第69話 あとがき

 自身の妻は広島の出身で旧姓を多田と名乗っていました。


岳父の生家は兵庫県にあり、本家・分家などの言葉も耳にしたことがありました。


 歴史が好きな者にとって清和源氏と言えば奥州征伐で活躍した源義家、源平合戦の義朝、鎌倉幕府を興した頼朝などが思い浮かぶ。


戦国期の武田信玄などは、新羅三郎義光の末裔を誇りしていた武門の名家のイメージがある。


 興味があって調べて見れば、清和天皇-貞純親王-源経基-源満仲と系譜がわかります。


 この源満仲が都を離れて、摂津多田荘に拠を移して多田満仲を称したとも記されていました。


その頃は、都で力をつけて他に嫉まれていたようで、争乱は起こさずに都を去った深慮のある人物程度に思ってました。

 

 その岳父が亡くなり、葬儀に本家の親類も参列するとのことでしたので、この機会に清和源氏のことを聞いてみようと思いました。


葬儀も終わり、送迎バスの中で親類の長かと思える方に話しかけました。


「神戸で多田と言うと、皆さん清和源氏の末裔にあたるのでしょうか?」


すると答えは即座に、「そうだよ。良く知ってるね」と。


「自分は歴史に興味があるので、まさかと思って聞いてみました」


すると周りに座っていた親類と思われるおば様方が、一斉にこっちを見て「そう、そう」と言ってきました。


 その時分、某大河ドラマで『平清盛』を題材にしたものを放送していました。話の中に鹿ケ谷の陰謀があり、後白河上皇が清盛を失脚させる企てをするいうものです。


 その中に、多田之綱と言う人物が加わっており、その企てを清盛に密告しています。


密告は家祖、いえ、話の中でも記述した源家の伝統芸で、それが世の中の転換期に当たる事件の重要な役割を担っていたんだなと思っていました。


 源平合戦における鵯越ひよどりごえで断崖から馬を駆って、平家を急襲した義経の話は有名ですが、その人物は之綱であったと言うことらしいですね。なんて話をすると、皆さんとても嬉しいそうに目を輝かせていました。


 歴史上の源家は、兄弟、親類が争う怖いイメージがありましたが、車中で和気あいあいに話し合っている姿に微笑ましい思いがしました。


 ひとりのご婦人から「なかやまさんには行ったの?」と言われて、何のことか分からなかったのですが、「行ったことないです」と、その場を繕ってしまいました。


後で調べて見ると、多田源氏の菩提寺の中山寺であることがわかりました。


 自身の知識の浅さに恥ずかしい思いをしたものでした。


いつかこの辺りのことを題材にして物語を作りたいなどと思ってました。


 

 それから時が経って、世の中がコロナ感染で外に出る機会も少なくなりました。


家でテレビやネット配信でドラマを見る機会も増え、三国志や水滸伝などを見て内容に関心していました。


 その中で中国や韓国の宮廷ドラマには世の女性がはまったように、のめり込んでしまいました。


 物語りの構成に以下の要素があり、見ている者を引き込むんだなと感じました。


①主人公が低い身分から高い身分にのし上がってゆく

②宮廷内の覇権争い(他を失脚させたり、時には暗殺を行う。)

③家を興すために自身やその子を次の権力者にするための画策

④権力者に娘を嫁がせ、その子を次の権力者たる者にするため、旧知の縁を切らせる

⑤権力、財力を伴った男女間のきらびやかな世界観

 

 日本の史実にこのような人物、時代背景がないものかと思っていました。


 ある時、何か調べものをしている時、ふと『源能有』の文字に目が止まりました。


はじめは誰かわかりませんでした。調べみると、文徳天皇の子で、母の身分が低いことから親王の称号も記録に残っていない。


 八歳のころ、藤原氏の策略で臣籍降下させられて、下賜された拝領地に母とともに都を去る。


この母の悔しさは、いかばかりであったかと思いました。母はなんとか息子を一人前にしようと、親類で力のある者の娘を娶らせたり。


一族の伴善男に頼ったりと、いつか藤原氏を失脚してくれると信じて日々を過ごしていたのであろうかと。

 

 能有は地方官を真面目につとめ、善男の後押しもあり、都の官職に就くまでになる。


そんな母の思いとは別に善男の思いを知り、帝のためと藤原氏にも協力を惜しまない。そんな能有を藤原基経が気に入る。


基経からの信頼が厚くなることで、その娘を娶る。生まれた娘が清和源氏の始祖とされる子を生みその血脈を繋いで行く。このとき、気になっていた源氏と言うものの一方の側面が見えてきたような気がしました。


母は名も残っていないが、伴氏の出であることは事実なようです。

 

 清和源氏が武門の名家と言われる源流を辿ると、この母の生家が大伴氏にあたると考えられる。蝦夷征伐で有名な坂上田村麻呂の上官であった大伴弟麻呂、歌人として有名な大伴家持などもこれに加わっている事からも良くわかる。


 かつて天皇のそば近くで武門の家柄として仕え、その功績から門の名称(大伴門)を許される程のものとなった。


後世の源氏の活躍は、この能有の存在が大きい。これを物語りとして描きたくなりました。


 天皇の子として生まれた能有は、天皇家と氏族たちの間を誠にうまく取りまとめた。晩年は一人で大臣職をこなしており、結果的にその生真面目さが寿命を縮めることになったのでありましょう。


 能有の早すぎる死が、その後に右大臣となった菅原道真を不遇な道へ歩ませることになってしまう。


清和源氏を語る上で、この人物を知らなくてはならないと思いました。


 そして物語の重要人物にあたるのが、能有親子を臣籍降下したのが、基経の養父藤原良房。この人物なくして能有を語れないと考え、良房を主人公としました。

 

 自身の孫を皇太子にするため、能有たちの臣籍降下を画策した。はじめは他家を排斥するなど策士のようであまり、好印象ではありませんでした。


 桓武天皇の死後、その意向によって天皇兄弟間で継承されてゆく。そのことで権力欲も重なり、臣下同士で争い事が起こって行きます。


天皇継嗣には外戚にあたる藤原家が大いに関わっている。


その藤原氏も南家、式家、北家、京家とわかれており、表立っては協力しているが、隙あれば失脚させるなどを繰り返している。


 北家は大臣職を輩出するも、代々皇后になるものは南家、式家の娘になっている。


北家の冬嗣はその子良房とともに、本来皇位はその子が継承する直系王朝だと考え、自身の娘を皇室に入れて代々その子が継承するよう暗躍する。


父の死後、若い良房はまだ政治的な力が弱く、一族に頼れるものが居ない中、味方になってくれるのは嘉智子上皇后ただ一人。その中で苦悩し、自らの命運を切り開いてゆく。

 

 承和の変を切っ掛けに、運命は良房に好転する。他の氏族だけで無く、宿願であった式家も退けて北家を政治の中心に導いてゆく。


妾など持たず、ただ目的のために懸命に生きた良房に好印象を持ちました。


 北家を政治の中心にと活躍する良房の生き様、それに関わる天皇を含めた様々な人物の人間模様を前編に、その良房によって人生を変えられた能有が残した功績を後編に物語を作ろうと思いました。

 

 また、在原業平は「源氏物語」に登場する光源氏のモデルと伝えらています。父である阿保親王は容姿が良いことから、女性に人気があったのは間違なさそうです。

許されざる高子との恋愛関係からも、その事が良くわかります。


だが、その生い立ちを考えれば「源能有」も物語のモデルとなったと考えられる。


帝の次男として生まれ、皇位継承から除籍された上に都から追い払われる。苦難の末、都に返り咲く。


そこで能力が買われ、時の権力者の基経に認められる。右大臣になった能有は基経亡き後の一時、太政官の最高権力者となる。


その生涯は光源氏と言える。策謀家の一面があった源光の存在も気になります。


桐壺帝、頭の中将のモデルが誰であるかも何となく想像できる。その他登場する人物が歴史上実在する者に重なる場面も見受けられる。


 紫式部は彼ら歴史上の人物を巧みに取り込み、時の権力者の道長をも唸らせる物語を作り上げた。道長の時代には源満仲、その子らが活躍した時代であり、「源氏物語」たる所以なのであろうか。


今では当たり前のスピンオフの物語「玉鬘十帖」まで作っており、天才と言わざるを得ない。中国の水滸伝にもスピンオフの物語もあるが、それより前の時代に彼女は作っている。


自分などは足元にも及ばない作り手であったのかと改めて思い知らされました。



 最後になりますが、史実を知るために『六国史』を読みましたが、天災の記載は多く書かれています。


嘉祥三年(八五〇年)に近畿地方に発生した大地震。仁明天皇がこの年に崩御している事から作中では、この地震が原因で亡くなったとしました。


貞観八年(八六九年)に三陸沖で起きた大地震では、多くの人が亡くなったと記されています。


仁和三年(八八七年)に発生した高知付近で発生した地震で、南海トラフ沿いの巨大地震と言われています。史実では直前までに体調が良くなっている事から、この地震が原因で光孝天皇が崩御したとされています。


それらを二十一世紀の現代に当てはめると、以下になります。

平成七年  (一九九五年) 阪神淡路大震災

平成二十三年(二〇一一年) 東日本大震災

近頃のニュースで南海トラフ地震が、三十年以内に発生すると報道されています。

平安時代の出来事から推測すると、あと数年後には発生する可能性があることを示唆しています。

日頃から備えを十分にしておくことを教えてくれています。



 二〇二三年三月

                            著者

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