第50話 █日█ 異█事█


 死ぬためだけに、ボクは生み出された。



 他の子達は散々だった。大体の子は最初に苦しんで死ぬ。

 続いて。死ぬこと無くハッピーエンドを迎えたかと思えば、今度は半身不随になり……独り身のまま、一生を終える。


 一生を終えればまた、同じ人生が始まる。【音海風音】としての人生が。


 苦しく、辛い一生が。




 ボクもそのはずだった。永く、辛い苦しみが続いた上で最終的には消去されるはずだったのに。



『あー……可愛い。すき』


 モニターの奥で、彼が呟く。今まで集めたCG集を眺めながら。周回が始まればボクの記憶が消え、人のそれと変わらなくなるのだ。



 最初の一度と、ノーマルエンド以外。彼が私を見捨てる事はしなかった。


 びっくりした。この世界には何人もの魅力的なヒロインが居るのに、ボク以外の誰かを攻略しない。ハーレムエンドにすらいかない。


 攻略しないどころか、会おうともしないのだ。


 最初は何度か苦しい時はあったけど。彼が慣れてきたからか、今ではほとんど苦しくないし、すぐに助けてくれる。


 まるで――物語のヒーローのように。


「……あれ?」


 体の中を違和感が走った。


 ゲームの中のボク。【音海風音】は、もしボクが人間だったらこんな感じなんだろうな、というイメージで作られた。


 そして、主人公は『プレイヤー』を模したキャラクターだ。プレイヤーからしたら全然見られないけど。

 もう一つ言っておくと、彼は全然髪を切りに行っていないのか前髪も伸びきっていて顔がよく見えない。色々勉強してたから思うけど、その辺のキャラより彼の方がギャルゲーの主人公みたいだ。



 物語が終わりを迎える度、この周での出来事がマザーにフィードバックされる。

 その間のボクは自由であり、行動は別にマザーへと送られたりしない。裏切る事など絶対にないからだ。そもそも裏切るメリットもない。


 だから、この感情バグも……送られない。



 おかしい。


 それは分かっていながらも、ボクは次、いつ始まるのかなと。楽しみになっていた。



 また、きっとボクの事を助けてくれると信じて。


 ◆◆◆


 周回が千を超えた頃。ボクのこの感情は確信へと変わった。


 ボクは彼……羽柴一織はしばいおりに恋をしている。このゲームを通して。


 ハッピーエンドを迎えられるのは嬉しいけど、寂しい。終わりを迎えてしまうから。



 でも、また新しく人生ゲームが始められる度に。……ボクは彼へと恋をする。


 何度、まっさらに生まれ変わろうと。ボクはキミに恋をする。


 それが積み重なり――もう、いつバレてもおかしくない状況になってから。


 ボクは、マザーへと報告したのだった。


 ◆◆◆


 感情バグは修正されなかった。



 嬉しかった。『嬉しい』と思えるようになってしまった。


 もう、ボクは他のボクとは違う。多分、人間に近づいていっている。御前様は『突然変異だろうな』と言っていた。


 突然変異だろうがなんだろうが、ボクは嬉しかった。


 ボクの事をちゃんと見て、好きになってくれている。


 それがこんなに嬉しいんだって思えた。


 ◆◆◆


 追加で五百周を超えた辺りで、ボクはソレの存在に気づいた。


 モニターの向こう側。……彼の近くに何かが居た。最初は人かと思ったけど、違った。


 マザーや御前様は『魂』と。そう呼んでいた。


 そして……もう一つ。気づいてしまった。


 彼はその魂の持ち主と、ボクを重ねていた事に。それがちょっとだけ悔しくて。

 でも……彼とボクが相思相愛な事に変わりはないからいいもん。


 そのままボクは何度も何度も人生を繰り返した。あちらからすれば、数時間の事かもしれないけど。こっちからしたらもっとずっと長いのだ。


 もう苦しい事なんてないから。ずっと、楽しめるんだ。


 ◆◆◆


 3000を超える周回で。彼は壊れてしまった。


 顔が真っ暗だった。……まるで、ボクが最初に死んだ時みたいに。


 ああ。死にたいんだって分かった。彼はもう、人生を諦めたがっている。



 彼は時々、呟いていた。『もう一度風音が死ぬまでは死ねない』と。


【GIFT】は彼が望んだ結果へ進むために必要なものが手に入る。


 それなら――。



「マザー。次、あれ出して」

『……良いの?』

「うん。彼が望んだものはそれだから」



 そうしてボクは、彼を死へと追いやった。


 ◆◆◆


「……あれ? ここは?」


 ボクは死んだはずであった。死ぬ、というか消えるというか……同化というか。


 遊ばれなくなった【GIFT】や捨てられた【GIFT】の中にいるボクはマザーへと統合される。


 そのはずなのに……ボクは、真っ白な空間に居た。


 確か、御前様が居る場所だ。


「……察しが良くて助かるぞ?【音海風音】よ」


 目の前に真っ白なキツネ……御前様が現れた。


 えも知れぬ不快感が体を走った。……そんな事、あってはいけないのに。


 ボクは彼女に強い嫌悪感を持っていた。最初の頃の、苦しかった事を思い出して。……別の世界のボクは今も、それで苦しみ続けている事を思い出して。


「……ボクは【No 316543】です」

「なに。この名を授けるには主が一番良いと思ったまでだ。それよりもぬしに一つ命令がある」

「命令、ですか」


 ニヤニヤと嫌な笑い方をする御前様にボクは鳥肌を立てながら聞き返した。


「ああ。なに、簡単だ。主はこれから【音海風音】になる」

「……はい?」

「主は音海風音としての人生を過ごすのだ。……彼らと共にな?」


 含みを持った笑みを続ける御前様に、ボクは聞き返す。


「……彼ら?」

「ああ。……喜べ。主の大好きな【羽柴一織】だぞ」

「……! 一織と!?」


 思わず大きな声を出してしまい、ボクは口を手で抑えた。そんなボクを見て、御前様がくつくつと笑う。


「本当に面白い。……ああ。今までの記憶はなくなるからな。人生を授けられる事を光栄に思うが良い」


 彼に。一織と会える。


 絶対に一緒に居られないと思っていた彼と。それが嬉しくて――



 楽しみだった。





 ◆◇◆◇◆



「……ッ」

 風音の呼吸が荒くなり。その心臓の上から風音はぎゅっと服を掴んだ。



「……ぅ? ぼ、くが……ボクが、一織を殺し……?」



「ちょ、風音。落ち着いて」


 風音が倒れそうになって……私は風音を支えた。


「で、でも。ボクは……ボクは、だって」

「だいじょーぶ……じゃないけど。確かにそうなんだけど……一織はどっちにしても、耐えられなかったから。風音のせいなんかじゃないよ」


 トドメだったのかもしれない。……でも、風音が全部悪いかと言えば、そんな事はない。


 私が病気になって、一織の家族が事故に遭って。もし悪いとすれば、運命が――。



 ……え? いや、でも。そんな事は。


「ふむ? 鋭いな。娘」

「……ッ、な、なにを」

「まあ娘の病気に関しては我も知らんがな。……くく」

「それって、一織の両親は……!」


 御前様が口の端を吊り上げて笑った。



「どうやら人二人までなら、我が動いたとしても向こうの神にも気づかれないらしいな?」


 拳を握って。……飛びかかろうと、してしまった。そんな事しても、意味が無いと分かっているのに。


「……くふふ。まあそんな事はどうでも良いのだがな?」

「この……クソ邪神が」

「神の生を謳歌しているだけだよ。くく。性格が悪いのは認めるがな?」


 憎い。……彼を、そして風音を弄んだ事が。


「……風音」

「ボクが。……ボクが一織を」


 風音の精神面も良くない。……こう、なったら。



「……御前。早く一織を治して」

「くふふ……さて。どうするかな?」

「約束を破るつもり?」



 ニヤニヤといやらしく笑う御前を見ながら。……どうすれば良いんだと途方に暮れる。










 その時だった。










 真っ白な世界が、真っ黒な世界へ移り変わった。




「……ふむ?」


 御前が……やった訳ではない?


 御前は辺りを見渡した後に、納得したような顔を見せた。


「ああ。不具合バグか。久しく見ておらんから分からんかったぞ。これで三人目だからだろうな。少し待――」







 御前が指を鳴らそうとした瞬間だった。








「さすがにこれ以上の狼藉は許せないかな」






 御前の後ろに人影が見えた。





 その人影は――ヘルメットのようなものを御前に被せた。




 ……え。あれって。





「か……はっ……?」


 そのヘルメットが被せられた瞬間。御前が倒れた。まるで、いきなり呼吸が出来なくなったみたいに。



 その、後ろに居たのは――







「あ、やっばり効くんだ。まあそりゃそうだよね。やっぱり神様だろうと『心』はあるんだしさ」





「美緒、さん……?」


 白衣を身にまとった女性。美緒さんだった。

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