第7話 祈祷師の定め
その後、三人が山を降りたところで、車による出迎えがあった。水城浦家が雑用に使用しているアルファードで、葉一も何度か見たことがある。麓に置いてきた二台の自転車は既になく、別の車両に回収されている様子だった。
次いで、そのミニバンの後部座席へと、晶乃が真っ先に乗り込む。同時に、娘の身体をフラットになっているキャプテンシートへと静かに寝かせていた。そんな一連の行動を見てから、葉一が最後に助手席へと乗り込む。運転手はそれを確認すると、即座に車両を発進させていた。
目的地は、やはり水城浦家の屋敷のようだ。ただ、その間、車内はほぼ無言の状態。晶乃は優しい瞳で娘の顔をずっと見つめており、入り込む余地は全くない。葉一はただ悶々とした心理状態のまま、屋敷へと戻ることになっていた。
やがて、アルファードは大きな門扉を潜ると、純和風の豪邸の前で停車。同時に、車両のスライドドアが自動で開くと、乗った時と同じ順番で降りる。今度は晶乃が一人で娘を抱えて屋内に向かっていたが、その中へ入る前に、運転手へと指示を出していた。
「そちらの方は、客間にお通ししてください。大事なお客様なので、丁重に」
「承りました、奥様」
その返事を確認すると、親子は揃って姿を消す。次いで、運転手であるその初老の男性は、指示通りに客人をもてなしていた。
「……さ、こちらです。どうぞ」
一方の葉一は、とりあえずそれに従う。
「……はい」
小さく呟くと、恐る恐る屋敷内に入っていた。
まず大前提として——
葉一はこの一家をよく見知っているため、身の危険は特に感じていない。お互い、知らない間柄ではないのだ。ただ、今回は明らかに事情が違う。ここまで素直に付いてきてしまったが、これからなんの話があるというのか。それが不安で仕方がなく、知っている場所なのに、思わず挙動不審になっていた。
やがて、葉一は大きな和風の居間に通される。そのまま運転手の指示通りに座布団へ腰を下ろしていると、相手はここで姿を消していた。
そのまま、しばらく一人きりになる。
「……そういえば、ここって初めて入ったよな」
葉一は静まり返った室内を見渡していたが、特に興味を刺激されるような調度品もなかった。そのため、改めて自身の今の状態を確認。
「……というか……僕……本当に女の子だよ……このあと、どんな顔をして家に帰ったらいいんだ……?」
とにかく、今後の展開が気掛かりでしかない。息子がいきなり娘になって帰ってきたら、家族にどんな顔をされるのだろうか。近所の人達はどんな反応をするのだろうか。春からの進学先はどうなるのか。少し考えただけでも、もうこれだけ大量の問題が押し寄せてきており、直近の未来を想像しただけで暗鬱になっていた。
そこで——
「——お待たせしました」
不意に、晶乃がやってくる。
「⁉」
葉一が慌てて振り向くと、相手は半月盆に二人分の湯飲みと軽食を乗せながら、いつもの笑顔で居間に入ってきていた。
「まずは一服どうですか? おいしいお茶菓子もありますよ」
そう勧めながら、目前のテーブルの対面に腰を下ろしていたが、一方の葉一は小さく首を横に振る。
「……いえ……今は何も喉を通る気がしません……」
すると、晶乃は納得した様子で小さく頷いていた。
「……左様ですか。確かに、まだ慣れないですよね。急に性が変わってしまわれたのですから」
この反応を見て——
「——ッ!」
葉一は瞬時に悟る。おそらく、目の前の人物が全ての事情を知っていることを。また、この事態を仕掛けた張本人であろうことも。その理由は全く分からない。ただ、そこで身を乗り出し、まずは追及しようとしていた。
「——あの……!」
「はい。何か?」
「……率直にお聞きします。僕達二人に起こった現象……どういう理屈なのか、認識しているんですか?」
この最も重要な詰問に——
「……ええ。もちろん」
晶乃はしっかりと頷いてみせる。
それを確認して——
「——だったら——!」
葉一がすぐさま解決方法を求めようとしていたが——
「——その前に」
と、晶乃が掌を上品に突き付けてくる。
「⁉」
一方の葉一がそこで思わず言葉を切っていると、相手は変わらない笑みで口を開いていた。
「……少しばかり、こちらの話を聞いて頂けませんか?」
「え……?」
「まずは……これを見てください」
そして、懐中から小さな冊子を取り出すと、それを目前のテーブル上で滑らせていた。
「これは……?」
一方の葉一がそれを怪訝そうに見つめる中、晶乃は表紙を指差す。
「見ての通り、母子手帳です。無論、私とその赤子のものです」
「……?」
「とにかく、その表紙をご覧になってください」
そのまま促していたため、葉一は恐る恐るそれを手にしていた。
「……拝見します」
次いで、指示された通りの場所に目を落とす。
その直後——
「——え……?」
明らかな違和感を覚え、その理由を口にしていた。
「……水城浦……京華……?」
表紙の下部。そこに記載されている母親の名前は、間違いなく晶乃だ。しかし、その子として記載されているのは、自分が知っている親友のものとは微妙に違う。この齟齬に葉一が疑念の視線を向けると、相手は小さく頷いていた。
「……はい。あの子が生まれた時に作成したものです。ちゃんと正規のものですよ」
これを聞いても——
「⁉」
葉一には理解ができず、思考が止まってしまう。それには構わず、晶乃は真実をいきなり目の前に提示していた。
「……実は、今まであなたが友人だと思って接してきた男の子……本当は女の子なんです。これは本人も認識していない真実なのですが……今まで騙すことになってしまい、本当に申し訳ありません」
が——
「——ち、ちょっと待ってください……!」
葉一には、すぐに受け入れることができない。
「あ……あり得ないです! 僕は……確かに、彼の幼少期は知りませんけど……絶対にそんなことは……! 響也も……状況は僕と同じなんじゃ……!」
その脳裏では——
中学時代における親友との思い出が、一気に蘇っていた。他の男子となんの遜色もない存在。いや、むしろ、最も男らしい存在だった。
プールの授業の時には、着替えの最中にお互いの裸体も確認している。間違いなく男子の身体だったはずだ。
それが——本当は女子なのだという。
もう——意味が分からなかった。
だが、一方の晶乃は気にせず続ける。
「……もちろん、あなたが知っている水城浦響也は、確かに男の子でした。それは間違っていませんよ」
「⁉」
「……間違っているのは……うちの旦那の方です」
「え……」
と、葉一がキョトンとしていると、相手はここで少し話題を変えていた。
「和泉君。あなたは我が家の家業のことを、どこまで知っていますか?」
「……有能な祈祷師ということぐらいしか……」
なんとか発したこの回答を、晶乃は手短に是正する。
「実際には、呪術師に近い存在です」
「な……⁉」
「扱っている術式は、正確には
「……代償」
葉一が短く繰り返していると——
晶乃はここで最も重要な事実を告げていた。
「はい……我が家系の者は、子を一人しか残せないのです」
「!」
「……私達夫婦も、それは例外ではありませんでした。夫と結婚をしてから一人の女児を授かりましたが、それ以降は一度も妊娠はしていません。ただ……実は、夫は男の子の方が欲しかったようで……」
「え……」
と、そこで葉一がやっと何かに辿り着く中、一方の晶乃は悔恨の念を抱きながら静かに語っていた。
「そこで……二人で話し合った結果、一定の期間だけ男子として育てることにしたのです。我が家の秘術を用いることで」
「な……⁉」
「京華は……産婦人科を退院した次の日から、響也として生きることになりました。あなたが知っている男子は……その虚飾によって作られた幻影なのです」
既に想像はできていたが——
「……ッ!」
葉一は言葉を失うしかない。親友と今まで築き上げてきた思い出。それが、一瞬で瓦解した瞬間だった。
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