第13話 どうなん?

 学校行事も卒なく熟し、五月末にあった中間テストも自分的には及第点と言って構わない程度には成績は回復していた。引っ越した甲斐は効果覿面に出ているようだ。


 クラスの中では相変わらず腫れ物扱いなのは大差変わらないけど、四月の初めの頃よりは腫れ具合は引いているような感じは肌に感じる。クラスメイトに親しくではないけど話しかけられることもたまにあるようになったんでね。


 半年を遥かに超えたのでそろそろあの噂も下火になっているのかと考えていたある日のこと。


「誠彦さん! あれってどういうことなのっ! ほんっと腹が立つわ」

「藪から棒にあれって何だい?」


 珍しく僕のほうが先に帰宅して、洗濯物など片付けていたところに烈火の如き怒りを顕にした季里が帰宅してきた。


「誠彦さんが、リンチ殺人に関わったとか、暴走族グループ粛清の陣頭をとったとかいろいろよっ」

「なんか酷くなってるじゃないか……」


 部活動の仮入部期間が過ぎて一年生が本格入部したところで、上級生が下級生らに対し僕のあらぬ噂に尾鰭をつけてバージョンアップさせて噂を流しているようだ。


「私はそんな噂のことはまったく信じてないけど。何なのあれ?!」

「ありがとう、信じる信じない云々以前にその噂はかなり原型を留めていないから無視してくれ」


「じゃあ、原型はあるのね。教えて」

「……しまった」


 頭のいい子はそういう細かいところに気づくんだよな。まいったな……。


「どんなことでも受け入れるから、ね? 教えて」

「………わかった。仕方ないね、教えるよ」


🏠


 季里には去年の夏にあった出来事の仔細とそれが学園内に流れ出た理由の推測などを話した。


 案の定、レイプ関連ではかなりご立腹と言うかショックを受けていたが思いの外冷静に話を聞いてくれていた。

 代わりに僕の事件の内容を捻くれさせて漏らしたであろう人物には激怒していたけれど。


 あの事件のあらましを知っている学園側の関係者は、学園長に教頭、あとは当時担任だった清水先生と学年主任の荒川教諭の四人だけ。


 学園長と教頭には僕の話を一般生徒に流すメリットは皆無。というより不祥事にも繋がるのでリークはデメリットしかない。


 清水先生は僕が通学に時間がかかり、勉強に苦労していることなどに親身になって相談にのってくれるような善人だったのでわざわざ悪意の噂を流す理由がない。


 そうなると、残すは荒川教諭だけ。


 荒川教諭は僕がバイクの免許を取得することにも大反対したようだし、成績についてもいい顔はしていなかったと伝え聞いている。普段からの僕に対する当たりもキツかったように記憶している。

 あくまでも推測でしかないが、噂の発信源が生徒側では荒川教諭が顧問をしていた卓球部からってところまでは僕でも調べがついているのでこの推測はほぼ間違いはないと思う。


「私、学園に抗議しに行く!」

「まぁまぁ落ち着いて」


「これが落ち着いていられるわけ無いでしょ! 荒川だっけ? そいつも問い詰めてやる!」

「荒川教諭はもういないよ。三月で解雇になっているよ」


 荒川教諭は女生徒への盗撮が発覚して、懲戒解雇になっている。事件自体は示談になっているから公にはなっていないけどね。


「ほんとまじクソ教師じゃない!」

「女の子がクソとか言わないの」


「なんで誠彦さんはそんなに落ち着いていられるの!?」

「それはね……。こんな僕のことをちゃんと信じてくれる人がいるからかな。そういう人がいる限り僕は大丈夫だよ」


 周りの人間すべてが貴耳賤目で敵側に回ってしまったらさすがの僕でも心が折れてしまっていただろう。だけど、実際にはそうはなっていない。

 俊介や遊矢、石築たちは流言飛語には惑わされることなく僕のことを信じて友人として接してくれている。それだけで僕は負けない。


「それに、季里。君も僕のことを信じてくれている。心強さはこの上ないよ」


 噂の供給源も消えたのだからあとは人の噂も七十五日と言うし、そのうち収まるだろうって楽観している。

 余計な行動を起こして問題をぶり返してもいいことはなにもないと思うしね。それにもうつまらない噂でこの子を悲しませたくはないからね。


🏠


 六月も中旬になった。そろそろ梅雨入りの時期らしい曇天が続いている。

 季里が僕の噂話を聞いてきて、僕がすべてを話したあとから僕たちは別々だった登校を一緒にするようになった。


 季里には「私は誠彦さんのことを信じているから、噂には負けないよ。そんな奴らも怖くない!」と言われた。ここまで言われてしまうと周りの目があるから一緒には行けないなんて言えなくなる。ほんと季里は強い子だ。


「僕と季里が知人、友人だって言うことは周りから見られてもかまわないけど、一緒に暮らしていることだけは絶対に内密にね」


「それはもちろん私だってわかっているわよ。ここに来ていらない噂話の種を蒔く必要はないもんね」


「そっちは根も葉もない噂じゃなくて事実だから余計に質が悪いしね」

「あはは、ほんとだ」


 笑い事ではないんですけどね……。


「そういえば、ご家族には件のアパートには住んでいないってことは伝えたの?」

「……伝えていないね。そういえば」


「女の子の一人暮らしっていえばご家族も心配しているんじゃないのか?」

「そうなんだよね。お父さんからも週一くらいでメールが入っているもん」


 男親のほうが娘のことが心配だってよく言うもんな。 『娘はお前なんかにはやらん!』みたいな⁉ 違うか。


 学園前の通りに出たので、家の話はこれで一旦終了。どこで聞き耳を立てられているかわからないからね。不用意な会話は謹んでいる。

 他愛も無い話をしながら歩いていたら後ろから声をかけられた。


「おはおは! 季里!」

「あっ、おはよう凛ちゃん」


「せんぱいもおはようございます」

「おはよう、櫻井さん」


 今声をかけてきた櫻井凛さくらいりんさんはゆるふわを地で行くような女の子だ。ふんわりとしたショートボブの髪にクリクリとしたよく動くどんぐりのような瞳。いつも口はにこやかに弧を描いている。


 この子も僕の噂を信じていない子。「季里が違うっていうんだから絶対に違うんだね~」って季里経由で噂話を無視してくれる子だ。


「ねえねえ季里。最近良くせんぱいと一緒にいるよね。朝だけじゃなくて放課後も。もしかして二人はぁ?」


 うりうりと肘で希里の肩あたりをつついている。さて、どう答えるのが正解なのだろうか?


「私はそのつもりなんだけど、誠彦さんのほうが乗ってきてくれないのよね」

 季里はそんな爆弾発言をして上目遣いで僕のことを見上げてくる。


「きゃ~ 季里ったら大胆~ もう、せんぱいのことも名前で呼んでいるんだね!」

 昨日まで外では桒原先輩って呼んでいたくせに……。何で急に名前呼びに⁉


「どうなんでしょうね、誠彦さん?」

 キュッとシャツの袖をつかんでつぶやく季里に僕はどう応えたものなのか?


「ど、どうって……」

「どうなんですか⁉ 桒原せんぱいっ!」


 いや、櫻井さんまで。そんなことを言われてもな……。困るだけなんだけど。


「あっ、俊介! おっす! じゃね、ふたりとも」

 いいところで俊介を見つけたので急いでそっちに走っていった。敵前逃亡もいいところ。


 今逃げたところで家に帰れば敵が待っているのは確実なのだけれど……。





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