第4話

 中間テストが明日からということもあり、向月先生の授業は今日も自習だった。

いつも通り、向月先生はパソコンをカタカタと打っている。

 私はそれを問題集を解いている手を止めて見ていた。

 その横顔はどう見ても風李さんそっくりで、風李さんが愛してやまない人だと写真を見せる人で、その写真に写る日常の向月先生とは違って、きっちりとしたスーツ姿でいかにも仕事が出来るイメージを外見だけでは持つ。

 でも、本当は面倒くさがりで塩対応だけど、でもなんやかんや優しいらしい。風李さんから聞いている。

 そういうことを私は知っている。先生は私に気付くことなく、パソコンを打っていた。

 帰り道、この前お兄ちゃんと風李さんがまた会うというと言っていたのを思い出し、いつなのだろうかと疑問に思う。お兄ちゃんも仕事が忙しいだろうし……。電車を乗った時に見たメールには

『どこかで時間を潰して欲しい』

と送られていた。

「今日だったんだ」

遠回しに、家に帰らないで欲しいということを言っているのだろう。そう言って家に帰ると喘ぎ声を聞くことになるのだから。別にそれが嫌だという訳でもないけど、なんだか小っ恥ずかしい雰囲気になるため、私はなん駅か先の駅で降りて本屋を周り、学生や仕事終わりの社会人の溜まり場になっているカフェでフラペチーノとマカロンを頼む。そして私はお兄ちゃんに

「ご飯は食べました」

とメールを送る。私は正直お腹が空いていなかった。少食だからというのもあるのかもしれないが、なんとなくガッツリとした食事を食べる気にはなれなかった。小一時間経ってもメールに既読がつかなかった。

 心配になり、スマホのロック画面には二十時半と記されていたため、流石に帰っても大丈夫だろうと思い、電車に乗った。本当は家で勉強したかったのだけど、まあカフェでも捗ったのだから別にいいかと思うことにした。

 電車が何分か遅れていたこともあり、家に着いたのは二十一時過ぎだった。家のドアを開ける。流石に風李さんは帰っただろう。酷い話になるが、連絡のし忘れだろうか?こればかりは私が怒っても構わないだろうか。

「ただいま」

ドアを開けると返事はなかった。

「おかしいな……出掛けたのかな……?」

だとしても、二十一時まで一緒に住んでいる妹の私に連絡なしで出掛けたことは今までなかった。物音がしない。静か過ぎる。私はお兄ちゃんの部屋のドアをノックする。でも返事はない。

 私は四年前の初めて目にして二人のことを思い出す。

 お兄ちゃんはすっかり眠っていて、風李さんがなんとも言えない表情をしていたあの日のこと。

 きっと体の関係を持ったということ。  

 それを悟った日のことを思い出した。

 それがあまりにも一瞬だった。

 私は我に返り、お兄ちゃんの部屋のドアを開けた。  

 部屋は蒸し暑く、お兄ちゃんは眠っていた。目に涙を溜めて。風李さんは熱っぽい。いや、どちらも熱っぽい。私が二人を叩き起こした。

「ねえ!起きて!起きて!」

風李さんはビクリともしない。お兄ちゃんは少し体をモゾモゾと動かし

「辛い……」

と一言。

「ねえ!今、二十一時なの!風李さん今日泊まりじゃないなら早く帰ってもらわないと!家の人が心配するでしょ!」

「うん……」

ゴホゴホと咳をするお兄ちゃんも体が熱かった。

「とりあえず、スボン履いて!」

今度は風李さんのところに向かう。

「風李さん!風李さん!」

全然動かない。物騒ではあるが、死んでしまったのかと思ったと思い心音を確認するため、風李さんの首に手を当てる。そしてその手を胸辺りに持ってくる。

「い、生きてはいる……」

安心したが

「はっ……!」

私は、勢いよく風李さんに当てていた手を離した。胸がドクンドクンとなっている。私は顔が熱くなるのを感じた。  

 私は額から汗が流れる。冷房をつけた。お兄ちゃんはベットに横になる。

「ねえ!風李さんどうすればいいの?」

お兄ちゃんはゴホゴホと咳をすると

「明日仕事があるって……新幹線乗って行くらしい。早朝から出掛けるから……家に帰るって……寂しくて」

お兄ちゃんはそう言うと、寝息を立てて寝てしまった。私がどうしようか迷っていると、風李さんが立とうとしていた。私は支えると、力が入らなくなったのか私の胸に飛び込む。

「と、とりあえず服とズボン履いて欲しいです……」

私はそれを言うのが精一杯だった。自分は今、この展開について行けていない。風李さんは床に倒れる。息を切らして

「はぁはぁ」

と言っている。

「苦しいんですか?」

そう言うと風李さんはコクリと頷いた。

「せめて、下だけでも履いて、ご家族にメール入れて下さい。泊まっていくのは構いませんが、そちらがなんと言うのか分からないので」

そう言って私が部屋を出た。あの時とは違って、風李さんだけのお水を持ってくる。風李さんはズボンとノースリーブの下着を着ていた。私がお水を渡すと、無の顔で受け取り水を飲み干す。私は風李さんの背中をトントンと撫でてあげる。数分して

「ゴホゴホ……ありがとう、肩だけ貸して。家に帰る」

そう言って肩を貸した。すると私の腕からするりと抜けて、服を着て、荷物を持って玄関まで歩いていったが、倒れ込んでしまう。

「熱があるんじゃ……」

「大丈夫、そういう熱じゃない。すぐに治る」

目には涙を溜めていた。声はガラガラだった。 

 私は体が勝手に動いた。そっと抱き寄せて、立ち上がろうとする風李さんを支えて外に出る。 

 私は家まで着いて行くことにした。

 二人席に座って風李さんは私の肩にもたれる。

 私は風李さんの柔らかい髪の毛をそっと撫でた。

 最終バスだった。降りる時、運転手の人に心配された。私はお礼を言ってバスを降りる。

 また違うバスに乗ろうとしたが、最終バスは出ていしまっていていた。

 私はため息を吐く。

「茉裕ちゃん……テストが……」

熱がまだある。私は安心させるように、風李さんを支えてこう言った。

「大丈夫です。家まで着いて行きます。家の人には私のことは知らない人だと言って下さい」

「約束する」

そう言って私達は団地方面に歩いた。風が少し冷たい。街頭の下を歩く。団地の近くまで来た時。男の人の声で声をかけられた。

「あの」

 私は顔を上げようとしたが止めた。

 この声の主を私は知っている。

 風李さんとよく似た声。風李さんも身震いをしていた。私は風李さんを安心させるようにぎゅっと服を握った。

 ほんの数秒が長く感じた。私は勇気を振り絞って顔を上げた。その人は、黒い髪、メガネはかけてないなかった。いつも教壇の前で授業をしている私の英語の先生。

「僕の兄です」

メガネをつけていないということは、学校の先生ではない。

 向月将次さんを私は見ていた。

 風李さんを渡し、帰ろうとした時

「もう暗いから、送って行きます」

「い、いや」

「送るから。ここで待ってて」

そう言って風李さんを連れて行った。私は帰るわけにもいかず指定されていたところで待っている。

 しばらくすると、将次さんは缶ジュースを持ってこちらに向かってきた。

「これ、お詫び」

「どうも……」

そう言われて、缶ジュースのオレンジを渡される。

「車そっちだから着いてきて」

「はい」

 無言無表情で二人、暗い夜道を歩いた。   

 暗いといっても街頭で顔は見えるぐらいは明るいが。

 だから、将次さんは分かっているだろう。

 そして、将次さんもびっくりしているだろう。 

 自分の生徒が自分の兄を支えてここに来たことに。ましては私が今着ている服は学校の制服だ。

 後尾座席に乗り、車が動く。

 しばらく無言のまま私は窓の外を見る。何もはなさなまま、信号待ちをしている時、

「佐名さんですよね……」

そう言われた。メガネはかけてはいないが、先生のトーン、口調だった。もう誤魔化せない。けど私は黙ってしまった。

 それ以上何も言ってこなかった。

 家まで送ってくれると先生が言っていた。私がそれを拒んだが、無言の圧に押されて

「お願いします……」

「うん」

そう言ってしまった。

 マンションに戻る時、先生は

「またね」

そう言ってくれた。その声は本当に風李さんに似ていて、何故か泣けてくる。

「はい……」

そう言って私は後ろを向いて、マンションに入った。私は後ろを振り返らなかった。

 家のドアを開ける。お兄ちゃんの部屋を覗くとお兄ちゃんはぐっすりと寝ていた。私は、自分の部屋に戻り、ベットにダイブした。そこから記憶がない。起きたら朝の五時だった。

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