第29話 もう無理
僕と季里の交際は一歩進んだ。いや、一歩どころではないな。たった数日で数万歩ぐらいは進んだ感覚がある。
二人でシャワーを浴びてさっぱりしたら朝食をいただく。
「ごめんなさい。今日はお弁当なしでいい?」
「うん、もちろんいいよ。昼は学食に行くよ」
寝起きもいちゃついていたせいで弁当を作る時間までなくなっていた。朝食だってトーストにインスタントカップスープになってしまったのだが、僕的にはこれで十分なのだけどね。
「じゃあ、お昼は一緒に学食で食べない?」
「学校ではまだ僕と一緒にいるのは早いんじゃないかな?」
「早いも遅いも関係なくない?」
「でも周りはそうは見てくれないだろうし」
意図的に隠そうとするのは止めるけれど、だからってわざわざ火中の栗を拾うような真似はしたくはない。ばかみたいな噂話を喜ぶ奴らに利を与える必要なない。
「前にも言ったけど、私は噂なんて怖くないし、周りの有象無象がどんな目を向けてこようとまったく平気だよ」
「そうは言ってもだな」
それによって傷つくのは季里の方だからな。
「あのね。誠彦さんだよ、噂なんて気にしない。信じてくれる友人がいてくれさえすればいいって言ったのは」
「そ、そうだったな」
確かにその通りだ。だけどさ……。
「「それに、季里。君も僕のことを信じてくれている。心強さはこの上ないよ」って言ってくれたのは嘘だったの? 違いますよね? だからね、誠彦さんのことを信じている私が周囲の悪意に屈する訳があるわけないじゃない」
「………ふっ、季里には参ったよ。わかった。学校でも同じにするよ」
「絶対に大丈夫だからそれでいいのよ!」
話し合いの結果、学園内でも自然体でいることにした。季里の言うところの有象無象は放っておくことに決まった。
「あ、でも学食だと俊介ほか二人がもれなくついてくるよ」
「お友だち?」
「うん。あとすっかり忘れていたけど、今言った俊介には僕たちの関係がバレている。意図してバラしたんじゃないけどなぜだか見破られた」
「凄いね、その人。でもむしろ問題ないんじゃない。バレているんじゃ。多分私も凛と学食に行くと思うから入り口の横の自販機のところで待ち合わせにしようよ」
バレていることをまったく気にしていないのは豪胆だと思いますよ。つっかバラす気満々すらあったもんね、君。
🏠
昼になって、僕は約束通り自販機横で季里の到着を待っている。僕の教室のほうが学食に近いので早く着いたんだ。
「今日はお弁当じゃないんだぁ。珍しくない? ずっとお弁当派だったのに」
石築が指摘してくるが、それについてはノーコメントだ。
「そうなんだよ。こいつ一年の頃はたまに学食のときもあったのに最近は毎日弁当を持ってくるんだよな。なんでだろうなぁ〜」
俊介は余計なこと言わなくてよろしい。たぶん弁当の作り手のことも気づいているんだろう。
「で、こんなところにいて誰かを待っているのかい?」
と遊矢が聞いてくるのだけど、実はいつものメンバー(僕・俊介・遊矢・石築)で学食前に屯している。
季里のことを待っているとは一言も言っていないのに律儀に一緒に待ってくれている。逆に待たないでくれたほうが助かる、もある。
「僕はそうなんだけど。みんなは待ってなくてもいいよ」
「大丈夫~。このあとも暇だし待っているよ! 誰が来るのかも気になるしっ」
「ソウデスカ」
できれば石築だけは先に行ってほしいんだけど無理だろうな。
石築は以前季里のことを学年一の美少女で云々言っていたような気がするしな。いやな予感しかしない。
「おまたせしました! せんぱい」
「おっ、櫻井さん。こんにちは」
「私もいるんですけどね?」
「はい……季里も、ね」
僕らの到着に遅れるも五分ほどで季里と櫻井さんがやってきた。
櫻井さんの僕を見る目はキラキラしているし、一年生の美少女二人を見た石築の目もキラキラしている。騒ぎ出しそうなところをしっかりと遊矢がコントロールしてくれている。ありがたい。
軽く俊介たちには季里たちを、季里たちには俊介たちを紹介しておく。面倒なので待っていた理由とかは今は話さない。ニヤニヤしている俊介のことはとりあえず殴っておく。
「ほい。いつまでも入り口で屯しない。早くしないと席もなくなるぞ」
ニヤケ顔はムカつくが、さすが空気が読める男は違う。俊介のその一言で学食内に移動することになった。
各々が好きなように食事をとってきたら席に着く。ただ、席順はこれで正解なのだろうか?
僕が座り、僕の前に俊介。その隣は遊矢と石築で、僕の隣に季里、その隣が櫻井さんという並び。長テーブルに三対三で座ること自体にはおかしなことはない。
でもな。真正面からじっくりと見られるのは……。
「俊介、いつまでニヤニヤしてんだよ」
俊介はニヤついているし、石築は興味津々な顔を隠そうともしていない。
「わかってんだろ? マコちゃん」
「……っるさいな。マコちゃんいうな」
俊介は僕と季里の関係を知っているので面白いのだろう。櫻井さんと遊矢だけが我関せずで箸を進めている。
「飯田先輩も誠彦さんのことマコちゃんって言うんですね」
「もって?」
「あ……なんでもないです。すみません」
「俊介も余計なこと言ってないで早く食え。冷めるぞ」
「俺のざるうどんだから最初から冷めてるぞ?」
「……」
なんだか胃が痛い。カツ丼なんて重いものにしなければよかった。
「ねぇねぇ! 桒原くんって毒島さんたちと待ち合わせするほど仲良かったの?」
「そ、そうだね。登校のときもよく一緒になるからね」
本当はそれ以上なのですが、ここでは僕にまだ話す勇気がないんだよね。
「それにしては、桒原くんのことは名前呼びだし、桒原くんだって毒島さんのこと名前で呼んでいるよね。櫻井さんだけは櫻井さんだけど」
「……あ……えと。僕の桒ってJIS第三水準だし読めなかったからね。僕の方も毒島って読めなくて。だから名前で呼ぶようになったんだ」
苦しい。かなり苦しい言い訳になっていることは認める。櫻井さんの櫻だってJIS第二水準だしね。
「きゃはは! 意味わかんないしぃ~」
石築もかなりくっそはしゃいでいるけどどこか訝しげである。当たり前だよね。
「え~ 季里って桒原せんぱいにこの前告白めいた事言っていたからてっきりラブリーな関係なんだって思っていたんだけど?」
しまった! 今ここに櫻井さんがいるのを一瞬失念していた! この子に一連の全部見られているんだよな……。
「エット……それは」
嘘に嘘を塗り重ねたせいでにっちもさっちもいかなくなってきた。どうしよう。
「誠彦さん、もうここだけの話ってことでバラしてもいいと思う」
「そ、そうだな。もう無理だよな……」
諦めよう。最初に学食に入ったときこそ周りの注目を浴びた感じはしたけど、今はもう周りも僕たちに注目していないし話が拡散することはないだろう。
もう自然体でいると決めたんだ。それに友人たちには話しておくべきだろう。
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