奇科学に熱せられた花畑で魔女は嗤う

kashiyu

プロローグ


 超発達した科学技術のある国で、超発達した脳を持った比較的裕福で優秀な両親の間に、普通の子として生まれた。


 出来損ないというわけでなく、一般的に5歳辺りで注射と外的要因で脳を昇華させる。


 その外的要因とは、例えば、燃える火の中に飛び込ませたり、海で溺れさせたりと多岐に渡るが共通して種としての防衛本能を呼び起こすものだった。


 その要因に対して得られる超発達とはその要因によって変わる。


 例に出した、火の中に飛び込ませると火を取り込み発火能力や火に対する耐性が。溺れさせると水中呼吸や水を生み出す能力や水耐性など、平たく言えばやるだけ増える超能力なのだ。


 その分、取得する前に命を失う危険性や、そもそも取得できない可能性がある。


 しかも、能力を手に入れるには教会に高い金額を都度収め申請をしなければならない。


 そして、能力は多ければ多いほど社会的権威が高いとされるので、命の危険があるのに富裕層に子供が多くいる理由や申請の多さはそのためである。


 それはさておき、比較的裕福な家には比較的多くの子供が一般的に産まれるのだ。だが、俺の親は仲が悪く二人しか産まれなかった。


 子で社会的権威を得ようとした優秀な両親は、二人を片っ端から取得させようとした。


 弟はやらせたほとんどの能力を取得したが、兄の俺はほとんどできなかった。


 そこで、兄弟に対しての大きな差が生まれた。両親には俺の名前すら無いものとされた。


 家族や召使いからは無視されるも、家から浮浪者を出したくないと部屋はギリギリのとこで健在だった。


 両親は、嫌がらせをするときだけ俺には仲の良い夫婦に見えた。


 俺が16になったとき、その嫌がらせも特に酷くなって俺は死んだ。もうほとんど覚えてない。


 俺を幸せにできなかった自称女神様の偉い人がそんな記憶を消してくれたらしい。へー。


 女神は美少女という見た目で、それ以外にこれという特徴がなかった。白い服を着てて、乳白色の髪をしているくらいだった。


「私はあなたを見殺しにしてしまいました。まあ、あなたが死なない方法は自身で身に付いてたはずなんですけどね。主神が言うので助けますけど。」という言葉と一緒に言っていた。


「代わりにといってはなんですが性別を変えてあなたを新しく世界へ送ります。」


 …なんで?性別を変える?新しく世界へ送る?どういうこと?


「簡潔に言ってしまえば私の趣味です…。」


 女神は少し恥ずかしそうに言った。


「………。」


 正直絶句した。見殺しにして趣味に付き合わされるなんて御免だ。それにそもそも送られなくてもいい。


 俺が文句を言う前にこいつは弁明をした。


「そもそも趣味が高じて新しく世界へ送ることが出来るようになったのでその副作用だと思ってください。あと、あなたは送られたくないようですけど、有無を言わさず私が送ります。再度機会を与えるので幸せになりたかったら自分で動いてください。」


 正直酷い。ものすごい理不尽だ。


「じゃあ、取り敢えず送りますね。」


 有無を言わさず女神は行動を開始した。


 しばらくするとキンキンとした音と光が辺りを包んだ。


「あ、失敗したらごめんなさいね。」


 え?俺が聞こうとしたときには光が一層強くなり消えていた。



 眠りから目覚め、気付いたら辺りは森だった。


 ホント何の変哲もない森。


 せめて人里に送ってくれよ。恨み言を呟いてると、少女のような細い手足が目に付いた。


 あの女神の宣言のように俺は少女になっているようだ。


 よくよく考えれば服も前世と違う女性物だ。


 ヒラヒラしてスースーする。


 風通し抜群だなあなんて思っていると、草むらが    騒がしくガサガサと音を立てた。


 現れたのは…動物?のようで小柄でヒトガタをしてる…なにこれ。


 緑の体に腰に布地を付けている。耳の先が尖っていて俺より背が小さい。手には、日頃から研いでいないような鈍い光を放ったナイフを持っている。


 俺は知っている。


 これは物語でよく出てくるゴブリンだ。


 もしかしてあの自称女神が言ってたのって俺を元の世界へ送り返すって意味じゃないのか?


 ゴブリンはこちらに気付き、瞬時に臨戦態勢に入った。


 ギラっとした瞳はおぞましいものだった。


 その目を見た瞬間に身の毛がよだつ。


 身の危機を感じる。本能が逃げろと叫ぶ。あれはやばい!逃げろ!と。


 身体は思考を裏切り、尻餅をついていた。


 立てない!くそ!動け!


 迫る身躯に無力を呪う。


 俺に何か力があれば!


 そう思った瞬間、身体に力が漲った。


 なんだ?この力は。


 全能感がある。まるであの化け物を倒せるような。


 駆けてくるあの化け物に手の平を向けた。


「花の魔法 《フラワー・マジック》!」


 自然と口から放たれた言葉に驚く。


 すると、手の平から光の粒子が放たれ、化け物へ向かう。光に戸惑う化け物にはお構いなしに行き着くと弾けて消えた。


 その瞬間、化け物から棘のあるツルが生え、身体を取り囲み、赤く綺麗な花を咲かせた。それはそれは見事な花で少しの間見惚れるほどだった。


 ハッと化け物に目を向けるともう動いていない。その光景に恐れを抱く。


 命を奪う力を手に入れたこと。


 そして、奪った命を糧に美しい花を咲かせたことだ。


 俺は、無能だったからこそ力の持つ影響に対して責任を持っていなかった。


 この力に慣れなければならない。一生を共にする力だ。と言い聞かせた。


美しい花と化け物を尻目に俺はその場を後にした。


 心を落ち着けながらしばらく森を歩いていると、他にも何か能力を持っているのではないかと考えた。例えば、俺が使えなかった発火能力とか。


「…ファイア!」


しばらくしても何も起こらなかった。


「ブリザド!」


「サンダー!」


「エアロ!」


 …何も起こらない。まあ、元々無能だったしな。


「さて、あの魔法の効果を調べなきゃなあ…」

 

 もし、あの化け物がまた現れないとは限らない。使用制限や副作用などの仕様があれば早めに知っておくのが吉だ。


 まず、気になるのは生命以外にも生えるのか。だ。


「花の魔法 《フラワー・マジック》!」


 放たれた言葉と共に光の粒が散らばり、弾けて消えた。すると、辺り一面に花畑を生み出した。


 ほんの少しの疲労を覚えるとともに傍で声がした。


「わあー、お姉ちゃんすごーい」


 それは見た目5歳くらいの肌の少し青い男の子で、耳も少し尖ってる。貧相な服装をしていて、住んでいる地域は裕福でない様子だった。


「お話の魔女様みたい!」


 魔女…。そういえば俺、女の子だったな。


「あなた、名前は?」


「ぼくアルミルド!」


「そう、アルミルド。そのお話聞かせてくない?」

「いいよ!むかしむかし、花の魔女様がいました。   魔女様は花を咲かせる特別な魔法を使えました。」


 魔女ってのは俺と同じ魔法が使えるのか。


「人間は国同士の仲が悪くていつも争いばかりしていました。そんなとき、魔女様は世界中に笑顔が咲くようにと花畑の魔法を唱えました。世界中の皆は笑顔になりました。めでたしめでたし。」


 …悪目立ちしたくないし口止めしとくか。


「私はその魔女じゃないしそんな魔法も使えないわ!」


 多少強引だが、広めるわけにはいかない。


「ええー!!花を咲かせてたのに!!!」


「それはあなたの見間違いよ!!!!」


「えええええーーーー!!!!!」


 アルミルドは不貞腐れながらも納得してくれた。


 子供の相手は楽だな!!!!!!


 そんなことを思っていると、


「そういえばお姉ちゃんの名前は?」


「…そうねぇ。」


 名前は前世の記憶として消されていたものの一つだ。今即興で考えるのも何か勿体ない。


「…秘密!」


「ええー!!」


――――

(中略)

――――


「えええええーーーー!!!!!」


 アルミルドは不貞腐れながらも納得してくれた。



 そういえば、アルミルドにあの襲ってきた化け物を聞いてみた。


「えー!!ゴブリンに襲われたの!?」


 ゴブリン…。やっぱりそうか…。でもそれは前世の知識だぞ?


「お姉ちゃん無事で良かったね!」


 さっきの綺麗な魔法のおかげですよー。なんてことは言わないでおく。


 なんて長々と話していたら、そろそろ夕方だ。子供は早く帰らせてあげなければ。


「もうそろそろ夕方だから早く帰りなよ。」


「いやだ!帰りたくない!」


 これまでとは違う反応に驚いた。それは拒否反応だった。何かありそうだが、大人として帰らせねば。


「明日も会える?」


 問うアルミルドの声は弱々しかった。


「えぇ。いつでも。その時は名前教えてあげる。」


 そのとき、何故か帰っていくアルミルドの背中を

もう二度と見れなくなるような気がした。


 翌日、アルミルドは俺に会いに来なかった。


 その日の夕方、昨日アルミルドの帰っていった先に煙を見た。


 嫌な予感がして、気付けば走っていた。


 走り着いたときにはそこにある村は焼けていた。


 悲鳴があがる。


 見ると、鎧を着た者たちが村人らしき人を襲っていた。


「おい!魔女はどこだ!これが最後の忠告だ!」


 魔女…。村人は俺に巻き込まれたのか!


「誰がお前なんかに教えるか!」


「フン!」即座に剣が村人を貫いた。


 間に合わなかった!急げばまだ助かる人がいるかも知れない!


「花の魔法 《ブルーム・マジック》!」


 綺麗になっていく花を横目に俺は村を走った。


 走っても走っても走っても。探しても探しても探しても。どれだけ走ってもどれだけ探しても俺は生きている村人を見つけられなかった。


 探していたアルミルドも見つかったが、他の村人同様、息がなかった。


「名前言えなかったな…。」


 後悔は後になりやってくるもの。そんなの分かってる。…分かってた。


『幸せになりたかったら自分で動いてください。』

           

 言葉が繰り返し響いた。


 舐めてた。俺は異世界に来たんだ。これは現実だ。夢じゃない。分かってた。俺が悪いことも。

俺には何もないことも。


 仲間が欲しい。


 そのとき、頭の中をあの暖かい流れを感じていた。瞬間、口が言葉を発した。


「眷属召喚 《サモン・サーヴァント》!」


 光が放たれたと思うと消え、瞬時に現れたのは五人の異形だった。


 光から最初に現れたのは、キリッとした犬の耳を持つ女だった。厳かな金属の首輪をしていて、その首輪から紐の垂れた先が地面に着いている。黒く長い髪をしていて腰まである。服はスッキリしたドレスを着ていて、高いヒールを履いている。あと揺れる尻尾が気になる。


 次は、鎖に巻かれた大きな白い翼と金属の剣を持つ男だ。髪は乳白色だった。下地が黒の、灰色で長い丈をした服を着ている。服には差し色に黒と金が入っていた。翼の大きさはひと一人を包み込めるほどで、剣も同程度あり、足には金属の重りが付けられている。口を金属の当てで隠している。


 その次は、大きな黒の鎧とヘルムを身に纏った小柄な少女だ。一見して肌が出ておらず、鎧は男物に見えるが、召喚の繋がりのようなもので分かった。歴戦の勇者のような鎧にはそれが持つ期待や憧れを抱え込んでいるように見えた。それにしても装備者に対して鎧があまりにも厳つい。これがギャップというものか。


 そして、紺のスクール水着の上から黒い色したへそ辺りまでしかない軍服を閉じた少女だ。軍服には白い飾り紐や赤い腕章やバッジが付けられ、刺繍まで施されていた。…だが、見た限り、金属の飾りを付けた帽子やベルト、ネクタイに加えてその2枚しか着ていない。…何故か軍服のズボンを履かないスタイル。服装の世界観も違う気がする。


 最後は、30cmほどある黒色のスライムだった。ぷるんとしている。と思ったら女の姿に変化した。変化しても、体の中には流動的な流れがあるように見えた。特徴的な光を吸収する黒い大きな王冠と長いスカートと杖がぷるぷるしている。



「主人に忠誠を。」


 一斉に俺に跪き、頭を垂れ、犬耳の女が代表して言った。静けさが辺り一面を襲う。


「御主人様、何なりとご命令を。」



―――――――


 彼を異世界へ送ったあと、仕事を一段落つけた女神は側仕えの淹れた紅茶を飲み、側仕えに聞こえるように独り言を言っていた。


「主神も人使い荒いわよねー!なんで仕事のある私が主神の仕事の手伝いをしなきゃならんのかって話よ!いつもいつも使われるこっちの身にもなって欲しいわ!」


 うだうだと上司の上司に対して愚痴を吐く上司を、側仕えも日頃から同僚に愚痴を吐いていた。


「そういえばあの人、前世で無敵と思えるくらいの耐性持ってたはずなのにどうして死んじゃったんだろう。主神から蘇るよう頼まれたけどさあ。まあ、私はもう関係ないかあ。」


 優秀な彼女の午後がゆったりと過ぎていた。

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