何でも屋と季節外れの夢

水之音霊季

序章 ユキとハル ①寒空の下で

 ─二〇一九年 二月十五日─


 親友が罪を犯していたら、私はどうするべきなのだろう。


 一 警察に相談する。

 二 警察以外の誰か──知り合い等に相談する。

 三 見て見ぬ振りをして、いつも通り過ごす。

 四 そっと縁を切る。


 あなたなら、どうしますか。



 ぎゅっと目を閉じて、私は両手を固く結んだ。動悸がやまない心臓を落ち着かせるように、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んでは吐き出した。

 融け残った雪が音を消し去り、空気はこれでもかというほどに澄みきっている。緊張と不安で高まる体温を、漂う冷気が冷やそうとする。

 けれど、冷やされたそばから体温は再び上がっていき、繰り返されるいたちごっこ。

 そっと瞼を上げると、冬の空気の冷たさを私は改めて教えられた。

「返事……あるわけないか」

 私と目を合わせながらも、物音一つ立てずにしんと佇む神社の本殿。まるで冬眠しているかのような静寂が満ちる小さな山の頂上。

 私はまた目を閉じた。聞こえるわけがないとわかっていながら、耳を傾けずにはいられなかった。



 一 警察に相談する。

 二 警察以外の誰か──知り合い等に相談する。

 三 見て見ぬ振りをして、いつも通り過ごす。

 四 そっと縁を切る。



 親友が罪を犯したとき、私には何ができるだろう。

 四は論外。三も難しい。私だと多分……顔に出る。

 それなら、一か二。警察や知り合いに相談。……相談、か。

 多分それが最も真っ当な選択肢なのだろうけれど、私はその選択肢を選べなかった。

「だって、まだそうと決まったわけじゃないし……」

 私が目撃したのは、路地裏で何かを受け取って、何かを渡しているところ。たったそれだけだ。

 遠くからだったから、何のやり取りをしていたのかまではわからない。

 シチュエーションで判断しただけと言われてしまえば反論はできない。

 言い訳はいくつも浮かぶ。

 結局、私は怖いだけなんだ。親友を疑うことが。親友を叱責することが。

 だから、まずは私が話を聞こうと思った。その後で諸々の判断を下せばいいと。

 願わくば、全て私の見間違いや勘違いであってほしい。

 けれど、もし本当に罪を犯していたら? 路地裏で受け取っていたのがお金で、渡していたのがクスリか何かだったとしたら?

 話を聞くまでは判断できないけど、もしそうだったなら──


「今度は、私が助けてあげないと」


 呟いたその時、私の耳は微かな足音を拾った。

 目を開けると、私を取り囲うように生えた裸の木々が風に吹かれてざわめき出した。揺れる枝から雪が落ち、すぐそこまで春が来ているのだと実感した。

 足音はもう聞こえない。木々のざわめきに掻き消されている。だから、足音の主が今どこにいるのか、それを判断することができない。

 風と木々が奏でる音は、お世辞にも曲とは言えない代物だった。私の心がリラックスできるはずもなく、ただただ不安と焦燥感が煽られるだけ。落ち着け、落ち着け。そう自分に言い聞かせながら、私はまた本殿に向けて目を閉じる。


 背後に響く湿り気を帯びた靴の音。


「──来たよ、ユキ」

 境内の端に佇む石の鳥居。苔むした鳥居はどこか幻想的で、だからなのか、現れた声の主はどこか神秘的だった。

 大人になったその姿。髪型も身長も着ている服も、あの頃とはまるで違う。

 けれど、私に向けられた彼女の微笑みは、昔と何ら変わらない様子で私の心を温めてくれた。 

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