第42話 遅すぎた思いと告白

 深夜。

 今夜は新月で月の明かりがないので星々の瞬きがよく見える。


 旅館の裏手にある星見のテラスに白石綺羅莉は一人佇んでいた。他の女性陣は既に疲れて眠りについてしまっている。


「(もう終わってしまうのね。踏ん切り、ついたのかしら)」


 自動販売機で買ったミルクティーを口にしながらデッキチェアに身体を預けた。

 満天の星空は綺羅莉に何を語ってくるのか?


「となり、いいか?」


 不意に声をかけられて驚く綺羅莉。暗い照明の中に立っていたのは俊介だった。


「ええ、どうぞ。俊介くんはこんな夜更けにどうしたの?」


「それはお互い様だろ? まあ、眠れなくてね。綺羅莉がこっちに行くのが見たからさ、ちょっと、な」


 そう言って綺羅莉の隣にあるデッキチェアに腰を下ろす俊介。


「……」

「……」


 しばし互いに無言のまま夜空を眺める。


「あ、流れ星……」


「あのさ」


 綺羅莉が流れ星を見たことをきっかけに俊介が彼女に話しかける。


「なにかしら」


「想いは……断ち切れたか?」


「え? それって……」


 俊介の問いかけに動揺を隠せない綺羅莉は、横になった姿勢から思わず起き上がってしまう。


「ん……。誠彦のこと」


「な、なんのことかしら? 誠彦くんがどうかしたの?」


 焦りが言葉に乗ってしまったのかいつものように冷静に受け答えができていない。そもそもなんで俊介が誠彦のことを綺羅莉に話すのか?


「……好きだったろ。誠彦のこと」

「っ‼ な、なんでそれを」


 俊介は言外に匂わすこともなく直接的に彼女の誠彦に対する気持ちを問いただす。あまりにも逃げ場のない問いかけに綺羅莉は返す言葉に窮す。


「ずっと見ていたらわかる。わかりたくはなかったけど、分かっちまったもんはしょうがない」


「………はぁ、俊介くんの言う通りね。たしかにわたしは誠彦くんのことが好き……だった。今更表明したところでもう遅いのだけど」


 実は綺羅莉は誠彦のことが好きだった。そしてこの旅行を機にすべてを忘れるつもりでいた。これを最後の思い出にして。



 彼女が誠彦のことが気になりだしたのは、一年生の夏休みが開けた後。誠彦にあの噂がつきまといだした頃のことだった。

 彼女自身が会ったことも話したこともないような男子から次から次へと告白をされ、その度にすげなく断って陰で氷姫などと言われるようになっていた頃と時を同じくしている。


 自分は何処の誰ともわからないような男子とは関わり合いたくないと思ってはいたが、そもそも恋愛に関しても全く関心を持っていなかったのも事実。


 だから告白などされても迷惑以外ではなく冷たくあしらうのも仕方ないこと。


 但し、周りはそうは見てくれずにお高くとまる氷の姫様という意味で氷姫と彼女のことを呼ぶようになっていた。

 当然ながらそのあだ名は綺羅莉の耳にも入り、彼女は一人心を痛めていた。

 そんな中耳に入ってきたのが誠彦の黒い噂だった。一聴しただけでデマだとわかるような内容だったが、周りの反応を見ると信じているもののほうが多いように感じた。


 噂の元が教師だという話もあり、それがこの話の信憑性に一役買っていたせいもあると思われた。


 綺羅莉が初めて誠彦に興味を持った瞬間でもあった。あまりにも酷い醜聞にも関わらず誠彦はそれを全く気にした風もなく飄々としていた、ように綺羅莉には見えていた。


 ただのあだ名に心を痛めている自分に比べ、彼のなんて強いことか。それだけで彼に対する関心は深くなっていっていた。

 毎日のように噂されても一顧だにしない彼を目で追っていくうちに彼に、彼の強さにやがて綺羅莉は惹かれるようになっていく。


「でもわたしって恋愛クソザコっていうやつでしょ? だからただ遠くから見ているだけだったのよ」


「……よくそんな言葉知っているな。ウマかよ」


「どうしたらいいのか分からなくて、ネットを巡っていたらまさにわたしのことを言い得て妙に表した言葉を見つけたのよ」


 恋愛に関してはズブの素人で、誰かに相談することもしないできない、独りでただ悶々と悩むだけで前にも後ろにも動けないのが当時の綺羅莉であった。


「二年生になったとき、彼と再び同じクラスになったのは運命のお導きだと思って勇気を出して彼を放課後に誘ったりもしたわ」


 綺羅莉は知らないが、この時点で時すでに遅し、だった。


「でも彼は季里さんを選んだの。選んだなんていい方は烏滸がましいわね。わたしなんてステージにさえ上がっていないのにね」


 綺羅莉は再び夜空を見上げる。再び流れ星が光る。それはまた彼女の頬にも。


「あれ、なんでわたしは泣いているのでしょうね? ははは、何もしない自分が悪いっていうのに馬鹿みたいだわ」


 それまでじっと話を聞いていた俊介はデッキチェアから立ち上がり、綺羅莉の直ぐ側で屈み込んだ。


「俺は知っていた。綺羅莉が誠彦のことをどう見ているかを。あいつが分かっていなかっただけなんだよ」


「そんな。わかるわけないわ」

「少なくとも俺はわかったよ」


「なんで俊介くんに私の思いがわかることがあるのかしら?」


 そう。綺羅莉は誰にも秘めた思いを吐露したことはなかったのだ。ただ一人胸の内に収めていただけだったはず。


「俺は、綺羅莉。お前のことを、お前のことだけを見ていた。だから、綺羅莉の機微に気づけた」


「えっ?」


「本心では気づかなけりゃよかったって思ったよ。なんで誠彦なんだって、すごく悩んだし……悔しかった」


 俊介は固く拳を握りしめ、悔しそうに、それは本当に悔しそうに声を震わせた。


「あなた……わたしのことを?」


「ああ、お前の失恋に乗じて言いたくはなかったけど抑えきれなかった……済まない。そうだよ、俺は綺羅莉のことが好きだ。ずっと好きだった」


 俊介が綺羅莉のことを気に出したのは今ではいつなのかわからない。気づけは目で追っていた。


 俊介は人の思いに敏感なところがあり、綺羅莉がおかしなあだ名をつけられたことに悩んでいることもすぐに気がついた。

 それからは彼女が心配でよく観察をしていたがいつの頃からか彼女の中に違う感情が芽生えたことに気づく。彼女の想いが向かう先は我が親友だった。


 板挟みに俊介は悩んだが、ある答えを出す。自分は引く、それが俊介の選んだ答えだった。好きな人の幸せを思うからこそ出た答えだった。


 しかし運命とは悪戯なもので、誠彦はこのことに全く気づくこともなく別の恋人を選んでしまう。ただそれ自体は間違いなどなく彼に対して彼女、季里はベストなパートナーだと断言できていた。


「あの二人の関係を間近で見てきっぱり諦めるんだろうなって思ってた」

「そうね。あれは諦めるための儀式みたいなものだったわ」


「ごめん。俺のほうが逆に諦めの気持ちが逆に消失しちまった。まだチャンスがあるんじゃないかって……」


「すぐには無理よ」


「分かっている。心に空いた穴を埋めるのに俺が手伝いをできれば、今は、今はそれでいい」


「じゃあまずはお友達からね」

「え? 俺らまだ友だちでもなかったのかよ⁉」


「ふふふ。さぁ、どうかしらね?」


 俊介は以前誠彦に「今はバレーボールに打ち込んでいるの。女は二の次ってね」と言っていたがそれは全部ウソであった。身を引くなどと言いながらも綺羅莉のことを忘れられず想い続けていたのだ。他の女子には目もくれずに。


 要するに彼もまた恋愛クソザコだったのであった。

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