子供嫌いの桜田君【完結済】
裕福な貴族
第1話 子供は嫌い
子供は嫌いだ。
桜田は心の中でそう思いながら、目の前の惨状を無心で見つめる。
言葉が通じない上に、意味の分からない不合理な行動をとる。自分勝手に行動し、他人に迷惑をかけることを
言語による意思疎通が出来る部分こそ、人間が優れていると言われる所以である。
では、意思疎通が困難な人間は、果たして人間と呼べるのだろうか。
「だぁぁってぇ、おもちゃとるからぁぁぁ!」
「おれがさきにとぉったもんんん!」
……子供は嫌いだ。
〇
大学二年生の夏。桜田は知人の紹介で、児童館【ハレルヤ】でアルバイトをすることになった。
知人
桜田は特に趣味も無く、友達とも毎日のように遊びに行くわけではない。膨大な時間を持て余した桜田が出した結論は、とりあえず身体を鍛えよう、であった。
こうして無駄に磨かれた肉体を抱えながら日々を過ごしていた桜田を見かねた知人が、アルバイトとして紹介したのが、児童館である。
「桜田君だね。館長の
こうして夏休みを児童館【ハレルヤ】で過ごすこととなった。
しかし、ここで一つ。重大な問題が発生したのだ。
子供が嫌いという、致命的な問題が。
何を考えているか分からず、無秩序に暴れまわる得体のしれない生物。桜田が子供に対して抱く印象とは、そんなものである。
それでも桜田は、懸命に自分に与えられた仕事をこなしていった。
わがままに、自分勝手に動き回る子供達を見守りながら、遊び相手として日々奮闘していった。
顔に、カチコチに固まった作り笑いを張り付けながら。
「……疲れる」
休憩室に入ると、桜田はそんな小言を口から漏らす。
それもそのはず。自分が精神的ストレスを感じる場所に、作り笑いを浮かべながら苦手な子供たちの相手をする。桜田にとってしてみれば、新手の拷問かと疑いたくもなる。
さらに皮肉なことに、桜田は子供たちから気に入られてしまっていた。
平均よりも体格の良い桜田は、子供たちからすればどんなに遊んでも壊れない最高の
「お疲れ様~。いやぁ、桜田君が子供の相手をしてくれるおかげで職員はだいぶ楽できてるよ。書類仕事に専念できるし、本当にありがとう~」
「……それは良かったですね」
館長の里見が桜田に対して感謝の念を述べるが、桜田からしてみればそんなつもりはない。
群がる子供たちを相手にしている間に、いつのまにか職員たちは書類仕事に取り掛かっている。
言ってしまえば桜田は、獣の群れに投下された撒き餌であった。
「あ、そうそう。今度新しい子が児童館に来るから、気にかけてくれるとありがたいかな」
「新しい子ですか……」
この状況でさらなる追い討ちか。
「期待してるよ~」
「……爽やか鬼畜メガネめ」
桜田が小声で、思いつく限りの悪態をつく。
里見は聞こえているのかいないのか、爽やかな笑顔を浮かべたままであった。
桜田がいつも通り、貼り付けた作り笑顔で子供たちの相手をしていると、玄関から一組の親子がやってきた。
そしてその後ろには、父親だろうか。黒スーツに身を包んだ、何やら堅そうな印象を与える男性が立っていた。
里見館長が何やら黒スーツの男性と挨拶を交わし、母親と共に応接室へと入っていく。
その時、里見がこちらに向かって声をかける。
「桜田君。この子、初めて児童館に来たから、色々教えてあげて~」
「え、はい?」
唐突にこちらに話を振られ、桜田は何のことだか分からず曖昧に返事をする。
里見は親指を立ててサムズアップし、応接室の扉を閉める。ピシャリと扉が閉められたことによって、廊下には桜田とその子の二人だけになってしまった。
あのクソメガネ。
そう内心でむかつきながら、桜田は笑顔で子供に話しかける。
「初めまして~桜田だよ! お名前はなんて言うのかな?」
「……」
桜田、渾身の笑顔による挨拶。しかし、こうかはいまひとつのようだ。
笑顔にひびが入る。
「……どこから来たのかな~?」
「……」
馬の耳に念仏という言葉があるが、それよりも酷いのではないか。そう感じさせるくらいに、全くと言っていいほど反応を示さない。
口角がピクピクと痙攣する。
正直に言って、泣きそうである。
「……よーし! それじゃあ児童館を案内するから、ついてきてねっ!」
もはややけくそである。
桜田は元気を振り絞り、この無口君を連れて児童館の案内を開始する。図書室や運動室、ゲームコーナーなどを回っていく。
無口な子は、一応は児童館を見回る気はあるのか。文句を言わずに後ろについてきている。
不思議な子だ。これ程までに自分の意思を主張しない子供も珍しい。
自分が苦手だと感じていた自分勝手に騒ぎ立てる子供とは違う、得体のしれない別種の苦手意識を桜田は感じていた。
「あ、あくらだぁ!」
その時、子供の一人がこちらの存在に気付き駆け寄ってくる。この児童館の中でも、やんちゃ坊主で名の知れたクソガキである。
面倒くさい奴に見つかったと思いながら、桜田は笑顔で対応する。
「さん、または先生ね? この子は新しく児童館に来る事になったんだ。仲良くしてあげてね」
「ふーん」
クソガキは桜田の後ろに隠れていた無口君の姿をじろじろと眺めると、やがて満足したように手を前に突き出す。
「よろしくっ」
このクソガキは、自分より強そうな人間や偉そうな人間が気に食わないのだ。だからまず初めに、品定めを行う。
どうやらこの子供は、自分が張り合うに値しないと判断したらしい。
明確に下。そう判断して、偉そうに握手を求める。
「……」
しかし、無口君はその握手を無視する。
正確には、聞いていたのかもしれない。それでも、事実として無口君は差し伸べられた手に手を伸ばそうとすらしなかった。
その状況が、相手の精神を刺激する。
「なにむししてんだよぉっ!」
「……ッ!?」
クソガキが、無口君を突き飛ばす。
それは自分より下だと判断した人間が、生意気に言うことを聞かなかったからだろう。
自分に都合のいい方向に事が進まないと気が済まない子供は、そう珍しくは無い。
「コラァッ!」
桜田は大きな声で怒鳴る。
今のは駄目だ。
子供を何も考えずに怒ってばかりなのは駄目だが、怒るべき時にはしっかり怒らなければならない。そうしなければ、子供の成長に繋がらない。
事実、クソガキも怒られたことによって、自分のしてしまった事に気付いたようだ。
子供は時として感情的に行動し、問題を起こす。
だからこそ、その行動は間違っていると教えなければならない。
「大丈夫かい? 怪我はない?」
しかし、今は突き飛ばされた無口君の方が心配だ。
桜田は無口君の傍にしゃがみ、怪我は無いか尋ねる。幸いにも、尻餅をついただけで大きな怪我は見当たらない。
桜田はホッと安心し、無口君を起こすために手を伸ばす。
無口君はその手をじっと眺めた後、おそるおそる握りしめる。
無口君を引っ張り上げるその時。
桜田は見てしまった。
シャツが
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