第31話 白石さん

 連日の季里の猛攻(?)を耐え抜き、期末考査も上々に乗り切った。結果として成績は中の中から上の下辺りにランクアップ。

 この成績ならば、父さんとの約束は果たしたことになるだろう。


「俊介はどんな感じだった?」


「前と変わらず学年五位だったぞ。上がりもしなけりゃ落ちもしないから面白みに欠けるよな」


 こっちは三桁順位からやっと二桁順位に上げられたっていうのに面白くないとかふざけんなってーの。


「一位って誰なんだろうな。公表されないから分かんないけど」


「噂だと白石っぽいぞ。それも一年の時からずっとって話だ」


 ああ、なんとなく白石さんが主席で入学式のとき季里みたいに代表で挨拶していたのを覚えているな。あん時からずっと一位なんだ。すげ。


「何かしら、桒原くん。わたしのことお呼びかしら?」


「うぉっ! びっくりしたぁ、白石さんか」


 急に後ろから声をかけられたので驚いた。噂をすれば影とはこのことか? 俊介も目を丸くしているので驚いてはいるのだろう。


「で、なにか御用かしら?」


「いや、成績の順位の話をしていてね白石さんが学年一位なんじゃないかって噂があるって言うからさ、話していたところなんだ」


「ふ~ん。あなたも噂を撒かれる立場なのに他人の噂には興味があるのね」


「いや、そういうわけじゃないけどさ……」


 それを突かれると返す言葉が見つからないんですけどね。


「まあいいわ、教えてあげる。その噂はその通りよ。私が成績一位なのは間違いないわ。でもそんなものを知って何が面白いのかしら?」


「面白いか面白くないかについては俺もよくわかんないけど、白石がマコちゃんに話しかけるって構図はおもしれーぞ」


 俊介は毎度のことながら煩い。ついでにマコちゃん言うな!


「わたしがクラスメイトに話しかけるって面白いことなのかしら?」


「白石って孤高のクールビューティって感じなのに学園の問題児には普通に話しかけているんだからそれはそれで注目はするんじゃね?」


「飯田くんの言っていることはよくわからないからもういいわ。それよりも桒原くん、放課後つきあって」


「は?」


 何を唐突に白石さんはいい出すんだい?


「だめかしら?」

「駄目じゃないけど」

「では決定ね。よろしく」


 それだけ言うと白石さんは自分の席に戻っていってしまった。残された僕はただ唖然とするだけ。俊介だけはゲラゲラ笑っていたけど。


 🏠


 今日は運がいいのか悪いのかはさておき、季里は櫻井さんと隣街にある大型商業施設に買い物に出かけている。なんでも明後日からの夏休みに備えて色々と買うものがあるらしい。


「で、どこまでいくんだ?」

「ここよ」


 今僕は白石さんに連れられて百貨店の催事場までやってきたところだ。ここに到着するまでどこに行くのか頑なに教えてくれなかった理由がわかったよ。


「ここって水着売り場じゃん⁉」

「そうね」


 そうね、じゃないよ。水着売り場に連れてこられるなら絶対に断っていたのに! まんまと嵌められた気分だ。


「それで僕に何をしろと言うんだい。っ‼ まさかとは思うけど白石さんの水着を選べとか言わないよな?」


「そのまさかよ?」


「は? 無理無理無理! 絶対に無理だから」


 なぜ僕が白石さんの水着を選ばなければならないんだ⁉ そんなもの自分で好きに選べばいいじゃないか!


「わたしもどういった水着がいいのかわからないのよ。だから女性経験豊富そうな桒原くんにお願いしたいの」


「僕は一度も女性の水着を選んだことなんてないからねっ⁉ どこからそう思ったのか知らないけど完全な勘違いだから!」


「毒島さんの水着も選んでいないのかしら?」


「選んでないよ。つっか何でそこで彼女の名前が出るの⁉」


 季里は初見で僕を悩殺するから初めて水着を着るまでは絶対に僕には見せないって言っていた。それはそれで止めてほしところだけど。


 でも白石さんの口から季里の名前が出るってどういうこと?


「もっぱらの『うわさ』よ。美女と野獣の迷カップルって」

「なんだよその迷カップルって……」


「それで、桒原くん。そっちの噂は本当なんでしょ?」

「まぁ、そうだね。彼女とは付き合っているよ。間違いないね」


 僕もこの件に関しては正面からまともに聞かれたら、正直に答えるようにしている。もう誤魔化したりすっとぼけたりするのは基本止めにしている。


「そっか……。ざんねん」

「ん? なに?」


 白石さんはぼそっとなにか言ったけど催事場の喧騒に紛れて僕の耳には届かなかった。


「なんでもないですよ。では尚更、わたしの水着を選んでくださいな。お願いできますよね?」


 催事場の入り口で僕らが騒いでいたのでチラチラと店員さんや他のお客さんに見られている。よく見ると水着売り場には男性客の姿もちらほら見える。


「もうわかったよ! 選べばいいんでしょ、選べば!」

「よかったわ! ありがとう、桒原くん」




 そこから何着も試着を繰り返し早一時間は過ぎただろう。


 白石さんは季里よりもボリュームに欠けることはあるのだが、全体的にスレンダーな体型をしており、どんな水着を着てもかなり似合っていた。

 一般的によく見るビキニやタンキニ、ワンピースなどは見ていてもなんとか耐えられたんだけど、マルチストラップとか言う紐だらけのやつやブラジリアンなんちゃらってやつはやばかった。


 無表情でエロい水着着るとかどこかのモデルかってぐらいに似合っているのがまた困るんだよね。


「もう勘弁してほしいんだけど……」

「仕方ないわね。つぎで最後にするわ」


 やっと、やっと開放されるんだ。もう僕のライフは果てしなくゼロに近いんですけど……。


「どうかしら?」


 最後の一枚を着て試着室から出てきた白石さんに、つい見惚れてしまった。


「それ、いいよ。一番に似合っている」


 白石さんが着ていたのは白のレースをあしらった淡い桃色のモノキニという水着。スタイルの良さを強調しながらもいやらしさのない大人っぽい雰囲気が彼女に一番に似合っていた。


「じゃぁ、これにするわ」



「本当に僕が選んだもので良かったの?」


「わたしが桒原くんに選んでほしかったのでそうしただけよ、問題はないわ。とても良い買い物ができたと思うわ」


「そっか。なら良かった」


「それで桒原くんは夏休みに海やプールに行く予定はあるのかしら?」


「今のところないな」


 そういうのは季里が計画するから、多分いくつか候補は出ているはずだと思う。僕はそれに乗っかるだけだ。


「夏休み中にわたしが海に誘ったら一緒に行ってくれる?」


「えっ、まあ。二人でとかじゃなければ。さすがに二人きりはちょっとね」


 学校帰りに買い物に付き合うぐらいだったら許容範囲だろうけど、それを越えることは僕にはできないな。


「……もちろんよ。あなたの恋人や友人も連れてみんなで行きましょう」


「そういうことならおっけーだよ」



 連絡先を交換して白石さんとは別れた。駅まで行くのは今日はなし。もう疲れた。

 それにしても氷姫の白石さんから海に誘われることになるとね。俊介も誘ってこの夏は楽しめることになりそうだ。

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