第4話
鷹住神社の鳥居は石段の上り口から始まり、その合間と上りきったところにまるで「ゴール」のようにそびえ立っていて、朱塗りではなく皮つきのままの木を使った黒木の鳥居で、山の上にありながら敷石の美しい参道を有し、拝殿の向こうに大きな本殿が建っている。
ここへやってくるのは本当の、ほとんど命がけのような願をかける者。金運や恋愛成就ではなく、生命を
その家をこれから修行して守らなければならない。匠は緊張した面持ちで父と祖父について拝殿で型通りの礼をし、本殿へ続く渡り廊下を進んで行った。
一族の者がそれに連なり本殿に居並ぶと、
暁も末座に座り杯を受け取った。手のひらに収まる小さな杯はつやつやした光沢を放ち、朱の色はあくまでも深く透明だった。
山はすでに暗闇の中にあり、屋根はあっても
風のない静かな夜だった。木々のざわめきもなく、虫の声もせず、枯草を踏む獣の足音もない。匠は祖父の読み上げる
「鷹住の神、
父親の声が本殿に
掛軸が
匠は祖父に与えられた
久遠寺家の神に通じる力がこの掛軸の中に現れる神を見出し、文字どおり意思を通じさせることができる。匠は真剣な表情で掛軸を見つめた。昨日まで見ることのなかったものが、今日から見えるようになるのだ。抑えようにも抑えられない鼓動が早鐘のように脈打つ。
匠は父親に促され、頭を垂れたまま杯を高く捧げた。
神に通じる久遠寺家の一員と認められれば、杯から酒が湧きだす。匠は神経を指先に集中させ、杯に酒が満ちるのを待った。
「
父親が命じると匠は顔をあげ、自分の手にした杯に透明な酒が満たされているのを認めた。
誰もがほっとしているようだった。続いて、一族の者たちが皆同様に杯を捧げ持った。
匠は誰もがほっとしたように吐息を漏らし、張りつめていた空気が
これで
が、次の瞬間、困惑したような何とも言えない情けない声が静寂をぶち破ったかと思うと、つい今の今まで無風であった山の木々がざわめき、篝火は揺れ、ぬるい空気が本殿に吹きこんできた。
声の主は、
「ああああ」
暁は焦ったような声を漏らし、続いて、独り言のように「やばいやばいやばい……」と繰り返した。
父親と祖父が腰を浮かせて振り向くと、彼らの顔がみるみる青くなった。
末座からしとしと、ぽたぽたと水の滴る音がする。匠は堪らなくなって、杯を手にしたまま音のする方を省みた。
見ると一族が皆、末座の暁を取り囲み、彼らもまた真っ青になって言葉を失っていた。
暁の手にした杯からとめどなく酒が溢れでて、まるで配管の破れた水道の水漏れのように本殿の床に水たまりを作りつつあった。暁は杯を手にしたまま動くこともできず、着物も袴もびしょ濡れにして、もはや声も出なくなり喘ぐように口をぱくぱくさせるばかりだった。
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