第5話
縄の他にもう一つだけ、渡されたものがある。
照明弾だ。耐えきれなくなったら打ち上げるように。温情により刑期が延期になることもあれば、失うものを失うだけになることもある。
そういうと一本だけ入ったマッチ箱もこれもだ、と渡された。海の波や潮で湿気ったら二度と使えなさそうだ。それでもズボンのポッケにしまうか、常に両手で包み続けなくてはならない。
小舟が正午、少年を乗せて大海に放たれた。
町人は誰もいない。
夜の海とは。想像はつく。しかし恐怖はまだ取っておいている。流れは穏やかなのに心は父の話を数えていた。母の話。ただそれだけ。父は自分の書いている小説の話をしない。今日、父は、自分が帰ってこないのをどう思うだろう。町の者全員が知らないというのだ。親しい少年少女、馴染みの店、遊び場の林、少年の名を叫んで駆け回るかもしれない。
そこまでも罰なのだ。
この町の盗みとは、いたずらでは済まなくとも、あんまりにむごい扱いはしたくない。そんな町なのだ。誰もがみな、気のいいやつで、不思議と小さな町から少し先の大きな街へ、垢抜けた者は流れていく。すべては流れだった。少年も溶け込ませてくれるなら海のように皆で過ごそう、そんな町なのだ。
少年も、理解した。
理解したからこの小舟の夜渡もできるのではないかと考えた。少年には、夢が一つしかなかった。父の小説を読みたい。母に会うことではない。自分にその面影があるならコップに映った顔を見るので十分だった。母の話を数えるのをやめた。少年は、父の出した本を買うことを決めた。この刑が終わったら読み書きをどこかで習い、父が見ているもの、著したものを自分の目から、本からかぎ取る。父の執筆したものは実はもう町の本屋の道楽で綴じられて娯楽になっている。大きな街へ向かう者は退屈しのぎと物珍しいものを持ちたがりたがって、かさばるのに父の本を旅のお供にしていくこともあるのだ。
お金を稼ごう。
タダで教えてもらえないかもしれない。
この町は優しいけれど忙しいのだ。父は書くのが忙しいからと言って、食事や団欒以外は机に向かってしまうし。自分もそれでいいと思っていた。
町の一番の見せ物を、大きな街に売り込みに行ってみようか。確か前に来たサーカスが、虎の檻にと思ったけれど虎が賢くなり団員を引っ掻きそうになるようになったから、ガラス屋さんが煌めくように複雑なカットで加工したガラス球がある。たしか蓋もできるんだ。空気が入るようそっちが檻の蓋になっている。も一つあった気がする。本屋の隣のチョコレート屋、珍しいらしいがそこにはオレンジの干した薄切りにチョコレートをまぶしたあまりおいしくないお菓子がある。立ち寄った人はすっぱいのとサッパリしたのと甘さがあって斬新だ!
と、褒めるようにいうが、お土産には買って行かない。今日盗んだ商人さんの隣の洗濯屋さんも珍しい。お年寄りしかいない家の洗濯物を集めてまとめて洗ってくれるのだ。
小さな町だが、小さいからこそ本だけ読んで暮らしてるような人までいる。そんな中、働き者の寄り集まりのようなところが、この小さい町にはあり。
少年は、昼過ぎの太陽と海の揺れを感じながら父の小説と金の工面。これからを考えて。
そのとき、ぱしゃりと、大きすぎる魚のおびれが小舟のすぐ横をたたいた。
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