻き上げて……!』
きゅるり、と風の精が鳴き声を上げるのを、ノエルは聞いた気がした。
目を開けると、アデールが口元に手を当てて、考え込んでいるのが見えた。
「なにがダメなのかしら」
つまり、また失敗だったのだ。ため息がこぼれた。
「見た感じ、性質の銘辞までは一応できてるっぽいのよね。指向性の部分で失敗してる。前者が得意なのか、後者が苦手なのか。なんか後者っぽいわよね。適性というか心的な問題な気もするけど。ううん」
アデールがぶつぶつと独りごちっていたが、言葉を挟む気にはなれなかった。兎にも角にも、失敗したのだ。それがすべてだった。八度目か、九度目か。初歩の初歩とまでもいかなくとも、実践魔術としては比較的簡単な部類だという。それがこんなにもできないなんて、学院生としてどうなのだろうか。
見れば、その出来に差異はあれど、大抵の人はこなしている。
アデールが傍らからひょいと顔を出して、
「一応後期の内容だし、そういうこともあるんじゃない?」
疑問形である。
「……なんかごめんね」
「別にいいけど。どうせ暇だし」
良き魔術師が良き指導者とは限らない。けれど、学院きっての才女からの手ほどきは、他の生徒に対して有利に働いていいはずだ。それなのにこの体たらく。彼女が本当に気にしていなさそうなところが、また辛い。
「……もう一回付き合ってもらっていいかな」
「構わないわよ。暇だし」
それでも、数をこなすしかないように思われた。心の傷の分だけ、上達することを祈るのみである。
かくして、講義が終わるまで、ノエルは失敗を続けた。
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