第15話
次の日の十九時、お兄ちゃんは言った。もうすぐお父さんが来るという時
「俺はゲイだって言うから」
「……え?」
「相手もいるって言う」
「いいの?」
「父親を信頼はしていないし、引き離されても絶対一緒にいる」
「……うん」
「そしたら、もう、来ないかなって。茉裕も無理しないでね」
「分かった」
ピンポーンとチャイムが鳴る。
「来た」
玄関を開けるとお父さんがいた。コートは薄汚れている。
「ただいま、茉裕」
「……おかえりなさい……」
「お、望もいるのか」
「……」
お兄ちゃんは何も言わないどころかお父さんの顔を見ようとしない。
「上がって」
「おう」
なるべく明るく接しようとするお父さんが痛い。まるで赤の他人のような父親とどう接すればいいかいまいち分からない。
「ご飯出来てる」
「ありがとう」
脱いだコートを受け取る。
「すき焼きだよ」
お父さんが帰ってくる時は鍋を出した料理にしようと決めている。祖母が生きてた時からそうだ。なるべく食卓を囲むもの、一人では食べれないようなレシピにしようと決めた。
「去年はうどんだったよね」
「うん、どうする?お風呂入る?」
「あー、そうしようかなぁ」
と、言って荷物の中から服を取り出してお風呂に向かった。
「……痩せてなかった?お父さん」
髭が伸びているのは変わらない。でも、若干増えた白髪ややつれてきた体は誰だって見れば分かる。
「見てないから知らない」
「そう」
お兄ちゃんの手は震えていた。
「怖いの?」
「……お兄ちゃんには風李さんがいるでしょ」
「嫌味か?」
「そう聞こえたかもね」
「ペコペコしなくていいんじゃない?気を遣って鍋とか出さなくてもおばあちゃんは許してくれるよ」
泣きたい
「そうだよね」
どうしたらいいのだろう。
二十時半。鍋を囲んで、しばらく無言で食べている時にお兄ちゃんは言った。
「俺さ、ゲイなんだよね」
震えた声。私はそばに居てあげることしか出来ない。
お父さんの箸が止まる。私はそのまま食べ続けた。
「もう、相手もいる」
お父さんは顔を上げる。お兄ちゃんを見ていた。お兄ちゃんは睨んでいる。
「なんだよ、ゲイって分かるか?」
「……男の人が好きなのか?」
「そうだよ」
きっと、昨日その話を風李さんにしたのだろう。冷たい空気。
「茉裕は知ってたのか?」
「うん」
私は二人を見ないで箸を進める。
「今更、俺が、言えることじゃない。好きなように恋愛して……ほしい。でも、出来ることなら、あ、安定した恋愛をしてほしい」
お父さんの本心だろう。でも、それはお兄ちゃんには届かないだろう。私でも分かる。
「安定って何?」
「……」
お父さんは俯く。
「お母さんは風俗嬢」
「違う、お母さんとは俺の仕事を応援してくれる人だったよ。中卒で、働く俺を応援してくれた。でも呆れられちゃったよ。俺がちゃんとしてないから」
「おばあちゃんに育てられたようなもんだよ、俺達は」
「……」
「お兄ちゃん、もう……」
「何今更、父親ぶった顔してるんだよ?」
「俺は、俺に出来る仕事は海の仕事ぐらいだよ。まともに子供二人育てられず、仕事に逃げて」
「嗚呼、その通りだよ。一年に一回こっちに来るのは、気にかけているんじゃなくて、周りから言われて来てるんじゃないの?」
「……違う」
「じゃ、なんで!子供の入学式も授業参観も面談も卒業式も来ない?まぁ、そっちの方が俺はいいけどね。風邪になって世話してもらった経験もないから今更どう関わったらいいか、俺も茉裕も分かってないんだよ!」
「お兄ちゃん、やめて」
作った鍋が不味い味になる。
せっかく頑張って作ってもこんな風に言われるのでは意味がない。
「俺はお前達を愛してるんだ」
「嘘だろ?そんな言葉、信じれると思う?この歳になって」
お兄ちゃんの声色は冷たかった。お兄ちゃんは黙って家をを出て行った。私とお父さんだけになる。
「お父さん、気にしなくていい」
「……茉裕はお父さんって呼んでくれるんだな。建前ってやつか?」
「……」
「いいよ、茉裕。無理しなくていい」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
「お兄ちゃんは、お父さんのこと嫌いじゃないよ。ただ、どう接すればいいか分からないだけだよ」
「そうだといいな。でも、お前達の教育費ぐらいは銀行に振り込んで何か役に立てばいいと思っている」
「使わせてもらっているよ」
「でも、望は社会人になちゃったからぁ」
寂しそうに言っていた。
「ほんと、父親らしいこと出来てないな。今更なんだって話しだけど」
今頃、お兄ちゃんは風李さんと一緒だろう。なんでお兄ちゃんはお父さんのことになると、逃げて、自分勝手で、我儘になるのだろうか。なんで私に押し付けるのだろうか?
唇を噛み締める。
「私も、外に出るから」
「お、気を付けて」
「片付けはやるからそのままにしといて」
「いいよ、鍋くらい洗える」
私はそれに返事はせずにコートを着て家を出た。
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