第40話 坊っちゃんと温泉に

 昨夜は海で遊んで全員疲れていたようで、夜も九時には寝てしまった。


 かわって今は朝の九時過ぎ。一二時間も寝てやっと目が覚めたので、やっぱりのそのそと布団を這い出る。



 部屋を出ると今朝もいい匂いが腹を直撃する。


「腹減った……」


 今日も季里は早起きなんだな、って思ってキッチンに足を運んだらそこにいたのはまさかの綺羅莉だった。


「あれ、おはよう、綺羅莉。早いね」

「おはよう、誠彦くん。早いってもう九時をとっくに過ぎているわよ」

「ん~それもそうか」


「コーヒー飲む?」

「うん。もらう」


 僕がテーブルにつくと、コーヒーとベーコンエッグトーストがすっと出てきた。


「どうぞ。食べるでしょ?」

「あ、ああ。いただくよ。綺羅莉って料理できないんじゃなかったっけ?」


 たしか有能な家政婦さんが全部やってくれるとかなんとか。


「これくらいは出来るわよ……といいたいところだけど、季里さんと凛さんに教えてもらったの。ベーコンエッグぐらいなら火加減だけ気をつければいいって」


「そうなんだ。でもよくできているよ。僕の好みにピッタリの焼き加減だよ」

「ふふ。それは良かったわ」


 知らない人はあの氷姫さんがこんなにも可愛らしい笑顔をする女の子だなんて想像もできないんだろうな。

 それにしてもニッコニコだね。すごく嬉しそう。ベーコンエッグを褒められたことがそんなに嬉しかったのかね。


 その後は寝坊したと慌てて飛び起きてきた季里が僕と綺羅莉で食卓を囲んでいたのにジト目を送ってきたりして騒がしくなったけど、別荘最終日の朝は気持ちよく過ごせたので万事おっけーといいたい。


 🏠


「上村と申します。今日は坊っちゃんとご一緒に我が旅館においで頂けるということでお迎えに馳せ参じました。短い間ですがよろしくお願いします」


 昼過ぎに戸田の市街地にある食堂で昼ごはんを食べたあとに俊介の親父さんのところの旅館から迎えの方がマイクロバスでやってきた。


「「「坊っちゃん……」」」


「坊っちゃん、坊っちゃん! 俊介君、坊っちゃんって言われているんだ! あはははははは!」


「水美、五月蝿い。坊っちゃん言うな」


「まあいいじゃないか? 坊っちゃん。今日は温泉、楽しみだな。なぁ、坊っちゃん?」


「マコちゃんのくせに……」


「はぁ? なんだってぇ~ 坊っちゃん?」


「ぐぬぬ……」


 暫くは俊介のことをイジって遊べるなこれは。この旅最大の収穫かもしれんぞ。


 🏠


 マイクロバスに乗り込むが、流石に二〇人以上乗れるバスなのでみんな好き勝手な場所に座った。

 僕と季里は前の方の席で二人並んで座った。水美と遊矢も僕らの直ぐ側で並んで座っていた。真ん中あたりの席に綺羅莉と凛ちゃんが仲良さそうに座っている。この二人意外にも気があったようでかなり仲良くなっていた。で、最後列に独りで俊介が不貞腐れて座っている。僕から一番遠い席を選ぶくらいはさっきの坊っちゃん呼びが悔しかった模様。


「では出発いたします。途中は山道になりますので右へ左へとよく揺れると思いますので、席をお立ちになったり歩かれたりなどしないようにお願いします」


 山道を行くって聞いていたので結構時間はかかるものと考えていたけど、一時間もしないうちに旅館に着いた。


「到着いたしました」

「え、ここなの? すごくない?」


「すごいな。本格的な旅館って感じじゃん」

「みんな悪いな。泊まるのはこっちじゃなくて別棟の離れなんだ」


 俊介に案内されて、その別棟とやらについて行ったのだが普通に豪華だったので驚いた。だって、一棟まるごとふつうに一軒家みたいなところなんだもの。


「これって本当に泊まって大丈夫なのか?」

「親父が大丈夫って言っているから平気だろ。それに悪いが、この離れは今、内湯が壊れていて工事中らしいんだ。で、空いていたってわけ」


 綺羅莉の別荘ほどは広くないが、これはこれで広くて七人で泊まるには十分すぎた。


「温泉は本館の方の大浴場が使える。あと飯も本館の方の小宴会場が取ってあるって話だ」


「その他にご入用なことがございましたら、坊っちゃんを通されても直接わたくしへでもなんなりとお申し付けください」


「「「よろしくお願いします」」」

「では失礼いたします」


 山村さんは頭を下げると、スススっと下がって行ってしまった。僕らみたいな子供にまであんなに丁寧に対応するんだからすごい人なんだろうな。

 綺羅莉は普通にしていたけど、一般庶民の僕たちは逆に恐縮しまくっておどおどしてしまったよ。


「一休みしたら風呂に行こうぜ。鍵は俺たちときらりちゃんに渡しておけばいいよな?」


 🏠


 海も久しぶりだったが、温泉もだいぶ久しぶりだ。日帰り温泉は何度かじいちゃんに連れて行ってもらったけど、旅館に泊まるのなんて何年ぶりか覚えていない。

 うちの両親の仕事が忙しくてまとまって休みが取れないのが理由なんだけど、両親にもたまには旅行を楽しんでもらいたいなとは思うんだよね。


 まあそれはおいおい考えるとして、今は自分が温泉を楽しむ時間だ。


「うわぁ、俊介。これはすごいな」

「まあこの宿の自慢だからな、この大浴場は。汗を流してさっさと温泉に浸かろうぜ」


 内風呂は総檜造りで、外に見える露天風呂は岩風呂だ。他にも壺風呂だったり打たせ湯だったりいろいろある。これは全部制覇したいな。


「ちょっとは日に焼けちゃたんだな。ピリピリするよ」

「それは仕方ないな。俺も背中は痛いわ」

「おれが背中をこすってやろうか?」


 止めてくれ。遊矢の力でゴシゴシやられたら背中が火を吹いちまうぜ。


 檜風呂、露天風呂、その他を回って間にサウナを挟んでまた最初からって何周か回ったら目も回った。


「そろそろ戻らないか?」

「そうだね。僕も湯当たりしそうだよ」

「右に同じ……」



 部屋に戻っても女の子たちはまだ戻っていなかった。


「女の子って風呂が長いって言うけど、本当に長いんだな」

「そうだな。季里も長風呂だもんな」

「…………え?」

「え?」


 ちょっと口が滑ったな。


 どうやって言い訳しようかなぁ……・流石に同棲の話はまだできない。いやいつするんだって話はあるが、今じゃない。


「いや、彼女の家に行ったときね。季里は僕一人残して長いこと風呂に入っていたもんだから、さ……」


「………ふ~ん。仲がよろしいことで」


「水美も風呂は長いからそこは同じじゃないか?」


「「え?」」

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