第34話 まけないで
埃っぽい体育倉庫の中で、汗をべっとりとかいた男子高校生が二人。
互いに荒い息をつき、えも知れぬ衝動に身をよじる。
「ミオ君……」
「ヴェリス……」
重なる身体に想いを乗せ、また激しく動き出す。
痛みと苦痛の中、確かに得るものがそこにはあった。肉のぶつかる音は、次第に激しくなっていき、同時にまた一つになる。
「説明しろっつってんだよ、ヴェリス!」
朝から今に至り、状況が混雑しすぎていた。とっくに俺が許容できる範囲を超えている。
ガスッ、と俺はヴェリスを殴る。
どうせ人間のちっぽけな力だ、吸血鬼相手には蟷螂の斧だろうが、やらずにはおけない。
「HAHAHA、ニポーン人、ナイスパンチ。しかし悲しいかな。種族の差というものは超えられないのだ……よ……」
めっちゃ効いてる。
ブロンドの髪をかき上げて、バラの花びらでも撒きそうなほどにポージングをしている上半身。そして狂牛病のような下半身。
意外とヴァンパイアは打たれ弱いの……か?
それでも驚異的な跳躍力に催眠術、そして俺を軽く抱えるほどの膂力は持っている。油断はできんね。
「で、あの二人は何なんだよ。杏とアマリエは無事なのか」
「フッ、彼の者こそ我ら一族の怨敵にして、天敵。血を食む僕たちが今日まで命脈を繋いできたように、あの二人も狩人としての魂を受け継いできたのさ」
「怨恨があるのは分かるが、正体を教えてくれないかな。それによってYSKの治安維持係に通報するかどうかが決まるぞ」
「それは困る。そんなことになっては、僕やアマリエのニポーン暮らしが台無しになってしまうからね。この程度の火の子は自分で払うのが務めだよ」
秒で逃げてたけどな。
ええかっこしいのヴェリスが即離脱とは、よほど苦渋を味わってきたのだろうか。まだ高二の俺には計り知れない、壮絶な過去があるに違いない。
「彼らこそ吸血鬼ハンターだ。男の方は『クルースニク』。フロイラインの方は『ダンピール』。昨今名を馳せているコンビさ」
まったく知らない名前が出てきた。
クルースニクさんとダンピールさんは、名称なのか種族なのか分らない。
「で、話を戻すけど、杏とアマリエはほっといたら不味いよな? 助けないとやばいんじゃないのか」
「まったくもってその通りだよミオ君。ここは日独同盟復活と行こうじゃないか。僕とミオ君で校舎に潜入して、囚われの姫君を救おうではないか」
ヴェリスの話し方にキレがない。
ブルーに戻った瞳はせわしなく動き、挙動も落ち着きがなかった。
つまりは相当危険な状態だってことだろう。
「何、ミオ君と杏姫は無事に帰れるだろう。しかしアマリエはもう取り返せるかどうか……。ああ、僕が誤っていたよ。吸血鬼ハンターから逃げる生活を破り、人間と暮らしてみたいという願いを叶えてしまったのだから」
ヴェリスは脇にある、体育で使うハードルに指を這わせ、遠い目をした。
「アマリエは……あの子には夢があるんだ。それはとても優しくて、儚くて……そして不可能な夢が」
「人間と暮らすのは、その一歩だったってことか?」
「ああ、一度でよかったんだ。外の世界を見せてあげたかった。勿論町を出歩くことや、買い物に出かけるという事務的なことではないよ」
「何を夢見てたんだ」
「ともだち、だよ。あの子はずっとともだちがほしかったんだ」
クソ、そんな寂しい目で見るんじゃねえよ。
イケメンパツキンの潤んだ瞳は、ある意味反則だろうが、俺は男だ。
でも、壊れてしまいそうで、優しさを求める夢を、無下にぶっ壊すわけにはいかんよな。
「よし、細かいことは後で聞く。とりあえずアマリエを奪還すればいいんだな。やってやろうじゃないか」
「すまないミオ君。手助け感謝する」
「謝るな、状況を始めよう」
ヴェリスが語るには、クルースニクは北欧のヴァンパイアハンターの名称で、日本人に伝わりやすくすると、退魔師兼サムライというポジだ。
そして相方のダンピールというのは吸血鬼と人間のハーフらしい。その生まれから心無い吸血鬼からは差別され、人間の中に溶け込むこともできない。恨み骨髄ってやつだ。
ハンター二人と真正面から殴り合うのは危険極まるらしい。
それもそうだ。教室にカチコミに来るくらいだから、当然完全武装してきてるだろう。他にも色々と罠を仕掛けているかもしれない。
「酷いことを聞くかもしれんが、いいか」
「なんでも言ってくれ、ミオ君」
「アマリエはどうなるんだ、ハンターにつかまると」
「…………そう、だね。良くて洗脳、悪くて浄化。つまりは心臓に杭だね」
「ガチじゃねえか。畜生、早くしないと」
逸る俺を制して、ヴェリスは言葉を繋ぐ。
「彼らは人間ではない。そしてYSKによる人間と共存しようという縛りもない。突き動かすのは信仰心と使命感、そして復讐心だ。ミオ君の学友を盾に取るくらいは、平然とやってのけるだろう」
最悪の情報だ。
つまりは既に殺されている可能性もあるってことか。いや、まだ……か。
おびき寄せるための餌として、ギリギリの範囲で生かされているのかもしれない。連中としてはヴェリスとアマリエの二人を討ち取っておきたいんだろうしな。
「奴らの手段――吸血鬼狩りに使う戦法を教えてくれ。無策で突っ込むと、これはやばい気がする」
「うん、その通りさミオ君。目隠しをして徒競走すれば転ぶからね」
「で、どんなきたねえ手を使ってくるんだ」
「クルースニクは二通りのことが考えられる。一つは打って出てくること、つまりは最前線に立つ囮役だね」
つまりはタンクってことだな。チラ見しただけだったが、筋骨隆々のお化けみたいな男だった。この学校のXXXLサイズの制服なんぞどこで手に入れたのかは知らんが、俺程度ならデコピンで殺されるだろう。
「二つ目は最後の砦役だね。アマリエの近くに陣取って、いつでも杭を打てるようにしている場合も考えられる」
どちらかというとそっちが厳しい。
俺の戦績は今のところ0勝50敗くらいだ。主に妖怪に負け続けてる。
対話も通じそうにないだろうし、今まで妖怪に接していたように、フレンドリーな気持ちは毒になる。
「もう一人の……ダンピール、だっけか。あの子はどんな役回りなんだ」
「彼女は僕たち吸血鬼が使うように、催眠をかけられる。純粋な戦闘力では僕には勝てないだろうけど、思わぬ奇策で場を乱してくると思うね」
「デバフ役か。ちなみに俺とダンピールが戦ったら……」
「瞬でミンチにされるから、やめた方がいい」
「だよな。忘れてくれ」
俺史上最も危険な賭けに出なくてはいけないようだ。
それでも、一時とはいえ交流があった人物を放っておけるほど、俺は薄情ではないつもりだ。
「こっちに打てる手はあるのか、ヴェリス」
「あるとも、僕の種族は何だい?」
「吸血……か。待て、俺の血を吸うのか」
「いやいやいや、僕はちゃんと異性の血を吸うよ。吸血鬼の矜持は守らないといけないからね」
そんな場合かね。
俺は割と犠牲になるつもりでいたんだが、譲れないもんはあるのか。
「つまり、女生徒を襲って血を吸い、そのまま攻め込むのか」
「いや、僕は襲撃はしないよ。こう見えてもフェミニストだからね。それはそれ、これはこれだよ」
「悠長にやってるとやべえんじゃないのか。俺ので妥協はしないのか」
「なに、非常手段があるのさ。僕たちはヴァンパイアだよ、ミオ君。追い詰められた時の秘策は常に持っている。近代式の戦闘というものを教えてあげよう」
いいんだな、大船に乗ったつもりで。
ここまで来たらしょうがないしな、背中を預けるぞヴェリス。
「まずは、隠密に潜入しよう。ミオ君、静かに移動を開始だ。ついてきてくれ」
「ああ、杏に手をだしたこと、俺の学校に手を出したことを後悔させてやる」
俺たちはそっと一階の小窓に近づき、音を立てずに校舎へと入り込む。
ヴェリスの秘策に期待するしかない。一発逆転のホームランを頼むぞ。
マジで頼むぞ?
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