第3話

 中間テストまで後、一週間。部活も無くなって、私を含めて四人の友達と帰った。話にはついてはいけないが、側を歩く。なんとなくで会話を聞いていた。それに私が軽く反応しての繰り返し。駅前まで着くと、一人は徒歩で家まで、もう一人は反対の改札口に

「またね」

と手を振って別れた。残りの私ともう一人の友達、実佳と私とで電車に乗ろうとした時

「ねえ、あれ向月先生ぽくない?いや、どちらかというとフーリ?」

私は目線をその人に向ける。その人は黒髪でスーツも着ていない。金髪ではあるが地味な格好をしている。

「絶対違うよ。短期間で金髪になるわけがない。今日、三限であったばかりじゃん。多分フーリでもないんじゃない?」

本当は、あの金髪の人は風李さんで、隣にいるのは私のお兄ちゃんだ。二人は楽しそうに喋っている。私はその姿を見て微笑ましく思う。

「それもそうだねー」

友達が言うと、私達の前に電車が来た。お兄ちゃん達はこれから出掛けるのだろう。家とは反対ホームにいたから。

 電車に乗りスマホを確認すると、風李さんからメールが届いていた。

『望と美味しいと評判らしいタルトを買うので家で待っていてくれると嬉しいな』

と私はオッケーのスタンプを送信してスマホの画面を閉じる。

 友達はもう少し先の駅から来ているので電車の中で別れを告げて家に帰った。

テストの勉強をして、時計が十八時になった頃にお兄ちゃん達が帰ってきた。

 リビングまで通し、お皿を用意しようとすると

「茉裕ちゃん、中間テスト近いから俺は早く帰るよ。ケーキは家で食べるから」

と言われる。

 私は目を見開いた。

 何を言えばいいんだろう。

 風李さんには出来るだけ長く一緒にいたい。

 なんて言えば長くいてくれるのか。私がお願いすればいいだけの話だと思うけれど、勇気が出ないし、第一そんなことで風李さんに迷惑な女と言って嫌われたくない。

 そんなことを考えていると

「じゃあ」

と言って部屋を出て行ってしまった。

「あ、私送ります」

風李さんを止めると驚いた顔をして

「え、でも」

申し訳なさそうにしていた。ここまで言ったのだから断られても恥ずかしい。

「息抜きに……お兄ちゃんも来る?曲がり角のところまで。あ、風李さんはバスに乗りますか?」

「駅まで歩くよ。そこからは遠いからバスかな」

靴を履き始める。お兄ちゃんは

「俺も行くか」

と言ってこちらに来る。

「私も行く」

そう言って私が靴を履くと勘違いかもしれないが、風李さんは嬉しそうな表情をしていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

そう言って三人で外に出た。

 少し暗い外を三人で仲良く歩く。居心地が良かった。学校の友達と一緒にいるより居心地が良かった。

「俺、明日は朝から仕事だから」

「了解!頑張れよー」

お兄ちゃんは二年制の製菓学校を卒業した後、洋菓子店に就職することになった。大体は朝早くから、十四時ぐらいまで働いている時もあれば、夜遅くまで働いていることもある。

「茉裕ちゃんも無理せずになー」

「はい」

それからは、お兄ちゃん達が私には分からない友達の話をしていた。でも私はそれを気にしていなかった。一緒に居られるだけで構わない。

「ここまででいいよ」

曲がり角のところまで来て、風李さんはそういうと軽く手を振って別れた。

「また」

私がそういうと

「またね」

軽く手を振った。その後ろ姿は頼もしく見えた。『またね』の声はいつものように、温かく包み込んでくれるような声だった。変わらずにいてくれることが嬉しかった。

 私がそっと噛み締めているとお兄ちゃんが先を歩く。私にペースを合わせてくれている。そして学校のことを聞いてきた

「友達家に呼んだっていいんだよ?」

「お兄ちゃん達が戯れているでしょう」

「事前に、前日にでも言ってもらえば……」

「それが面倒だし、家に友達を呼ばなくても友達って言えるから大丈夫」

私がそう言うと、また迷惑をかけているのかと思ったのか

「ごめん」

と言ってきた。

「なんで謝るの?」

「いつも……」

お兄ちゃん達はいつも申し訳なさそうにしているから、私はどう言えば二人がそんな風にしなくなるのか分からない。選択して生きていって幸せを掴めたのなら別にいいと思う。選択するのは難しいことなのに、それだけで凄いことなのに

「謝らなくていいよ……いつも言ってるじゃん」

少し強めの口調で言った。お兄ちゃんは少し怯み

「うん……」

そういうところは潔く割り切ってくれるお兄ちゃんだったらよかったのではと思ってしまう。まあ、そういうところを含めて私のお兄ちゃんなのだけど。

「茉裕は風李のこと好き?」

家に帰って玄関の前で靴を脱いでいる時に聞いてきた。私は内心焦っていたし、困っていた。自分の気持ちを自分が理解していなかったから。風李さんに対して自分がどういう好きが分からなかったから。お兄ちゃんの友達としての好きなのか、恋愛感情としての好きなのか、視野を広くして人間として好きだからなのか。どちらにせよ

「嫌いではない」

何かしらの好きに当てはまるのであろう。そう思っていた。でも、分かってしまうのが怖いから一歩踏み出せない。ましては、お兄ちゃんの恋愛対象の人だ。お兄ちゃんを困らせたくはない。

「ならよかった」

そう言っていたが、お兄ちゃんは私の顔を見てそうは言ってくれなかった。そっぽを向いて

「ご飯食べよ」

そっけなく感じた。私は胸を締め付けられる。

「うん」

 この気持ちが風李さんに抱く恋だとしても私はお兄ちゃんを困らせるから言ってはいけない。 

 そう思っていた。

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