第5話『行方不明』


「――とまぁ。これが我が国最強の特Sランクパーティー『灰色の牙』最新のダンジョン攻略記だ」



「「「…………………………」」」



 言葉が出なかった。

 ダンジョンの奥。


 そこにあんな機械文明があり。

 あんな恐ろしい存在が待ち受けているなんて。

 想像すらしていなかった。





「この映像だと誤解を生みそうなので補足しておきますが。『灰色の牙』は攻略失敗後、ダンジョンの外で眠らされた状態で放置されていました。命に別状はありません」


「と言っても、相当なトラウマを植え付けられたらしくてな。これ以降の『灰色の牙』はダンジョンに潜れなくなった。なんでもダンジョンに入ろうとするだけで謎の震えが止まらず、無理に入ったらその場で気を失うようになったらしい。おそらく何かされたんだろうな」


「……生きてはいるのね。普通なら死んでるはずだし、後遺症がその程度なら幸運ね」



 同感。

 あの状態から『灰色の牙』さん。復活させてもらえたのか。

 映像に映っていたあの少女。


 侵入者は抹殺って感じだと思ったが意外と優しいのか?



「それにしても……ねぇビャクヤ。あの魔術……」


「あぁ。俺もそう思った」



 ダンジョン最深部に居たあの少女。

 彼女が詠唱していた意味不明な呪文。

 あれには聞き覚えがある。


 あれは――



「お前達に関する事はクランクから聞いている。クロウシェット国。その水面下で暗躍し続けていた帝国三騎士のレゾニアとやり合ったんだろう?」



 王様が少し真剣な様子で語りかけてくる。

 そうか。

 やけにこっちの事情を知っていると思っていたら、俺がクランク兄さんに話したことはそのまま王様にも伝わっているらしい。


「そこでレゾニアが使った魔術はお前達が見た事すらない魔術だったという。……どうだ? 映像の最後に映っていた少女の魔術。レゾニアが扱っていた魔術はあんな感じのものなのか?」



 映像に映っていた少女の魔術。

 レゾニアが扱っていた魔術。


 それらが同じようなものなのか聞いてくる王様だが……正直返答に困る。

 だって、本気を出そうとしたレゾニアの魔術はお仲間によって止められてたからな。

 俺もリルもレゾニアの謎詠唱付きの魔術を見てはいないのだ。


 おそらく、その辺の事はクランク兄さんにも話していなかったので、そのまま王様にも誤解されているのだろう。



 ただ。



「あの聞き取れない詠唱。確かにレゾニアもあんな感じの言語を発してましたね」



 映像の少女の詠唱とレゾニアの詠唱。

 感覚的にアレらは同じ言語であると。

 そんな気がする。



「やはりそうか」


「陛下。アレは……」


「俺達の知らない技術。知らない魔術。それらがあの部屋には詰まっていた。そして帝国はそんな技術の一端を既に持っているらしい。これについてどう思う雪うさぎ?」


「非常に危険かと。近年は大人しかった帝国。もしかしたらダンジョンに眠るこのような技術を取り入れていたからなのかもしれませんね」


「そんな帝国が動き出した。しかも帝国三騎士とやらの実力は単体で特Sランクパーティーを軽く凌駕するものと思ったほうがいいだろうな」


「『灰色の牙』が挑んだあの少女。あんな少女みたいのが他のダンジョン最深部にも居て、それらを帝国が真の意味で攻略してダンジョンに眠る技術を取り込んでいったのだとしたら……最低でも帝国三騎士は映像の少女以上に手ごわい存在と思った方が良いかもしれません」


「今、奴らの矛先はクロウシェット国に向けられている。だが、それが終われば今度はウチかもしれない」


「そうですね。それにクランク君からの報告によると、帝国には魔物を操る技術まであるそうです。その技術運用にあたり対魔物結界を張れる聖女の居るクロウシェット国が目障りなのでしょう。だからこそ隣国というのもあり狙われている」


「魔物を操る技術か。それについては確かに聞いているが、その装置は確かこいつらが奪ってくれたんだろう? そうだよなビャク坊?」



「はい!? いや、まぁ。確かにその装置はレゾニアからティナが奪いましたけど……」



 いきなり話を振られて少しビクっとしてしまった。

 魔物を操る技術。

 それはティナがレゾニアから奪ったあの銀色のカードの事だろう。


 あの後、ティナはあのカードを見せてはくれるものの決して手放そうとしなかった。

 俺が命令しても手放さないのだから、相当気に入ったのだろう。

 俺はそんなティナの様子をチラリと見て――。



「あれ?」


「どうしたのビャクヤ?」


「いや、なんでも……ない?」


「なんで疑問形なのよ。ま、いいけど」



 部屋の中を見渡す。

 今も真剣な様子で話し合っている王様と宰相様。

 その話を同じく真剣に聞いているリル。


 部屋の隅で待機しているクランク兄さん。



 部屋の中に居るのはこれだけ。


 あれ? ティナは?


 さっきまで傍に居た気がするんだけど……。



「一つの装置が壊れたからと油断するのはマズイでしょう。帝国には魔物を操る技術がある。そう想定したうえでこちらも動かなければ」


「ふむ……。ならばクロウシェット国が帝国に敗れれば。その後はどうなると思う?」


「その後、帝国がどう動くかは不明です。ですが、帝国のこれまでの動きをみるにロクな事にはならないでしょうね。最悪、帝国は敵対する国に魔物を送り込むだけで大陸制覇を為せてしまう」


「それは……あまりよろしくない事態だな」


「ええ。だからこそ動くなら帝国の視線がクロウシェット国へと向いている今しかないと思います。幸い、帝国の精神的支柱は帝国三騎士の存在に集約しています。彼らさえなんとかすれば――」


「だが、やつらの力は人外のそれだ。生半可なやつを向けても死体が増えるだけだぞ?」


「なればこそ、帝国三騎士がもっているであろう技術や魔術を我らも得なければ太刀打ちは難しいでしょうね。幸い、か細い道筋は整っています」


「ロイヤルガードも動かすべきだろうな」


「しかし、それにも時間がかかります。ですので」


「ああ、そうするしかないだろうな」



 王様と宰相様が話し合っている中。

 俺は部屋の隅で待機していたクランク兄さんの肩をちょんちょんと突つく。



「ねぇクランク兄さん。ちょっといいかな?」


「お、おいビャクヤ。お前、少しは空気読めよ。今は俺なんか相手してる場合じゃないだろ」


 小声で責めてくるクランク兄さん。

 だが、今はそんな事はどうでもいい。



「ねぇクランク兄さん。ティナがどこ行ったか見てない?」


「ティナ? あー、あの銀髪赤目のお嬢さんか?」


「うん」


「どこに行ったもなにもそこに……アレ、居ねえ。いつの間に。って。気づかなかったが扉が開いてる?」



 この部屋にある扉。

 それが少し開いている。

 子供が一人入れそうなくらいの隙間。


 つまり――ティナが通れそうなくらいの隙間だ。



「まさか――」



「ビャク坊。それにビリビリ姫。それと……んん? あれ? 不思議ちゃんはどこ行った?」


「陛下。何を言って……あれ? おかしいですね。確かにさっきまでそこに居たはずなのに……」


「はぁ? あんたら一体何を……。って本当だわ。いつの間に。ティナったらどこに行ったのかしら? ねぇビャクヤ。アンタ何か知ってる?」



 遅れてティナの不在に気づいた王様、宰相様、リル。


 俺の記憶が正しければ、確か宰相様の映像を見せられる前はここに居たはずだ。

 つまり、ティナが居なくなったのはその後。



「ティナと同じような魔術詠唱を使う女の子……」


 ダンジョンの最深層にて立ちはだかる謎の少女。

 謎の魔術詠唱を使い、未知の魔術を扱うティナと少女。


 そして――未だにその出自がハッキリしていないティナ。



 確証はない。

 ただ、もし記憶喪失のティナがさっきの映像を見て。

 あの少女を見て、何かしらの記憶が刺激されたのなら。



「王様。それに宰相様。さっきのダンジョンの場所。急ぎで教えてもらっていいですか?」


「はい? それは一体どういう……。いや、まさか――」


「お、おお。こちらとしてもお前らに攻略してもらって強くなってもらいたいと思ってたから構わないが……待て。今それを言うって事はあの不思議ちゃん。一人で行ったのか?」


「ティナが? 一人で? あの子が一人で勝手にどこかへ行くなんて。そんなことあるはずが……」


「確証はないですけどね。でも、もしそうだとしたら急がないと。だから至急、お願いします」


 そうして。

 俺とリルは王様達から映像にあったダンジョンの場所を聞き出し、足早でその場所へと向かった。


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