第51話 三日目 『カミサマ』と【災厄】
「……美緒、さん?」
「やあ、流伊ちゃん。それと、さっきぶりだね。風音ちゃん……っと。聞こえてないか」
美桜さんはまるでコンビニで会ったかのように、気軽に私に声をかけた。ここ神界的なとこだと思うんだけど。
続いて、美緒さんが心配そうに風音を見て……でも、風音は反応を返せなかった。
「心配だけど、今はこいつだね」
「ぐ……誰だ」
「あれ? 覚えてない? ああ、そっか。この姿だと分からないよね」
瞬きをした瞬間。美緒さんの姿が変わった。
真っ黒なキツネの姿に。
「お、お主は……!」
「本当に……本当に久しぶりだ」
その真っ黒なキツネは、強く……強く恨みの籠った声を御前へと向けた。
「……美緒、さん?」
「ああ。そっか。知らないよね。一織君ならピンと来てたかもしれないけど」
そのキツネは悩んだ素振りを見せた後に。頷く。
「むかーしむかし。あるカミサマが居ました」
そして、そう。語り始めた。
それと同時に。また、世界が歪んだ。
◆◇◆◇◆
彼女は、『カミサマ』の中でも異端な存在でした。
ほとんどの『カミサマ』は、退屈なので、世界を作り。作った世界を眺めて楽しみます。
ヒトで言うところの、ドラマや映画。アニメのような感覚です。
悲しみや苦しみを乗り越えた先にある幸せ。
または、その先にある絶望を。カミサマ達は楽しみました。
そんな中。一人のカミサマはつまらなさそうにしてました。
『病気も怪我も事故もない。楽しい事でいっぱいの世界を作りたい』
小さな子供のような、そんな願い。
その願いを叶えられるだけの力を、彼女は持っていました。
彼女は小さな箱庭を作ります。とても小さな……一つの村です。
カミサマの中でも位の高かった彼女は、そこで創り出した人々にある【贈り物】を与えました。皆が幸せになる【贈り物】を。
カミサマは創り出した人々の『心』を読むのが得意でした。
みんなが幸せになるのを見て、カミサマも幸せになる。
その世界はこの世の中で最も幸せな世界でした。
そんな世界に【災厄】が訪れました。
【彼女】は『ニンゲン』という生物がお気に入りでした。
その中でも、辛く苦しい試練を乗り越えられる者が大好きでした。その先に希望があろうと、なかろうと。強い『心』を持つ者が大のお気に入りです。
彼女はその世界が大嫌いでした。悲しみや辛い事のない、その世界が。
だから、壊そうと思いました。
村人の命を人質にして、カミサマは脅されました。
普通のカミサマならば、いくらでも創れるニンゲンなど見捨て、新しい
ですが、そのカミサマはそんな事出来ませんでした。
『神様……どうか我々をお助け下さい』
今まで幸福な世界を作ってくれたカミサマに、浅ましくもニンゲンは願いました。
ですが、カミサマはその願いを無視する事など出来ませんでした。
みんな、自分の可愛い子供のような存在だったから。
その【災厄】はカミサマをとあるニンゲンに封印し、世界を掌握しました。
おしまい
とはならなかった。
カミサマは強大で、そのニンゲンに封印された後も虎視眈々とその【災厄】の『心』を狙っていました。
そのニンゲンが結婚をし、子を授かると必ず姉妹が産まれるようになりました。姉は優秀で、その妹は更に優秀な天才へと。
その妹に、カミサマは自分の魂を移し続けました。
その際、元の依代となっていたニンゲンはカミサマの記憶を忘れ、普通のニンゲンのように生活を始めます。
カミサマが宿っている間、彼女は科学者となって。『心』の研究を始めます。
彼女の中にはカミサマが宿っているので、生まれつき『心が見える』体質でした。
『カミサマ』は世界を創る際、ニンゲンへと自分の『心』を分けます。
それは『カミサマ』になった【災厄】も変わりません。この世界には【災厄】の魂を入れられたニンゲンが居たのです。
そのニンゲンは不幸を呼ぶ【忌み子】と呼ばれていました。
【災厄】にも『心』はある。
その事を知った彼女は『心』を壊す手段を見つける事で、この世界を【災厄】から救えると思ったのです。
この世界の人々に【GIFT】を与え、【忌み子】を生み出す【災厄】から。
いつかの時から、【災厄】は飽き始めました。似たような結末しか迎えないニンゲンに。
その時【災厄】が目をつけたのは、異世界のニンゲンです。
それまでも他の世界からニンゲンを連れてくる事はありましたが、これは世界に不具合が生じる可能性が高いものとなります。
不具合が生じる可能性が高くなると同時に、【転生者】はその世界を掌握するカミサマとの親和性が高くなります。
つまり【忌み子】としての適性が高くなり、より不幸を呼びやすくなるのです。
最初はこの不具合を恐れていた【災厄】ですが、一度をやれば二度。二度やれば三度と、段々その恐怖心もなくなりました。
そして、【転生者】を呼ぶ頻度が最近、少しずつ増えてきました。彼女はそれがチャンスだと感じました。
いつか、この【災厄】が夢中になるような存在が現れるまで。自分が自由に動けるようになるまで。不具合が重なるまで。
ずっと、その【災厄】の事を狙い続けました。
それと同時に、永い時を経て、元カミサマは力を取り戻していって。
『心が見える』という能力を、ヒトへ……
◆◇◆◇◆
世界が変わったと思えば、膨大な量の情報が脳へと流れ込んできた。一瞬の事だった。
「普通のニンゲンならば、この世界に入る事は出来ない。……【不具合】でも起きない限り、ね」
「……それって、美緒さんが――」
真っ黒なキツネが、私達を見てウインクをした。
「さて。時間が無いんだ。彼女達には。……【災厄】よ。一織君を助けてくれるかな?」
「そんなモノ出すわけ――」
「はい、と」
「うぐわああああああああああああああ!」
真っ黒な美緒さんが機械のスイッチを入れると、御前が叫んだ。とても苦しそうに。
あの機械、どこから持ってきたんだろうと思いながらも。……もし、彼女が先程の話に出てきた『カミサマ』ならそれも可能かと思い直す。
「『神様は世間に疎い』だっけ。……聞いてて笑っちゃったよ。本当に『心が見える』機械なんて作れると思ったのかい?」
「我を、愚弄するか」
「うん。すっごく溜飲が下がったよ。……で? 治してくれるの? くれないの?」
「……チッ。覚えておれ」
美緒さんが機械に触れようとすると、御前がピクリと震えて。……バチン、と指を鳴らした。
その瞬間。私の手の中にある薬が手に入ってきた。錠剤とカプセル。
「それと。……三人を忌み子じゃなくする事も出来るよね?」
「……チッ」
美緒さんが機械に触れながら言い……また指を鳴らすと。今度は水? の入ったペットボトルが現れた。
「それを一口飲めば治る」
「こんなミネラルウォーターみたいなものに……」
すっごく俗っぽい感じだ。でも思えば、御前って病気を治す代わりにお金請求してきたんだよね。
「ああ。その薬。……錠剤を先に飲ませてからカプセルのやつを飲ませないと効果がないみたいからね。それと、生きてる間に使わないと効果ないから」
「……チッ」
おお……かなり重要な情報だ。錠剤からのカプセルね。
そして、生きてる間に……か。
「それじゃあ後は任せて。……これからはさ。今よりはずっと良い世界になるはずだからさ」
「……美緒、さん」
「色々とごめんね。……彼を使って実験した事とかさ。こいつにバレないようにしないといけなかったんだ」
美緒さんが瞬きをした瞬間、元の美桜さんの姿に戻った。
「風音ちゃん。……聞こえる?」
「……。はい」
風音もいきなり色々あったからか、少し落ち着いていた。
すっごく顔色は悪いけど。
「本来、私のような存在は世界に介入してはいけないんだ。……あの頃の私はすっごい介入してたからこいつに目を付けられたんだけどさ。まあそれは置いといて。風音ちゃんに二つアドバイスをしよう」
美緒さんが柔らかく笑う。
まるで、親が子供を諭すように。
「一つ目。……風音ちゃん。今だけでもしっかりしておかないと、彼が死ぬ事になるよ」
「ッ……それって」
「二つ目。ちゃんと彼と話をする事。勝手に罪悪感に押しつぶされて死んじゃったら、彼も悲しむよ。だから、ね?」
最初のお願いがすっごく気になるけど。多分聞いてる暇は無いのだろう。
「という事でアドバイス終わり。それじゃ、頑張ってね。……私も残りの事は頑張るから」
「……はい」
その時、ある事を思い出した。
『その先は私が責任を持ってやろう』
――一昨日。二人の時に言っていたのはこの事だったんだ。
「くく……間に合うといいうがああああああああ」
「……これ。自分でも試したけど中々の威力だね。さ、今から送るよ」
美緒さんがウインクをした瞬間――
世界は戻っていた。あの社の前に。
「……流伊」
「風音。とりあえずこれ、飲もっか」
ペットボトルは社の前に置かれていた。ちょっとだけ罰当たりに思ってしまったけど、あいつの物なんだし良いかと。二人で一口ずつ飲む。
「……三人も【転生者】が居たから、相乗作用で全部悪い方に向かってたんだろうね」
「あ……前に流伊が話してたやつだよね」
「そうそう。……っと。ちょっと待って。……夜?」
何か違和感があったけど、それがなんなのか今になって気づく。
この辺は木々が多く、日もほとんど入らないので気づかなかった。
スマホを確認して――
「ちょいちょい。……日付変わってんじゃん」
「……え?」
「風音。急ぐよ!」
あの世界は時間の進みが違うのかもしれない。思えばあの日だって、気がついたら夜になっていたんだから。
私は風音の車椅子を押そうとして――首を振った。
「風音。これ持って」
「……? い、いいけど。あ、ペットボトルも持てるよ」
「ありがと。……よし」
風音に薬の入ったケースとペットボトルを持ってもらって。私は車椅子の前にしゃがんだ。
「乗って」
「……え?」
「こっちの方が断然早いから。風音と違って私は結構体力あるからさ」
ちょっと歩いて分かったけど、私の体力はそんなに落ちてない。
風音を背負いながらでも走れるぐらいには。
風音は少し迷った後――頷いた。続いて、背中にすっごい柔らかい感触が。
あの頃の私と違ってこっちはあんまり落ちてないんだなと思いながらも。
私は走ったのだった。
◆◆◆
「さすがに、疲れるね」
「だ、だいじょぶ?」
「だいじょーぶ。後はもうエレベーターだけなんだし」
エレベーターに乗って一息つく。それと同時に風音を背負い直した。
「あとちょっと。一織が起きたら説教タイムだね」
「……ボクは」
「そんな顔しない。さっきも言ったけど。……あのままだと一織、ずーっと良くない事になってたと思う」
でも、今はうじうじする時間はないのだ。
「悪いけど、それも一織が起きてからね。……それまでに自殺なんてしたら、私も一織も後追うから」
「……分かった」
とりあえず死ななければ何とかなる。……相当酷い状況にならない限りは。
そして、エレベーターから降りると――
「……すっごい嫌な予感がする」
慌ただしく廊下を走る看護師さんが何人も目に付いた。
そして、私は急ぎ足で向かう。……私達の向かう方向と同じ先に看護師さんも歩いていた。
【羽柴一織】
看護師さん達は、彼の部屋を行き来していた。……心がザワザワとしていた。
その部屋に入ると――
「一織さーん! 聞こえてますかー? 聞こえたら少しで良いので目、開けてくださーい!」
「先生。これはもう……かなり厳しいかと」
慌ただしく、看護師さんと先生が動く中。
モニターに映し出されていた、心拍を指し示す値は、0と表示されていた。
……私の頭の中は真っ白になっていた。
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