第165話芳香の両親の会話

平野保(芳香の父:大学教授)と和美(銀行員)は、圭太と芳香との電話を終え、話し合っている。


保は、肩の力が抜けたような、和らいだ顏。

「圭太君には、感謝しかないな、もちろん律子さんにも」

和美の目は潤んでいる。

「本当ですよ、圭太君が芳香を憎んで突き放しても、私たちは、文句が言えない」

「芳香が道路に飛び出さなければ、圭太さんのご一家は、幸せなまま暮らしたのだから」


保は苦しい顔。

「東京の築地と言っても、下町、昔ながらの噂社会だ」

「芳香をかばって、かわりに轢き殺されたのが、人気の高い立派な弁護士の田中隆さん」

「近所の人の相談に、献身的に乗って、救われた人も多い」

和美は泣き出した。

「田中隆さんを神様のように言う人も多かった」

「それなのに・・・あんなことになって・・・いや、してしまって・・・」

「私たちは、本当はここでは生きていけなかった」

「情けなくて、申し訳なくて・・・ご近所に対しても」


保の目も潤んだ。

「芳香も泣いて、お葬式まで、何も食べられず、学校なんて行けない・・・行ったら苛められるから」

「しかし、お葬式には、一家揃って、出ないわけにはいかない」

「そんな失礼はできない、どんな非難の目で見られようとも」

和美

「本当にご近所の目が怖かった、痛かった」

「お葬式に出たら、築地から引っ越そうと」

「芳香も小学校を変わろうと・・・決めていましたよね」

「俺も、学内で評判になっていて、大学を辞めることも考えた」

「それでも、文句は言えない」

「田中家の大黒柱を失う原因を作っておいて、のうのうと・・・そんな批判が出ることも気にした」


和美

「震える足で、最後に、お焼香・・・そして律子さんと圭太さんの前に」

「律子さんは、大泣きの私を、みんなの前で抱いてくれて」

「芳香は、圭太君の胸に飛び込んで、泣いて謝って」

「・・・圭太君は、やさしい顔で芳香を受け止めてくれて、髪の毛を撫でて」

「そうしたら芳香は、会場に響くほど、泣いて」

「圭太は、背中をずっと撫でてくれて」

「隆さんも、圭太君も、律子さんも、我が家全体の大恩人だよ・・・いや、言葉では言えないよ、表現が見つからない」

「感謝してもしきれない」

「だから、我が家としても・・・」


和美は、号泣。

「律子さんのことが・・・情けなくて」

「圭太君だけが苦しんで」

「私たちは何もできなかった」

「迷惑かけるだけかけておいて・・・」

「あんなに芳香にも親しくしてもらっておきながら」

「圭太君は、他人様に迷惑をかけたくない」

「そうじゃないと思うけれど、そう思ってしまった」

「苦しかっただろうな、一人で背負って」

「・・・圭太君一人で・・・直葬なんて・・・辛過ぎるよ、寂し過ぎるよ」

「律子さんも、圭太君も、いかに感染症の時期と言っても」


和美は、涙をぬぐった。

「明日は、隆さんと律子さんの前で」

「しっかりと報告を」

「圭太君を、命がけで支えます」

「その報告をしよう」

「喜んでくれるだろうか」

和美

「圭太君は、芳香を受け入れてくれました」

「芳香は、かなり強引に押しかけて」

「押しかけ女房そのもの」

「でも、圭太君でないと、芳香は生きられない」

「もちろん、私たちも」

「明日は、我が家の誠意を尽くそう」

和美

「ようやくですね、ここまでずっと」


芳香の両親の話は、長く続いている。


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