第7話 ヘウォンとリッシモン

〈1〉 



 リッシモンは汗でべたつくTシャツを気持ち悪く思いながら青空を眺めている。 

 ロワーヌ天后から高速船で三日。 

 ヨークスター連邦と国境を接するサンタマージョ白虎は混乱に見舞われている。

 グルメロワーヌが仕掛けた食料戦争に続きヨークスター連邦の国としての独立。

 アルザスとヨークスター連邦から逃れようという難民がサンタマージョ白虎に押し寄せている。

 支援を行っているグルメロワーヌは増大した難民と現状確認の為に特使の派遣を決定。

 そこでリッシモンは名乗りを上げたのだ。

「リッシモン、ここは暑いな」

 アリアがシャツの下から風を入れようとするのをリッシモンは抑える。

「暑くても少しは我慢するんだ。何かと抑制がきかない人も世の中にはいるんだから」

 リッシモンが言うとアリアが笑う。

「リッシモンは変だ。いつも子ども扱いする癖にこんな時だけ女扱いする」

「親心なんてそんなもんだよ」

 サンタマージョ白虎の港はそれほど混乱しているように見えない。

 リベルタ大陸各地からの支援物資が押し寄せているが、それは適切に捌く事ができているようだ。

 ――人を人とも思わないフリーダムめ―― 

 難民を生むくらいなら経済成長より社会保障に金を使えと思うのはリベルタ大陸の人間だからだろうか。

 と、一台のオープンカーが走って来る。冷房のきく車で迎えに来るという気はきかなかったようだ。

「久しぶりだなリッシモン」 

 運転席から浅黒く日焼けしたアドルフォ・エルナンド知事が声をかけてくる。

「久しぶりだね。できればクーラーのきく車で迎えに来て欲しかったよ」

 言ってリッシモンはアリアを後部座席に座らせ、助手席に座る。

「飛ばしゃあクーラーと同じだ。行くぞ」

 エルナンドがアクセルを踏み、車が風のように走り出す。

 確かに風を浴びているとむしむしした暑さはマシになるようだ。

 ――でも日焼け跡は痛くなるんだろうな―― 

「状況はだいたい把握してると思うがサンタマージョ白虎はジリ貧だ」

 エルナンドがハンドルを握りながら言う。

「かなり支援物資は送られていると思うけどまだ足りないのかい?」

 リッシモンは訊ねる。グルメロワーヌはヨークスター連邦から買い上げた食料の大半をサンタマージョ白虎に流している。

 その気になればヨークスター連邦とアルザスをまとめて満たせるほどの量だ。

「俺は人の良心ってやつを信じていいのかどうか分からなくなってる」

 エルナンドの言葉の先をリッシモンは促す。

「支援物資を売って金に変えてる連中がいる。そいつらのお陰で支援物資が足りなくなってんだ」

「笹川会みたいな連中か?」

 リッシモンが言うとエルナンドが頭を振る。

「だったら楽だ。ごく普通の人間が金の為にやっちまってるんだ。フリーダムで使われてるアプリがあってな」

 エルナンドがダッシュボードを指さす。

 ダッシュボードから端末を取り出したリッシモンは起動してみる。

「ペルマートってのがあるだろう? それは不用品交換のアプリで差額がある場合ポイントで補うようになってんだが」

 リッシモンがアプリを起動してみると、大量の食料をはじめとする支援物資の出品が確認できる。

 出品者は恐らく難民なのだろう。ある程度組織化されている者はいるとしても、誰もが気軽に手を染めてしまっている印象だ。

 ポイントを購入できる仕組みもある為に、ヨークスターのイースやグロリーのグロー、ヴァルハラのドルに換金して再びフリーダムに戻る人間も少なくないようだ。

 そしてフリーダムに戻った人間がノウハウを売買して、貧困層が難民となってサンタマージョ白虎に押し寄せている。

「奴らは支援物資を仕入れだなんて抜かしてやがる。人の善意を何だと思ってやがるんだ」

「拝金主義の末路だよ。彼らもフリーダムの、ヴァルハラの犠牲者なんだろう」

 リッシモンは言う。元から善意を金で売るような人間ばかりだとは思わない。

 しかし、人との関係性が希薄になり、多くの価値観が金で推し量られるようになった結果、人々の心からゆとりが失われ、それがモラルの崩壊を引き起こしたのだろう。

「でもこれだとフリーダムを食料で追い詰めるという作戦は厳しくなる」

 リッシモンはアプリを見ながら言う。

 アプリ自体を禁止してもノウハウは既に共有されてしまっているし類似のアプリは幾らでも出て来るだろう。

 難民から端末を取り上げるとしてもそれは人権侵害というものだろうし、闇で保有される事を考えると一部に富が集中してより悪い結果を生む事になるだろう。

 ――これは岸が考えた事なのか……――

 人の弱さを利用し、難民を武器にしてリベルタの前線であるサンタマージョ白虎を攻撃しているのだ。

「支援があっても本当に必要な人間の所にゃ届かねぇ。どうするリッシモン」 

 リッシモンは腕組みをして考える。

 何をやっても根本的な解決にはならない気がする。

 リベルタ大陸が助けようと思っている対象が、食料や物資より金に価値を見出しており、物資を与えても売ってしまうのが問題なのだ。

 ――価値観が違うとこうも難しいものなのか―― 

 一つの解決手段は一定額の金を与えて物資を売るという手段だ。

 しかしヘルを渡せば高額の為替利益が発生するのだからすぐにフリーダムに帰るだろうし、リベルタ諸国のヘルも大きく失われる事になる。

 難民を助けないというのが最大の解決手段のように思われるが、その実フリーダムに打撃を与えらえる訳ではない。

 リベルタには血も涙もないという話になるだけだ。

 ――悪辣にもほどがある――

 サンタマージョ白虎に壁を作って難民の流入を防いでも同じだ。

 壁の前に難民の死体の山ができればリベルタはその精神を捨てたのと同じ事になる。

「大量の物資を送って飽和状態するのが換金できなくなる方法にはなるんだけど資源は有限だからね。リベルタにも無限に物資がある訳じゃないし」

 リッシモンは考える。何か良い方法は無いだろうか。

「食料をタダでやるのをやめればいいんじゃないのか?」

 アリアが言うが通貨防衛の観点からそれはできないのだ。

「アリア、ヘルがフリーダムに多く渡ってしまうと価値が下がってリベルタの産業を食いつぶされてしまう。ただでさえ連中は株なんて錬金術で無限に金を生み出そうとしているんだから」

「リッシモン、お前はいつも野良仕事をして食事や寝床をもらっている。難民にも仕事をしないと食事をさせないようにすればいいんじゃないか?」

 アリアの言う事には一理あるがそれには重要な観点が抜けている。

「そもそも先立つ仕事がそんなにないんだよ。仮に大規模な公共事業を行うとしても州の財政に大きなコストがかかる」  

 どんな事業をするのかというのも問題だ。リベルタはこれまで特に何かに困って来たという事がない。

 何もかもが過不足なく存在して誰もが平和に暮らしていたのだ。

 それが乱されたのはヴァルハラと岸による所が大きい。

「リベルタ大陸で受け入れてくれりゃあ多少はマシなんだろうけどな」

 エルナンドがチクリと痛い所を突いてくる。

 相応の解決手段があるとするなら難民をリベルタ大陸全体で受け入れて分散させるという事なのだ。

 そのリスクをサンタマージョ白虎に押し付けて物資で解決しようとしているという点ではリベルタ諸州は偽善だと言われても仕方のない所ではある。

 その逆でサンタマージョ白虎の善良な市民をリベルタ諸州で受け入れ、サンタマージョ白虎を難民に明け渡してしまう事は可能だろう。

 しかし、サンタマージョ白虎を占領したとしても難民は海を超えてリベルタ大陸本土に押し寄せるだけだろう。

「難民になるのは割に合わないと思わせる事で一定抑制する事はできると思う。けどそれは本物の難民を見捨てる事になるしそれは法の精神に反する事になる」

 リッシモンは言う。

 海上に巨大な人工島を作って、その建設に難民を駆り出し、難民をそこに住まわせれば一応のかたはつくだろう。

 支援物資を売って一山当てようという難民もどきはその労働は割に合わないと見て去っていく。 

 しかし本当に守らなくてはならないのはフリーダムで支援されない老人や子供や病人やシングルマザーといった人々なのだ。

 その人々に強制労働のような事を強いる事はできない。

「このままだと治安は悪化する一方だしサンタマージョ白虎の市民が難民になる」 

 エルナンドが深刻な口調で言う。

「そのアプリに税の課税ができるシステムを作るしかないんだ。でもそれはフリーダムの合意がなければできない事だ」

 支援物資を商品として売っても、高額な税金がかかるとなれば売却するだけ損だという話になる。

 しかし売られる先がフリーダムではリベルタ諸州からでは口を挟む事ができない。

 リベルタ諸州の法の執行者であるクロワを全員追い出してしまっている相手なのだ。

 まともな外交などできるはずもない。

「フリーダムとの間に壁を作れりゃいいんだよな。品物の行き来ができるから売買が成立すんだろ」

「百歩譲って壁を作るとしてヨークスターとサンタマージョ白虎の広大な国境に壁を作るのにどれだけのコストがかかる? 壁を作ったとしてどうやって人やものの動きを管理する? それが可能な状況ならできていてもおかしくない訳だろ?」

 リッシモンは言う。道義的に許されなくても自州の人間を守る為なら一定容認される部分はあるだろう。

 少なくとも流入する難民を選別する事はできるはずだ。

「リベルタ大陸にゃ海って壁があるから分からねぇんだよ。何も困ってる人間を追い返せって言いたい訳じゃねぇ。サンタマージョ白虎を利用しやがる輩が多すぎて、物資は足りなくなるし治安は悪くなるしで困ってるって話なんだ」

 エルナンドの言いたい事は理解できる。しかし、それはリッシモンやグルメロワーヌというより法主庁に話すべき事だ。

 法主庁を通じてWRAが治安維持の要員を動員すればそれなりにサンタマージョ白虎の治安を守る事は可能になるだろう。

「仮に難民を管理するなら法主庁から何らかの認可を出してもらってリベルタ全体の問題として動かないと無理だろう」

 リッシモンは言ってから苦い気分になる。

 こうして人を管理する為の法ができていけばリベルタも国家への道を歩まなくてはならなくなるだろう。

 ――それすら岸の作戦なのだとしたら―― 

 何らかの方法で頭であるヴァルハラを打倒しなくてはならない。

 法を作ったり国を作ったりする前に、諸悪の根源を絶たなくては世界の平和と秩序を保つ事ができないのだ。 

 ――ヴァルハラに渡るか……――

 それが吉と出るか凶と出るかは分からないが、内部から破壊する方法を考えなくてはならないのだ。



〈2〉



 クリスチャンのセラフィムのタンデムシートに乗ったへウォンは古い洞窟の奥深くで伝説のランナー「グランダルメ」を見上げている。

 この世界の始めから存在したとされる三体のランナーのうちの一体だ。

 この三体の特徴がファイター、アーマー、ドラグーンであった事から現在の競技用のランナーのレギュレーションが作られてもいる。

 グランダルメは白と金のファイターでどことなくセラフィムに似ている。

「こんな洞窟の中に放置してあって整備の必要はないんですか?」

 へウォンが訊ねるとクリスチャンが笑みを浮かべる。

「三大ランナーは傷つく事がないんです」

 へウォンがその意味を考える間にも膝を着いたグランダルメがコクピットの格納ハッチを開く。

 コクピットが格納されると内部を虹色の光が乱舞する。

「まさかこのランナーで歩いて大平原のアルカディアまで行くんですか?」

「さぁ、どうでしょう?」

 クリスチャンが言うとコクピットのハッチが開く。

 目の前に見たこともない高層建築の林が広がる。

 高い建物の間を空飛ぶ車のようなものが行き来している。

「こ……これは?」

 ――ここはどこでどうやって来たのだろうか?――

「ここがI Tego Arcana Dei。アルカディアです」

 歌うような口調でクリスチャンが言うと空飛ぶ何かが接近して来る。

 セラフィムのコクピットがドッキングするとシェルが閉じてコクピットが空中へと浮かび上がる。

 へウォンは悲鳴を上げる。空中に浮かぶものなどこの世に存在しない。

「大丈夫です。ここには特殊な磁場が働いているのでその影響で浮かぶ事ができているのです」

 コクピットが風のように空中を駆けていく。

「遠い遠い昔、今から2000年と五億年の前、空には鳥という飛ぶ生き物がいて、虫も空を飛ぶものがあったそうです。人々はそれを見て空を飛ぶ事を考えたのだそうです」

「五億と二千年前?」

 へウォンは訳が分からずに聞き返す。

「事情は分かりませんが、私たちの祖先は二千年前からこの星で暮らすようになったそうです」

 セラフィムが一際大きな塔に向かう。

「二千年? 誰が数えたんですか?」

 暦というのはカーニバルからカーニバルまでの四年の事だ。

 クリスチャンの言う事が事実ならカーニバルは500回行われている事になる。

「アルカディアの民です。正確にはアルカディアを最初に発見した人々です」

「それだとアルカディアが発見されてから二千年という事になりませんか?」

「そうです。だからおおよその年代ではあるのですが、周囲の地層や放射線から考えてアルカディアが二千年前からある事に違いはないようです」

 コクピットが一際大きな塔の前に着陸する。周囲には人影がない。

「誰もいないんですか?」

「ここは封印された土地なのです。機能を保つ為に都市は動いていますが一部の研究者を除いて人は住んでいません」

 コクピットから降りたクリスチャンがへウォンの手を取って地面に立たす。

 生まれて初めて空を飛んだせいか足がやけにふらふらする。

「この塔は何なんですか?」

「私たちは公文書館と呼んでいます。研究者たちが何代にも渡ってここでアルカディアについて研究を行ってきました」

 クリスチャンに先導されてへウォンは公文書館に足を踏み入れる。

 白を基調とした屋内はやけに広い病院といった雰囲気だ。

 クリスチャンが勝手知ったる様子で会議室のような部屋に足を踏み入れる。

 壁面のコンソールを操作するが書かれている言語はへウォンには分からない。

「詳細はおいおい学んでもらうとします。まずは喫緊の問題だけ知ってもらいます。私たちが二千年平和に過ごして来た事は説明した通りです」

 平和だったかどうかはともかくカーニバルが五百回繰り返す時間が過ぎたらしい事は理解したつもりだ。

 壁に空の映像が投影される。

 夜空に現れた巨大な燃え盛る光球の光が地面を舐めるように広がり、直下の海を干上がらせる。

 まるでこの世の終わりのような光景だ。

「これがヴァルハラです。百年前ヴァルハラは空を超えた遠くからこの星にやって来ました。この光は星とヴァルハラのシールドの干渉によって生じたものです」

「シールド?」

 へウォンは聞き返す。話は良く分からないがこれが事実ならシールドというものには恐ろしい力がある事になる。

「ヴァルハラのものは電磁偏向フィールドというものです。この星のものは高密度プラズマというものです」

「高密度プラズマ?」

「この星の大気はNMによって帯電しているのです。そして異物を察知すると攻撃します。血液中の白血球がウイルスを攻撃するのと同じです。この高密度プラズマを管理しているのがアルカディアの中枢であると考えられています」

「アルカディアの中枢?」

「選ばれた人間しか立ち入る事のできない禁断の地の中の禁断の地です。門は向こう側からしか開きませんので私たちにどうにかできるものではありません」

 クリスチャンが言うが話が途方もなさすぎて話半分にしか聞く事ができない。

「これはヴァルハラも同じでした。50年前、ヘクター・ケッセルリンクとリチャード・岸がヴァルハラに入りました。そこにはアルカディアでは封印されていた技術と知識が存在しました。それが岸の言う金融や法や国という概念であり、戦争というものです。ヘクターは封印すべきだと主張しましたが岸はそれに魅せられました」

「ちょっと待って下さい。ヘクターと岸は何歳なんですか?」

「ヴァルハラには歳の経過を止める力があったのです。岸も実年齢は80才を超えているでしょう」

「歳を止める!?」

「詳しい事は私にも分かりません。ただ古い時代、人々の中には身体を乗り換えて命を永らえる人もいたようです」

 クリスチャンはSFの見すぎだと言いたいが、へウォンは今SFの世界に放り出されている状態で、説明可能な人間はクリスチャンしかいない。

「ヘクターはメルキオルによって殺されました。10年前のカーニバル中の事故で死んだという事になっていましたが……」

 投影されている映像の上で目まぐるしく数字と記号が動いている。

「ヴァルハラはアルカディアのハッキングを試みました。失敗しましたが一時的にアルカディアは機能不全になりました。その時、世界でただ一人アルカディアの中枢に入る事のできたヘクターはメルキオルに殺されてしまったのです」

 それが事実ならハッキングに失敗しても結果としてアクセスできる唯一の人間を殺したのだから結果オーライという事になりはしないだろうか。

「ハッキングに失敗したのはアルカディアのシステムをヴァルハラが正確に知らなかった事によるものでした。しかしその時アルカディアには三つのUIがある事をヴァルハラは知りました。伝説の三大ランナー、それがグランダルメ、ラピュセル、ガリィです。ヴァルハラはラピュセルを強奪する為に不動雷迅剣の本山を襲撃し、目撃者を含めて皆殺しにしてしまいました」

 凄惨な映像の中、プラズマがVWCの大人を攻撃している。

「アルカディアはどういう基準で攻撃をしているのですか?」

「大人たちは銃という遠くから人を殺せる、人を殺すだけの道具を持っていました。アルカディアはこれら『兵器』と呼ばれるものの存在を許しません。恐らくはヴァルハラの中ではこれら兵器を使う事もできるのでしょう。結果としてヴァルハラはラピュセルを奪いましたが起動する事もできませんでした。三大ランナーは乗り手以外を拒むようにできているのです。そしてその乗り手は歴代のライダーの審判に耐えるものとされています」

「アルカディアではなく歴代ライダーなんですね」

 へウォンが言うとクリスチャンが頷く。

「歴代ライダーは命を失ってもランナーの中で生きているのです。サーバーに保存されているようなものです。それにより三大ランナーは人の心を持つのです。競技用ランナーのブラックボックスはこのシステムが応用されているので、ライダーの友人のように振る舞うのです」

「それは……科学技術は現代より過去の方が進んでいたという事ですか?」

「そうです。昨今技術が進み始めたのはヴァルハラが様々な形で技術を流出させた事により、我々に施された技術のプロテクトも解除された為です。アルカディアは有形無形でヴァルハラと戦っているのです」

「何故アルカディアは一撃でヴァルハラを滅ぼしてしまわないんですか?」

 高い科学力があるならヴァルハラを滅ぼしてしまえばいいではないか。

「ヴァルハラがこの星にやって来た時の映像は見せたはずです。本気でヴァルハラとこの星のプラズマが激突したら星全体が焼野原になり、大気も失われ、生命が死に絶えてしまいます」

 確かに百年前の映像と天災は重なるのだから事実ではあるのだろう。

 アルカディアはヴァルハラから星を守ろうとした。しかし、共倒れになる可能性があり妥協した結果、限定的とはいえ力を行使できるシールドを持ったヴァルハラの存在を許す事にもなってしまった。

「で、私にそれを教えてどうしようと言うのですか?」

「あなたはウロボロスを救ってくれました。次はこの星を救ってください」

「は?」

 へウォンは聞き返す。今、恐ろしく責任重大な事を言われた気がするが気のせいだろうか。

「会長、私はウロボロスエンターテイメントの社長で世界を救う英雄ではありません」

「元々この星を守るのはWRAの役割でした。しかし二千年間あまりに平和だったので私のようなライダーとライダー崩れしかいないのです。岸と張り合えるだけの指揮と実務を任せられる人が必要なのです」        

 クリスチャンの言葉にへウォンの頭が真っ白になる。

 記憶に頼るなら、クリスチャンはどんぶり勘定で会社の経営ができないからとへウォンに経営を依頼したのではなかったか。

 と、いう事はWRAという組織もどんぶり勘定という事になるのではないだろうか。

 これまで誰も問題を認識し改善をして来ようとして来なかったという事なのだろうか。

 とはいえヴァルハラが出現したのが百年前、岸が封印を解いたのが五十年前、猛威を振るい始めたのはヘクターが死んだ十年前からなのだからWRAが押っ取り刀なのも仕方ないだろう。

「私にはウロボロスエンターテイメントがあるのですが……」

 へウォンは自社を愛している。クリスチャンの次に大切な存在だ。

「世界が平和でなければ人は娯楽を心から楽しむ事ができません。世界あってのウロボロスエンターテイメントです」

 言われている事は分かる。しかし話のスケールが大きすぎて理解が追いつかない。

 ――これはリッシモンがいても厳しいんじゃないかな――

 この非常事態にリッシモンは一体どこで何をしているのだろう。

 ――非常事態だって分かってるのってWRAと私だけなのか―― 

 誰かに言っても信用されるとは思えないし、この封印されたアルカディアに役員を連れて来てツアーをする事などご法度だろう。

「へウォンがいてくれてとても助かりました」

 肩の荷が降りたとばかりにクリスチャンが言うがどうして過去形なのだろう。

 まだ世界は危機のど真ん中であるばかりか何一つ解決していないのだ。

 ――何から手をつければいいんだろう――

 とにかくアルカディアへの出入りをできるようにして少しでも知識を身につけるしかないだろう。

 ――これで50年先行している岸に追いつけるんだろうか?―― 

 それでも愛する推しと会社の為にやるしかないのだ。

「会長は何をするんですか?」

 丸投げしたようにしか思えないクリスチャンに一応訊いてみる。

「へウォンに必要とされる事です」

 ――へウォンに必要とされる事です……――  

 へウォンは心臓を射貫かれた気分になる。クリスチャンは必要とされる事と言ったのだろうか?

 膝枕や耳かきでもいいのだろうか?

 へウォンは眩暈にも似た感覚を覚える。

 ――やってやろう、やってやりますとも、推しの為に世界を救いますとも!――



〈3〉



「リッシモンはヴァルハラが大嫌いなんじゃないか?」

 リッシモンはアリアと共にヴァルハラを訪れている。

 肩書は中堅ランナーチーム『エクレール』のオーナーだ。

 VWCオーナーズクラブに加入し、バイオロイドライダーを手に入れるというのが表向きの目的だ。

 バイオロイドの中でも特Aとされるヴィッシュ・クリシュナとシルヴァ・マリアはセット価格で二十億ドルという超高額選手だが、現在のヴァルハラはグルメロワーヌにより飢餓状態に陥っており、パン一切れが五百ドル、キャベツが一つ二千ドルだ。

 キャベツを百万個売ればヴァルハラ最強のバイオロイドライダーが手に入る。

 ほぼ同格のレッド・ローハンは八億五千万ドル、ワンランク落ちてトリスタン・ケリングとプリシラ・ヴァンツァーのコンビで五億二千万ドル、チームキングダムのマリク・ボンドとエステラ・スイフトのコンビは十億六千万ドルだが、売り出しにはかかっていない。

 チームキングダムのネメスは臨界突破の五十億ドルだ。

 まともに考えて購入できる金額ではないし、そもそもグルメロワーヌにそれほどの外貨準備がある訳ではない。

 ヘルを売却すれば今なら容易に作れる金額ではあるが、ヘルの流出は相対的なヘルの競争力の低下を招く事になる。

 リッシモンはロベール・ギスカールという架空の人物になりすますとヴァルハラの流通大手、楽市楽座を訪問した。

 一時期は世界の物品をヴァルハラに集中させて巨額の利益を得ていたが、現在はリベルタ大陸からの物資の輸入が止まり、競合他社を買収しながら何とか生き残りを図っている状態だ。

 ――ヨークスターの物資がヴァルハラに流れる前に手を打たないと――

 リッシモンは楽市楽座の応接室に通された。  

「チームエクレールのオーナー、ロベール・ギスカールです」

 リッシモンが右手を出すと楽市楽座の営業部長が頭を下げる。

 風習が似ているから作法にうるさい忌島の人間を連れて来れば良かったかも知れない。

「楽市楽座営業部長ジョニー・三樹矢です」

 三樹矢がカードを差し出す。

 勧められてソファーに腰かける。フェーデアルカ貴人製の高級品だ。

「楽市楽座で私のチームを買いませんか?」

 リッシモンの言葉に三樹矢が話が見えないといった表情を浮かべる。

「我が社がチームを買った所で何の利益も無い」

 興味はあるのだろうが、本音である事に違いは無いだろう。

「楽市楽座はヴァルハラ流通大手です。リベルタの輸出規制インフレで競合他社が倒産し、ヴァルハラでは事実上の市場独占状態にある。しかし、楽市楽座も商品の入手ができずに倒産した企業在庫を買い漁って補填している状態で破綻は時間の問題でしょう」

「ロワーヌ天后は我々ヴァルハラ系列を敵視しているんだろう」 

 三樹矢は慎重な態度だ。フリーダムとリベルタの激しい対立の中で信用する方が困難だろう。

「もちろんです。ですが、ビジネスとなれば話は別です。ロワーヌ天后産、いや、ヨークスターでもいい、小麦一袋がヴァルハラで幾らになります?」

「さあな、明日には倍になっているだろう」

 三樹矢はどこか投げやりな雰囲気だ。

「ヴァルハラの企業が仕入れをしようとしても当面の間物資を安定的に獲得する事はできない。しかしエクレールを利用すればリベルタの人間は運営に必要な物資を提供します。エクレールが優良なチームであればヴァルハラ資本だと言っても好意をもって受け入れられるでしょう」

 リッシモンは三樹矢の細い目を見つめながら話を続ける。

「VWC系列のチームはラグナロクに逆らえない、楽市楽座の利益も多額が税金として巻き上げられる。ですが、エクレールの名義はロワーヌ天后です。ヴァルハラに義理立てする理由は無いでしょう?」

 営業部長が思案気な表情を浮かべる。

「本社の会議にかける必要がある。運用には相応の資金か対価が必要になるだろう?」

 三樹矢の言葉にリッシモンは頷く。

「A級バイオロイドライダー、ヴィッシュ・クリシュナとシルヴァ・マリア。この看板とパフォーマンスがあれば人気間違いなしです。バイオロイドのアリア・ディザスター選手がデビルキッチンからのデビューが内定している事で、バイオロイドライダーに注目が集まっています。ここではずみをつけ、オーナーズクラブで買いたたいたライダーを転売する形でリベルタの物資を購入する」

「リベルタから楽市楽座への商品供給は安定するか……しかし特Aライダーを何人も買ったら活躍する前に社が倒産する」

 営業部長の言葉はもっともだ。

「そこでVCBを買収します。現在資産比率の55%は岸になっています。残りの45%を奪った所で経営権は手に入りません。ですが、今のVCBは岸による低金利量的緩和政策で数字を増やすだけで金融機関として機能していません。そこで岸の持つ55%を楽市楽座で購入して頂きたい」 

「買いたいと言って売ってくれる訳ではあるまい?」

 三樹矢は慎重さを崩さない。

「そこで楽市楽座で銀行を作ります。仮に楽市銀行としましょう。楽市が独自通貨を発行し、楽市通貨を使えば楽市の商品をインフレ無しで購入できるという特権を付与します。岸は喉から手が出るほど楽市通貨を欲しがるはずです」

 ――サンタマージョ白虎の支援物資を転売されるなら楽市楽座で売る方がいい――

「商品をエクレールで調達し、楽市楽座が通貨を作り販路を作る。そこで、楽市銀行とVCBの合弁を提案します。予め45%の資本を買収しておけば、岸との交渉で30%を譲り受けるだけで75%の権利を保有する事になります」

 リッシモンの言葉に三樹矢が首を傾げる。

「楽市銀行が軌道に乗ればVCBは要らないだろう?」

 それが常識的な考えだ。

「VCBの資本はドル建てになっています。岸はその気になればドルを暴落させて楽市楽座の市場価値を強制的に下げる強硬手段を取る事が可能です」

 ――VCBを押さえておけば楽市楽座と楽市銀行は守られる――

「帝に考える隙を与えなければ、あわよくばという事だな」

 三樹矢は乗り気になって来たようだ。

「ビジネスは巧遅より拙速を尊ぶのでは?」

 リッシモンの言葉に三樹矢が頷く。

「エクレール買収を上席に打診する」

 リッシモンは内心で笑みを浮かべる。これで岸の地盤を揺るがす下準備ができたのだ。



〈4〉



「ヴァルハラ公安局公安部長木戸小五郎だ」

 リッシモンが三樹矢の次に接触したのはヴァルハラで権勢を振るう公安警察のトップだ。

「チームエクレールのロベール・ギスカールです」

 リッシモンは丁寧に頭を下げる。

「リベルタのチームがヴァルハラに何の用だ」

 木戸がテーブルに両足を乗せる。

「現在ヴァルハラでは幾ら値段を上げてもものが売れないと聞いています」

「由々しき事態だ。インフレターゲットをまた上げなければならん」

 木戸が吐き捨てるように言う。収入が増えないのに物価だけ上がったのでは売れるものも売れないだろうが、どういう訳かヴァルハラの政府はものが売れなくなるほど物価を上げようとするのだ。

 ヴァルハラは金融に疎いリッシモンでもおかしいと思う事に気付かないようだ。

「この状態が続けば人々は商品の抜け道を探すようになるでしょう。登記されていない業者が大量に商品を売買すれば、税収が下がり長期的に財政に影響を及ぼすでしょう」

「それは対策済だ。脱税対策は万全だ」

 アプリによる転売や笹川組などのマフィアの商売は罰則の対象にはならないらしい。

「木戸さんが潔癖な方で助かります。ですが、木戸さんはグロリーのスーツを着ておられる。シャツはロワーヌ天后、ネクタイと革靴はフェーデアルカ貴人製だ。公務員でも嗜好品が優先的に入れば好ましい事ではないですか?」

「私は公務員ではない、官僚と呼んでもらおう。そして我々公安は国家エリート、特権階級、あらゆる超法規的措置を手にしているのだ」

 リベルタとでは公務員の概念も大きく異なるらしい。

「では、このようなものを送られても賄賂にはならない?」

 リッシモンはフェーデアルカ貴人の彫刻の刻まれた箱を取り出して木戸に渡す。

 木戸が箱を開けて歓喜にも似た吐息を漏らす。

「ガレリア天空の職人が作った世界でただ一つの腕時計です」

「貴様は話が分かるようだな」

 新しい腕時計を手首に巻きながら木戸が言う。余程気に入ったのだろう。

「エクレールは楽市楽座と提携しました。国外の物資が独占的に流通されます。ですが、物資が溢れれば自動的に物価が下がり、ドルとの差が縮小して収益が落ち込む。これは好ましくない」

「更なる量的緩和を行わせれば良いのだ。ドルの量を増やせば物価が鰻登りになる。相対的な楽市楽座の収益はプラスという事になる」

 量的緩和政策は額面上の金額は増えるが、実体経済は衰退する。

 VCBが量的緩和を行う事で楽市銀行の優位は揺らがなくなるだろう。

「木戸さんには最優先で世界の逸品をお譲りします」

「天后人もたいがい悪というものだな」

 木戸が低い笑い声を立てる。

 楽市銀行の発行する通貨とVCBのドルの力関係は遠からず逆転する。

 ――ヨークスターの物資の流れを抑えきれればだけど――

 アプリによる個人転売の規模の拡大速度よりリッシモンの動きが早ければ抑制する事が可能であるはずだった。



〈5〉



 ランナーチーム『エクレール』は名門中の名門だった。

 木戸は随分と人の減ったVCBの執務室でロベール・ギスカールについて調査している。

 元々ラピュセルをを擁していたロワーヌ天后の伝統的なチームで、親会社のエクレールは高級な食材や衣料品、宝飾品を扱っており、ヨークスターでもギスカールの名は知られている。

 ギスカールがエクレールを買ったのは一年前だ。

 二年前にヴァルハラはバイオロイドを動員してエクレールと三大ランナー『ラ・ピュセル』を保有するコートマンシェ家を滅ぼした。

 ラ・ピュセルを入手する事が目的だったのだが、ポンコツであるらしくVWCの総力を挙げても動かす事ができなかった。

 現在ラ・ピュセルはアルザス首相エドワード・マクドネルに預けられている。

 コートマンシェ家が消えた事からエクレールブランドも消滅したが、ギスカールがコートマンシェ家の人間が居ない事を確認して名義を取得、保有していたランナーチームに伝説のエクレールブランドをつけた。

 しかし万年C級の趣味の延長のチームは強豪とは言えず、カーニバル予選どころか地方大会でも勝ち抜く事ができない。

 楽市楽座にバイオロイドを買わせようとしている情報は入っている。

 リベルタはヘルの流出を抑制している為、欲しいと思っても通常の手段ではバイオロイドを入手する事ができない。

 そこで楽市楽座を通じてバイオロイドを買おうと言うのだ。

 楽市楽座経由でバイオロイドを買わせ、有用性を知らしめればヴァルハラの新産業として恰好の宣伝になるだろう。

 粗悪なバイオロイドを笹川組に掴ませるよりビジネスとしてのうま味は大きい。

 そしてエクレールがラグナロクを撃破すれば……

 ――岸とメルキオルにいつまでも大きな顔をさせておくのも面白くない――

 エクレールは最優先で木戸にリベルタの珍品を献上すると言っている。

 エクレールとの関係性さえ保てれば楽市楽座はそのまま使用しても転売してもいい。

 外部との交易のチャンネルが小さい限り、木戸にヴァルハラの権力が集中する事になるのだ。

 木戸は楽市楽座の会長に通信を開く。

 エクレールに便宜を図り、一方で公安警察によりアプリ個人輸入の流通の取り締まりを強化する。

 バイオロイドは高額だが、量的緩和と金利引き下げで通貨の価値を千倍にもすれば大した金額では無くなる。

 バイオロイドは現状ではヴァルハラの中でも需要の限定された、売るに売れない商品、宝の持ち腐れなのだ。

 


〈6〉 


 

 オーウェンは岸と木戸からのゼロ金利と量的緩和の要請を受け、淡々と作業を進めている。

 物価が日を追うごとに上昇し、国民は商品が買えずに飢餓と貧困に喘いでいるが政策が転向される兆しはない。

 ドルの価値は低下を続け、フリーダムの中で最も不安定な通貨になりつつある。

 ――実体経済の裏付けがないのだから当然だ――

 ヴァルハラは巨大な人工島のようなものだ。耕作地はなく確保できる食料は漁業くらいしかない。

 フリーダムの金融センターとしてヴァルハラには権威と権力が備わっていたのだが、国債の乱発によって負債は増え続けた。

 国債は債と言うからには債務であり償還期限が存在する。

 借りた時より返す時の金利が上がっていれば実質的な返済金額は大きくなる。

 通貨の価値が上がっていた場合も同様だ。

 そこでヴァルハラ政府は金利の引き下げと通貨価値の低下で国債の返済を圧縮しようとしているのだ。

 ただし、ドル安は輸出は良くても輸入には不利になる為、自給率の低いヴァルハラの特に平均から下の人間の生活水準は目に見えて悪化するようになる。

 ヴァルハラはフリーダムを発足させるため、否、独自通貨発行国を増やす為に無理を重ねて来た。

 そのツケが一気に噴出しているのだ。

 VCBが金利を引き上げ、量的緩和を停止すればヴァルハラ政府は債務不履行、倒産状態に陥る。

 理屈から言えばVCBが債権を回収するまでヴァルハラを運営し健全化させるという事になるだろうし、その手間が惜しければグロリーなりヨークスターに売ってしまうという手もある。

 ――そこに来ての楽市楽座の動きか――

 楽市楽座が独自通貨なりそれに類似したものを用いて商品を売買するなら、価値が乱高下するドルに対して実体経済の裏付けがあるなら為替で有利となる。

 楽という通貨単位にするかどうかは別として、一ドル一楽で取り引きしたものが翌日に二ドル一楽になっていれば対ドルで楽は倍の価値になった事になる。

 一楽でキャベツが一つ買える通貨の固定制度が取られているなら、今日買ったキャベツは明日も一楽だが、ドルでは明日は二ドルになっている事になる。

 明後日には三倍になっているかもしれない事を考えれば楽で買い物をするのが得か、ドルで買い物をするのが得かは明白だ。

 むろん一楽が百ドルになってからドルを買ってもいいのだ。

 その場合、一楽一ドルの時に交換していた人は99ドルの儲けという事になるだろう。

 ――グルメロワーヌらしい戦い方だ―― 

 オーウェンは楽市楽座の物資の供給源であるグルメロワーヌの戦略を考える。

 ものを売るのも嫌だが、百歩譲ってものを売るとしてもリベルタ大陸からヘルを流出させたくはない。

 ではヘルを使わずにものを売るとしたらどのような方法を取るべきだろうか。

 もちろん売るだけならドルに売っても構わないが、乱高下するドルを保有した所でうまみは小さいだろう。

 ヘルを貸し付けてそのヘルで買い物をさせるとしても、ヘルの流出を極力避けたいというのがリベルタの姿勢だ。

 ――そこで楽市楽座の銀行だ―― 

 ヴァルハラの企業でありながら商品はグルメロワーヌに頼っている。

 しかもグルメロワーヌは黒鉄屋という投資銀行を持っている。そこで楽市楽座の通貨を運用するなら、間接的にその通貨はグルメロワーヌが保有していると言っても過言ではない。

 ヴァルハラに喧嘩を売っているのか?

 それならこれまでも対決姿勢は取り続けて来た。実際グルメロワーヌはヴァルハラへの食料供給の元栓を締めて干上がらせようとしている。何が事態を急転させているのか?

 ――難民問題だ――

 オーウェンが反対したヴァルハラの貧困対策。

 現在難民や偽装難民がサンタマージョ白虎に押し寄せ、リベルタの支援物資を高額転売して利益を上げている。

 その多くがドル取引だし、その物資のお陰でヴァルハラは決定的な飢餓状態を免れている。

 しかしヴァルハラでドルと楽が同時に使われるようになったらどうなるか?

 しかも価値が一定の楽は安定的にグルメロワーヌから物資を仕入れる事ができる。

 ――そうなれば支援物資の高額転売は儲からなくなるだろう―― 

 偽装難民たちはわざわざサンタマージョ白虎まで行ってまでビジネスをしようと思わなくなるだろう。

 アルセーヌ・リッシモンは偽装難民たちの「動機」を破壊しようとしているのだ。

 ――とはいえそれでVCBは岸の馬鹿な経済政策に付き合わされずに済む――

 楽市楽座が市場を席巻するようになればドルの存在感は薄まり、デノミネーションがしやすくなる。

 岸は楽市楽座を買おうとするだろうが、そうなれば楽市楽座はグルメロワーヌに身売りする可能性すら出て来るだろう。

 ――さて、最後にリングに立っているのはどっちかな――

 オーウェンが零番街のゼニコで戦うのはその戦いの勝者となるのだ。

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