第8話 かがないで
卒業。グラデュエーション。マイレボリューション。
そして生まれる新しい生命。
引き込まれているさなか、俺は「もう抵抗しなくていいんじゃないかな」と一瞬考えてしまったのだが、かろうじて理性を手放すことはしなかった。
「待て杏。お前ほんとに……意味わかって言ってる?」
「うん?」
「今から何するつもりですかね」
「赤ちゃんつくる」
「どうやって?」
「夫に任せろと言われてる」
「具体的には?」
「お腹にかけてもらう」
シャケかな?
性知識ナシ! ヨシ! いやセーフなのか? そのくらいなら……とか考えている自分がいるが、一歩目を許すと際限がなくなりそうだ。
ああああ、脱がす動きが早くなった。この子ガチぞ。そのうち本当のことに気づくのは時間の問題だろう。
「まだ高校生だぞ、育てられるわけないだろうが」
「里で産む。ミオも住む」
それは誘拐ですよね。リスキーにもほどがある。それにおこげと別れて生活するなんて考えられん。いくら学校で一番の高嶺の花だとしても、こう絡みついてくる様はまるで食虫植物だよ。
「ミオ、ミオ、ミオ」
「あ、おい、パンツはだめだって!」
抵抗した結果、恐るべき事態が発生した。
ずぶり。
あっ、やべっ。
別に合体したわけではない。いや、むしろもっとまずいことになった。
人差し指がですね。いろいろ出すところに、ずぼっと入ってしまってですね。
アナリスト検定二級合格。ラッキースケベ国家認定。指圧師見習い入門。
「く、ふっ」
今まで聞いたことのない次元の、艶めかしい声が耳元で囁かれた。割と第二関節くらいまでずぼっといってるけど、痛くないんかな。
「は、あ……そ、こ、だめ……」
杏の体が軽く痙攣している。もうこれ言い訳できねえよ。絶対零度の姫様に指突っ込んだとか、墓場まで持って行かないといけない。
「杏さん、すみません。今抜きますので」
「ぅ……やぁ」
「えぇ……」
なんか上下に軽く体を動かしてるんですけど。指の周りに温かいお肉がまとわりついて、うねうねと絞られている感覚だ。
まずいっす。このままでは俺から襲ってしまいそうだ。
いいかな。いいよな。いいんじゃないかな。
「あ、杏、俺、俺!」
「して」
「じゃあおいらも」
………………。
チャクラ開いたわ。
マジであぶねえ。ほんとに流されるままにいくところだった。
「うあっ!?」
ずぼっと一気に指を引き抜く。すまん、最初の一撃が十年殺しとか、逆に殺されても文句言えない所業だよな。安心しろ、杏の名誉は守るぞ。
「ねえご主人、そろそろ行かないの?」
「そ、そうだな。「プロレス」はこれくらいにして、準備をしようか、杏さん」
「や」
だーめ。もう聞きません。俺はベッドから抜け出し、服を整えると杏の着替えを残して部屋の外に出る。おこげがいなければ、いまごろ雑巾のようにしぼられていたのかもしれない。ぶるっと震えが来た。
――
ぶすっとした杏に腕を組まれ、おこげといっしょに例の居酒屋へ向かう。
時々髪の毛の色が白くなったりするのが怖い。これは怒りを表すバロメータだろうか。
こっそり指を鼻に当てて、臭いを……と仕草を見せた瞬間、腕が氷結した。
「それはだめ」
「はい」
これ以上刺激すると指を折られそうなので、もうやめよう。残念だが。
我関せずにいるおこげは、のんきに動き回っている。
「ご主人もとうとうコッチの世界にデビューかぁ……。まあ、アレだよ。色々あると思うけれど、この経験が実生活で活きる日がいつか来るよ」
そんなフォローにもなっていないおこげの言葉を聞いているうちに、磯貝さんのお店にたどり着いた。
「ごめんくださーい。氷室ですがー」
入口の硝子戸をスライドさせて入店する。
以前とは違いおどおどする事無く、店内に入る事が出来た。
「あら、ミオちゃん、おこげちゃん。それにアンズちゃんも、こんにちわぁ」
磯貝さんはカウンターで、すでに飲み物を用意して待っていてくれた。
意外と気配り型の妖怪でした。歓待は素直に嬉しかったのでお礼を言う。
「ありがとうございます磯貝さん」
と言って、俺はペコリとお辞儀をする。
「こんにちわぁん、磯貝さーん」
お姉口調を真似つつ、おこげはテーブル席に移動した磯貝さんの膝の上にジャンプして乗った。
そんな口調、真似せんでええっちゅうに。
「ミオちゃんたちもこっちに座ってネ」
促されるまま、磯貝さんと向かい合う形でテーブル席に座る。
磯貝さんは肉質がよく解る、ピッチピチの白いロングTシャツを着ており、今日はサングラスをかけてはいなかった。
てっきりそのスジの者のような、きつい目だと思っていたが、案外優しい瞳をしているのに気付く。
「さて、ミオちゃん早速だけれどお仕事の話をしましょう。学生証って今持っているかしら?」
「ええと、はい。財布の中に……。あった、はい、これです」
磯貝さんは黄色いカードのような物と、俺の学生証を見比べている。
「うん、間違い無いわね。はい、これ返すわよん」
軽く会釈をしつつ、学生証を受け取って財布の中にしまった。
「それじゃあ本題にいきましょうね」
キタ。
しっかり受け答え出来るよう、差し出してもらったコーラを一口飲んで、口の中を湿らしておく。
「まずはミオちゃんにコレを渡しておくわ」
なんだこれ、今の黄色いカード? 紙ともプラスチックともいえない、何とも不思議な手触りだ。
表面には『YSK 氷室澪』と書かれており、俺の住所が記載されている。
裏面は五マスに区切られた、四角の大枠がある。一見すると、まるでどこかのポイントカードみたいだ。
「これはね、アタシ達妖怪生活組合、YSKの活動員登録証なの。表はミオちゃんのお名前と住所が書いてあるだけだけど、注目してほしいのは裏面の方なの」
言われてカードを裏を見る。
「ミオちゃんたちが一個お仕事を完了すると、このマスに一つ、その依頼主から印をもらう事が出来るの。それを五マス全部埋めてほしいのよ」
印を五個? つまり五回も妖怪の便利屋をするのか。
突然の話だが、おこげと一緒にこれからも暮らして行きたいと願っている以上、やるしか道はない。
「五マス全部に印が押されたら、ミオちゃんは晴れてYSKから、こう認定されるわ。アタシ達妖怪の間で『信頼のおける人間』ですって言う風にネ」
「ええと、確認したいのですが、ちゃんと五回仕事をこなせば、おこげと一緒に元の生活が出来るんですね?」
「ええ、保障してあげる。だから頑張ってお仕事して頂戴ネ」
五回か……。
それくらいの数であれば、ひょっとしたら、なんとか凌いでいけるかもしれないな。何より、俺の傍にはおこげが居る。
そして嬉しいことに、ゴールはきちんと見えている。実に良い事だ。
「解りました。それで今日は一体何をすればいいんでしょうか」
妖怪の求めている事とはいったいなんだろうか。まったく想像がつかない。
「早速、今日からやってもらうお仕事の説明をするわね。大丈夫。簡単な内容だから、そんな顔しないでぇん」
そう言って磯貝さんはキモ優しく微笑んで最初の依頼を発表した。
1st mission
「引き籠りになってしまったデュラハンたんを、お外に出るよう説得してほしいの」
――重っ! それ滅茶苦茶重っ!!
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