第8話 機嫌を直して

 始業式を終えたらまた教室に戻ってホームルームを行う。


 初日にありがちな自己紹介と事務連絡を淡々と行っただけ。今回二年三組の担任はそういったタイプなようだ。



 初日はLHRだけ終了したので、昼過ぎには自宅に戻れた。家にはすでに入学式を終えた季里が帰宅していたようで、お昼ごはんのいい匂いが玄関まで漂ってきている。


「ただいま」

「……おかえりなさい」


「いい匂いだね」

「………」


 あれ?


 会話が続かない。いつもの季里だったら、今日はどんなご飯でどんなに工夫がされているとか言ってくるし、今日は入学式だったんだから話題だっていっぱいあるはずなのに。


「ど、どうかした?」

「今朝、」


「う、うん」

「なんで私のこと置き去りにして行ってしまったの?」


 えっと、さすがに置き去りとは人聞きが悪すぎではないかな? 季里を一人その場において先に校門をくぐって言ってしまったのは間違いないが、置き去りにしたつもりはなかった。とはいえ、当人が置き去りにされたといっているのでここは言い訳を一つ。


「いやぁそれは、ちょっとした事情があって……」

「何その事情って?」


 言い訳とはいえ、あまりこの話は言いたくはないんだよね。表面上だけ繕ったところで季里のことだから絶対に納得しないだろうし、そうなると事件のこととかまで話さないとだし。

 特に女の子にはね強姦絡みの話はしにくいよな。それにここで季里に話したところで僕に対する周りの評価が変わるわけでもないからね。


「う~ん。季里は新入生だからまだ知らないだろうけど、あと一~二ヶ月すると多分噂が聞こえてくるとは思うんだよね」


「噂ってなに?」


「まぁ、その話っていうか噂? みたいのを聞けば僕と一緒にいないほうがいいのかなって季里だって考えると思うんだよね」


 季里はThe不機嫌みたいな表情をしているが、僕が理由を語るつもりがないのを察してくれたのかそれ以上の追求はしてこなかった。

 ただ、「私は何を聞いても誠彦さんところを離れることはないので、そこんとこよ~くおねがいしますね!」とだけは言われた。


 まあ僕と離れるイコールこの家を出ていくってことだからね。それだけは彼女としても絶対に避けなくちゃならない重大な案件に違いないものね。



 不承不承ながら納得は……してくれなかったけれど、機嫌は直してくれて、はれてお昼ごはんになった。今日のお昼は、菜花のおひたしと鶏てりやきにお味噌汁だ。なかなか渋いラインナップ。しかもご飯は土鍋炊きというひと手間もふた手間もかかった一品だった。

 僕にイライラしながらもしっかりと美味しいご飯を作ってくれていることに感謝しかない。


「そういえば来週から普通に授業だからお弁当持っていくでしょ? 誠彦さんは何がいい?」


「えっ、弁当を作ってくれるの?」


「もちろん作るわよ。好きなものばかりは入れられないけど誠彦さんの嫌いなものぐらいはちゃんと除くし、リクエストだって聞くわよ」


「好き嫌いなく何でも美味しくいただきます。でもお弁当作りなんて面倒じゃない?」


 一応今まで使っていた弁当箱だけは実家から持ってきたけどいざとなると自分で作ろうとは全く思えず、昼飯は毎日学食でいいかと思っていたところだった。


 季里の料理の腕は確かで、最初の頃は手伝う気だった僕も数日で既にやる気を失っていた。だって絶対に任せたほうがうまいご飯にありつけるのだからね。

 ただ、弁当作りはかなり面倒だと思っていたので、最初からお願いはしていなかったのだ。


「私は自分の分のお弁当を作るから平気よ。一つ作るも二つ作るも大した手間じゃないから気にしなくても大丈夫よ」


「そっか。それならばありがたくいただきます」


 さっきまでの機嫌の悪さだったら、絶対にお弁当の話などにはならなかっただろうけど、機嫌を直してくれたおかげでお弁当までゲットできたのは嬉しい。

 一緒に暮らす以上はゴタゴタした揉め事は遠慮しておきたいからね。まあ、多分だけど、そういった揉め事のタネは僕が持ち込むんだろうな。気をつけよう……。


 🏠


「そういえばさ、入学式。びっくりしたよ」

 今は食後に季里の淹れてくれた熱いお茶を飲みながらリビングでゆったりしているところ。


「入学式? 何か変わったことがあったっけ?」

「季里が最後に壇上に上がって立派な挨拶をしていたね」


 あの挨拶はなかなか感動ものだったよ。学園生活を頑張ろうって気持ちになったからね。


「うわっ、見ていたの? なんで関係ない誠彦さんが入学式を見ているのよ」

「始業式まで暇だったし、何しろ体育館は暖房が効いていて暖かかったからね」


「もう、はずかしい……」

「いや、なかなか立派だと思うよ。まさか季里が今年度の主席だとは思わなかったけど」


 彼女と出会ってからまださほど時間は経過していない。この短い期間ではそこまでお互いのことを知ってはいないけど、季里がそこまで勉強ができるとは思ってもみなかった。こういっちゃ申し訳ないが、陽キャとかギャルとか言われるタイプの人だと思っていたからね。


「私ってそんなに勉強ができそうには見えないのかな?」


「いやぁ季里は見た目も可愛らしいし、ちょっとギャルっぽいところもあるし、それにまあちょっとドジだからね。そんな頭いいとは思わなかったよ」


「褒められているのか貶されているのかよくわかんない感想よね。まあ今回主席だったのは偶然だろうけど、勉強するのは嫌いじゃないしこれでも結構頭いいほうなんだよ」


「それは僕とはえらい違いだね」

「え~、誠彦さんって勉強できそうだけど?」


「実は僕はそうでもないよ。赤点を取るほど酷くはないけど、勉強好きでもないし成績だって中の中ほどにやっと戻れたって程度だからね」


 さすがに赤点は一度もとったことはないけど、確実に半分より下の順位であったことは間違いない。ここに引っ越して通学時間も短くなったので後は上を見て頑張るしかないんだけど。


「話し方も柔らかいし、すごく真面目そうに見えるのにね」

「僕が? そうでもないよ」


「ま、私としては童貞くんっぽくて可愛いけどね」

 なんかボソボソ喋っていたけど、ふふんってドヤ顔してお茶を飲む姿は完全に機嫌は直っているようだった。良かった。


 僕もドヤ顔できるようにこれからは勉強も頑張んないとな。これはほんとに。




★★★

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今月は月水金で更新いたします! 頑張るよ!

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