第26話 キス&我慢

「で、なんの話よ?」


 母さんも何を言っているんだ? 言動不一致もいいところ。話をしにきたのに何故かテーブルの上にはお茶請けにせんべいだのかりんとうだのが山積みで置いてあるし、果ては青菜のお新香まで用意してある。


 さんざんお茶飲んで菓子食って、今更『何の話よ』はないだろう……。


 和気藹々したお陰で緊張は取れたけど。


「あのさ、言っていなかったけど。三月の末から……今も続けて、この季里と一緒にあのシゲ爺の洋館で二人暮らししているんだ。……ずっと黙っていてごめん」


「……そうか。どうせマコにも季里さんにもなにか事情があるんだろう?」


 父さんはエンジニアをやっているせいなのか物事を理論立てて考えてくれる。だから、なんの理由もなく季里が僕の家に転がり込んだわけではないことは察してくれたみたいだ。


「そうなんだ。実は――」

 僕と季里が一緒に暮らし始めた経緯を説明した。あと、季里のお父さんにも許しを得たことも付け加えた。


「三月から一緒に暮らし始めて付き合い出したのはついこの間なの?」

「そうなんだよ、母さん。信じられないかもしれないけど本当のことなんだ」


 父さんや母さんと話し込んでしまったが、季里もちゃんと僕の後ろで話しに耳を傾けてくれていた。みいなも耳をダンボにさせて聞き入っている。因みにじいちゃんは居眠りしていたよ。


「ということで、今後も真面目にお付き合いしていきたいと思うのであの家で一緒に暮らすことを許して下さい」


「「お願いします」」


 僕と季里は二人で正座して頭を下げる。ちょっと無謀なお願いだってことは理解しているが、ぜひとも許してもらいたいという気持ちを込めて頭を下げた。


「二人とも頭を上げて。まあちょっと、諸手を挙げて賛成と言うわけにはいかないが、季里さんのお父さんにも許しを貰っていることだしいくつかの条件を出すことで許可をしよう。母さんもそれでいいな?」


「ありがとう、父さん。で、条件って?」


 もし厳しい条件だったらどうしようと、季里と二人顔を見合わせ、不安を呈した。


「大した条件ではないよ。学生なのだから勉強をしっかりやって成績を落とさないこと、そもそも学校をサボらないこと。あとは月に一度くらいは帰ってきて何かあればちゃんと報告してくることぐらいだな」


「な、なんだそんなことか。それなら十分にそのつもりだから大丈夫だよ」


「大丈夫なのね。そうそう、あとは……」

 手招きで呼ばれたので母さんの近くに寄っていった。


「(避妊はしっかりしなさいよ)」

「わっ、わかってるって!」


 お子様なみいなのいる前で言うことじゃないだろ? だから小声なんだろうけど……。


「季里ちゃん、聞いているかもしれないけど私は一度結婚を失敗しているからこの子はそんな馬鹿な男にしないように育てたつもりなの。まあ完璧じゃないから中学生の頃にはバカなこともしでかしたけどね」


「はい」


「でも、こうやって今日ちゃんと話に来てくれたことでもちゃんといい男に育っているって思ったの。どうかしら、季里ちゃんからみてうちのマコちゃんは」


「はい! マコちゃんはすごくいい男です! 私は身も心も捧げたいとずっと思っています!」


「あはは! そりゃ良かったわ。だってよ、マコちゃん」


「うっさい。二人してマコちゃん言うな……」




 その後季里もすっかり打ち解けたようで、うちの家族とも楽しそうに話をしていた。特にみいなは季里の横に付いたっきりでずっと話をしていた。そして気づけば夕方も六時過ぎ。そう、この時間では終バスが行ってしまった後だ。


「母さん駅まで―――」

「グビグビ、ぷはぁ~。なに? マコちゃん」


 父さん母さんじいちゃん全員とも既に呑んでいるし、季里に至っては父さんにお酌までしている。


 はい、本日お泊り決定です。


 季里にもその旨を伝えたらあわあわしていたけど、もう今更なので諦めてください。ここは夕方五時台にバスがなくなる地域なんです。



 夕食を取り風呂に入ると辺りはもう真っ暗だ。

 学生服のまま来てしまったので、季里の着替えはみいなの服だ。だいたい同じような背格好だったのでちょうどよかった。


「季里、きつくないか? それ」


 ある部分のボタンがぱつんぱつんではち切れそうになっている季里のパジャマを指摘しただけなんだけど、なぜかみいなが拳を握って僕のことを睨んでくる。


 大丈夫。みいなはまだ伸びしろがあるから、つっか、伸びしろしかないよ。おっと、余計なこと言うとその拳が飛んでくるからお口は閉じておきます。



「マコちゃん、季里ちゃんはどこで寝るの? みいなの部屋? それともマコちゃんと一緒に?」

「えっと……」


 一緒に寝たいけど、それを親に言うのは恥ずかしい。みいなの部屋が妥当だと思うけど? 二人とも打ち解けたみたいで姉妹みたいに仲良くしていたし。


「あの……問題なければ、誠彦さんのお部屋にしたい、です」


 赤い顔してもじもじしながら季里がそう申し出る。


「ん、ではそれで。どうせ一緒に住んでいるのだから問題なんてないでしょ? じゃ、マコちゃんはお客様用の布団を自分の部屋に持っていってちょうだい」


「別にいつも同じ部屋で寝起きしているわけじゃないんだけど……」



 僕の実家の部屋は殆どの主要なものを洋館向こうの家に持っていっているのでガランとしている。本棚ももう読み終えた漫画本や古い参考書などが放置してあるだけ。


「僕の部屋は和室でさ、それほど広くはないんだ。さすがに布団二枚敷くと狭くて寝にくいかもだけど、ごめんな」


「ううん。なんか旅館に来たみたいでワクワクするよ」


 畳の上に布団が二組敷いてあるのは見慣れないな。たしかに旅館みたいだ。


「寝るか」

「うん」


 灯りを消して布団に潜り込むがなかなか眠くならない。


 今日やっと季里とある意味恋人同士になったんだなと思うと感慨が深い。親の許可を以って付き合うわけじゃないけど、一緒に暮らすということはそういうこともけじめとしてやっておきたかったので認められたということに肩の荷が下りた感じがする。


「誠彦さん、起きている?」

「ああ、どうした」


「そっち、行っていい?」

「ん、おいで」


 薄掛けを持ち上げるとすすすっと季里が潜り込んでくる。


「えへへ……」

「どうした?」


「なんかとっても嬉しくて」

「そっか。それは僕も同じだよ」


 季里は僕の腕を枕にして胸に顔をうずめるように甘えてきた。


「ねぇ、キスして」

「ん……」


 初めての触れるだけのキスから、季里とは初めての相手を求め合うような舌を絡ませた深いキスまで……。


 その先へ――の、我慢は正直辛かった。早く洋館に帰りたい。

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