平安京の双璧 摂関家・清和源氏の氏祖物語
従五位下武蔵守
第1話 北辰の雄、現る
ひとりの若者がその父と
有力な貴族が後継者とする息子に
父親はその身なりからして、かなり身分の高い人物と伺える。
「良いか。武具は常にこのように綺麗に磨かれてなくてはならぬ。いざという時に役に立たなくては困る。手入は下のものの仕事になるであろうが、不行き届きを叱責することも必要じゃ。だが、たまにこうして自分の手で正しきあり様を示すことも大事なことぞ」
「かようなものでありましょうか?」
「叱るばかりでなく、時にはそういう姿をみせることも必要と言うことよ」
「はい。父上の教え、しかと肝に銘じます」
暫くすると父親の姿は見えなくなり、若者がただひとり武具の手入れをしている。ときおり刀剣を振りかぶるその姿が、凛々しく勇ましい。
まだ秋になったばかりで、涼しげな風がやさしく吹いている。
ここは左京区にある
日が中天にかかった頃、
貴婦人は通りすがりにふと目を外に向けると、若くて様子のいい
背丈も一般のそれより高く、面立ちも秀麗で気品のある顔立ちだ。
牛車を傍らに寄せて止めさせ、外に控える
「あの若き男の子は、たれじゃ?」
「はい。右大臣
「左様であったかの。右大臣卿の嫡子と申せば、武骨な感じなものであったような」
「お后さま、それはご長子の
「ほう。なんと端正な面立ち、われの好みじゃ。近々に、わらわのところに連れてまいれ」
皇后もまだ三十四の女盛り。若い男に興味があってあたり前、容姿が良ければ尚更のこと。しかも義理ある冬嗣の子なれば尚更、会って話をしてみたいと興味深々のありさまである。
(まさか冬嗣殿の子とは。陛下の信頼厚い右大臣卿の倅なれば、早いうちにこちらのものにしておかねば。あれなれば兄より人を惹きつける魅力がある。我が皇子はこの後どうなるものかわからぬ故、いずれは子らの後ろ盾になってもらわねば)
この貴婦人、嵯峨天皇の妃で
古来、皇族から臣籍降下して、橘氏となった有力貴族の娘である。嵯峨天皇の
皇族以外の氏族で初めて摂政となり、後の藤原氏の摂関政治の礎を築いた人物である。
天皇家の継嗣に大いに影響を与え、天皇を輔弼しつつ、政治の実権を掌握する。
この嘉智子皇后陛下との出会いが良房の生涯に多いに影響を与える事になる。
現代より遡ること、一二〇〇年前の
弘仁十二年(八二一年) 平安時代
唐の国より持ち帰った律令制度を基盤に国家なるものを築き上げて、いまだ一世紀に満たない。亡き桓武天皇が、この地に都を遷してより、四半世紀が過ぎ去る。
ここは文化の中心地、平安京。
かつての平城京は河川に恵まれていないため、農業や飲料水などの生活水、運搬、河川交通など流通の便が良くない都であった。
次に遷都した長岡京は河川に恵まれていたが、反面洪水に苦しめられた。
この都は東西に桂川、鴨川に挟まれた、それらの欠点を克服する立地条件として選ばれた。
政は天皇を中心に、貴族から選ばれた官僚らがこれを輔弼する。
今この国は、桓武帝の第二皇子の嵯峨天皇が治める世となっている。
長子で兄の
一度疫病が流行れば、たちどころに多くの死人が出る。悪天候が続く年になれば、多くの餓死するものが出る。世の中はまだ安定していない。
空海は嵯峨天皇から高野山の金剛峯寺を下賜され、真言宗を起こし世の人を導いている。加持祈祷で諸役を祓うことができると人びとは信じている。
この平安京は東西四.五キロメートル、南北五.二キロメートルからなる王都。南端に入口となる高さ二十メートルを超える
門の周りは土塀のような城壁が一部あるが、数キロにおよぶ城内はほぼ城壁に囲まれてはない。隣国の唐とは異なり、敵に攻め込まれることを想定した造りにはなっていない。
門を潜ると
道幅が八〇メートルほどあったといわれるから、かなりの大通りである。羅城門を背にした左側を右京区、右側を左京区と識別している。その左手には西寺、右手には東寺がある。桓武天皇は仏教の力が大きくなることを恐れ、この都では貴族らが寺院を建立することを禁じた。
その先に西市、東市と呼ばれる食料品、衣類、生活雑貨を商う市場がある。更に北へ向かうと、官僚たちの邸宅が連なっている。
右大臣の冬嗣は、左京三条二坊に邸宅を構えている。自邸に戻った良房は、家人から呼び止められる。
「良房様、お母上がお呼びでございますぞ」
「わかった。何事か聞いているか?」
家人は首を傾げる。身なりを整えて、母のもとに急ぐ。
「母者、何か用にございますか?」
「良房殿か。先ほど皇后様の遣いの者がお見えになり、午の刻に
「後涼殿とは、如何なるところにございますか? 行ったことがありませぬ」
「さもあろう。そなたの身分では立ち入ることなど出来ますまい」
母親は少々子馬鹿にした物言いをする。
「からかわれているのですか。どのように致せば良いのでしょうか?」
「その事なれば、遣いの者が半時後に
「わかりました。では早速に行って参ります」
皇后のことをよく知るこの母は悪い話では無いと考え、快く良房を送り出す。
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