番外編

冬の大三角

(以前、他サイトで本編の予告的に投稿したものです)


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「なあ、アオ。これ知ってるか?」


 首をかしげつつ、アオは椿に差し出されたチラシを受け取った。

 車内は暗く、目をこらしても、中々内容が読み取れない。運転をしている、執事の松田が「電気をつけましょうか」と気をきかせてくれたが、アオは断って、チラシをスマートフォンの明かりで照らした。チラシには、いかにも使い慣れない人が、やっとこさ文書作成ソフトで作ったと思しき雰囲気で、星や望遠鏡のイラストが配置されていた。

 チラシの上部には、「冬の天体観測会」と大きく記されている。


「うちの学校、天文部なんかあったんだな」


 まずそこからか、とアオは苦笑してしまうが、それも仕方ないことではあった。塾や父親の手伝いなどで多忙な椿には、部活動に入るような時間などはない。

 今年の四月、椿の下僕かつ同じ学校の先輩として、求められたらすぐに、どんな情報についても提供できるように、アオは様々な用意をしていた。用意していた中には部活動に関する情報もあったが、椿が入部する部活動について検討することはなかった。

 てっきり無駄になったと思っていたが、やはり調査はしておくものだ。


「目立った実績はありませんが、週一日、少人数で活動しておりますね。基本的に、夏と冬の二回の天体観測会で、部活の成果を発表しているようです。……天文部にご興味がおありなのですか?」

「部活と言うよりは、天体観測会に、な。星座にまつわる神話に関しては調べたことがあったんだが、物語を知って満足してしまって、実物をきちんと見たことはなかった。もし時間があったら行ってみたい」

「では、スケジュールを確認いたしますね。少々お待ちください」


 改めてチラシを見つつ、スケジュール管理アプリを開く。天体観測会は土曜日に行われる。スケジュールと照らし合わせてみると、一応その日には、父親の代わりに、父親宛に贈られたコンサートのチケットを消費する予定があった。同行者はいないので、キャンセルしても大きな問題にはならないが、世話になっている取引先に贈られたものなので、見たという実績は作っておきたい。

 アオが報告すると、椿は腕を組んだ。暗い車内では表情は分からないが、面倒くさく思っている気配は感じ取れる。

 こういう時、忠臣であろうとするならば、どうするべきか。

 アオは椿の役に立ちたい。だが、その手段は複数ある。中には、可能であっても、選ぶべきではない手段もある。たとえば、椿が見られるようにと、日付の変更をするようにとゴネることは可能ではあるが、天文部に迷惑だと椿は怒るだろう。天体観測会に行けばいい、という助言も、一見良いようで、椿のためにはならない。椿は父親の手伝いを仕事ととらえている。そして、それがどのような内容であっても、仕事を遂行できないとなると、口では「まあいいわ」と言いつつ、少し気にする。


「……もし、その、椿さんが良ければなのですが」


 アオはおずおずと、自分の案を口にした。


「私が天文部に聞いたり、書籍を読んで知識を身につけますから、時間のある時にまた、一緒に星を見ませんか」


 椿は腕組みをといた。


「ちなみに今、アオが言える知識は?」

「……オリオン座、というのを、習ったような気はします」


 笑みの気配がする。


「まだ俺の方が上だな。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスを合わせて、冬の大三角形と呼ばれる。こいぬ座とおおいぬ座は、狩人のオリオンが引き連れている猟犬なんだが、こいぬ座は体が小さいため、天の川を渡れずに置いていかれたために、今のアオみたいに、おおいぬ座とオリオンをさびしそうに見つめているという神話がある」

「一言余計です! 椿さんのためなら、もっと頑張れますから」

「アオ、俺のためってなると、すぐ無理するから嫌なんだよな」

「き、気をつけます」

「アオのそこだけが信用ならん」


 そう言われると、答える言葉がない。「では、適当にやります」などとはとても言えない。

 椿はアオの手からチラシを取り返し、ちらっと車窓の外の明かりに当てて見た後で、笑いながら言った。


「じゃあ、俺も改めて星座の神話について勉強しておくから、俺に教えさせろ。で、アオは色々と知りすぎて、俺の話も全部知ってる、とはならないようにしつつ、天文学的な知識の方を中心に勉強して、俺に教えてくれ。あ、松田さんも一緒に見ないか? 爺さんも誘って」

「良いお考えかと。確か、物置に望遠鏡もございます」

「いいね。俺はそんな感じで良いと思うんだが、アオは?」


 胸が温かくなる。


「……私も、楽しみになりました」


 椿をあるじとして持てる幸運を感じて、アオは改めて天に感謝した。

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