第2話

 それでも少年の中では、やはり自分は流れ流れて一緒になってできた家庭という貝殻のなかの真珠粒のように思えて、毎日他の少年たちと林を散策しながらも、父がそうだったように青を追いました。

 空も、海も。父が買ってくれた服を年々新調しながら。父はいつもボロの同じシャツに同じズボンで、ただ机に向かう日々でした。洋窓と、海の見える景色、そして陽光と共に始まる執筆。

 少年は文字が読めませんでした。書けもしません。村にも職業により識字はまちまちです。

 だから、父の書いた文章とやらを少年は読んだことがありません。その日は珍しい日でした。父が酒を飲みたいというのです。光に照らされ赤みが増した父の髪とまつ毛、無精髭まで少年は好きです。鉛筆を走らせれば光が溢れるように赤みがサラリとおちる。親子だからでしょうか。少年は、赤ワインを父に一杯でも飲んで欲しくなりました。林で遊んでいた他の少年たちに別れも言わず、持っていた右手の木の棒を放り捨て、坂道を下り漁村に駆け戻りました。この漁村では珍しいことに釣り場で葡萄酒を売っていました。もちろんバーもあるのですが老いた爺様方が釣り場で酒を飲みたいと言い、町のとある商人が試しに一杯量り売りしたり、小瓶で渡したりと工夫を凝らしたら少し売れるようになったのです。

 反対に若い船乗りは酔っ払って船から落ちるのを嫌がったり、船に乗る前から赤ら顔な男どもを見る女房たちの機嫌が悪くなったりと色々あるので。飲むのは隠居した釣り場の、本当にご老人がただけ。

 それでも売れる場所に売れるものがあるのです。少年はそこに行きかけて、一度家に戻り、カップを一つ取って執筆中の父を横目に計り売り酒場、釣り場へ行きました。


一杯ください。


 あまり喋る方ではない少年がなんと葡萄酒を一杯買いに来た。商人は売ってもいい、と一瞬思いかけて、

 誰が飲む、と問いました。


 父が。


 商人は訝しみながらお前の父が酒を飲むのを見たことがない、と問うてみました。


 少年はか細く言います。


 でも今朝飲みたいと言ったんです。


 商人は他の子供にならお遣いで買いに来る子らが頭に入っているので、この黒髪の愛らしい海の流れを共に感じる若者に売って良いではないか、と考えたのですが。この前、商人とはまた別の酒屋のバーで若者が張り切って酒を飲み、挙句真っ赤になって死んでしまったのを聞いたばかりです。狭い町。海のせせらぎはいつも届く。


 だめだ。


 商人は答えました。

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