第127話佐藤由紀の失意と涙
佐藤由紀は、焦りと不安を感じていた。
それは、圭太の法事に出席した夜のこと。
母、芳子が、娘の由紀より、平野芳香と河合紀子の動きを評価していたから。
「あの若くて可愛い子・・・平野芳香さんは、圭太君とお母様の律子さんと、古い知り合いらしいね」
「笑顔も可愛い、さわやかで」
「挨拶も気持ちが良かった」
「それで、仕事ができる、キビキビと」
「タクシーの手配も手際がいいし、乗る人の誘導も感じがいい」
そこまで言って、由紀を見た。
「気後れしたの?」
「あ・・・いや・・・」
由紀は、言葉が返せなかった。
母、芳子は「人を見る目が厳しい」タイプ。
平野芳香に続いて、河合紀子についても、言及した。
「銀座監査法人の先輩で、河合紀子さんもいいね」
「大人の女、ものがよくわかっている」
「上品な挨拶でしたよ、育ちがいいのかしら」
「圭太君の動きの癖を良く知っている」
「だから、お返しを配る動きもスムーズ」
「相手の顏と名前を素早く覚えて、間違いもない」
「圭太君も、安心して、任せていた」
「さすが監査士仲間だね」
由紀は、ようやく反発した。
「私も監査士だよ、資格ある」
母芳子は、由紀の言葉が、情けない。
「でも、見ている限り、一番動きがモタついたのは、由紀」
「少し恥ずかしかったかな」
「圭太君は、まさか全員が律子さんの墓参りをするなんて、全く考えていなかった」
「だから、高橋美津子専務の耳打ちで、慌てた」
「さすがの圭太君も、坊さんにお布施渡したり、施主の挨拶の緊張もあって、そこまでは、気を回せなかった」
「その圭太君の珍しい慌てに、即反応したのは、河合紀子さんと平野芳香さん」
「おそらく、二人とも、法事の前の全員の会話を聴き取っていた」
「それで全員の墓参の意思を把握していたのかもしれない」
そこまで言って、母芳子は苦笑した。
「由紀は、一歩遅れたでしょ?」
「お手伝いの気持ちで法事に出席しながら、結局お客さんだったの、由紀は」
「ただ、お経を聴いて、焼香する、それでは単なる参列者」
「河合紀子さんと平野芳香さんは、参列者の意向を察して動いた」
「由紀は、慌てて、動いた」
「二人に負けないように・・・でしょ?」
「その差があるの」
由紀は、反論できなかった。
スゴスゴと自分の部屋に入り、ベッドに転がり込んだ。
「鬼母め・・・」
「でも、その通りだ」
「反論不可能、確かに一歩遅れた」
「芳香ちゃんは確かに可愛い、圭太さんとの深い関係は知らないけれど」
「確かにキレキレ、司法試験も受かるなんて、すご過ぎ」
「河合紀子さんは・・・もともと仕事ができる女で」
「だから、第一監査部か・・・」
「その時点で私は、負けている・・・悔しい」
大きな枕を抱え込んだ。
「これが・・・圭太さんならいいのに」
「でも、一歩も二歩も離され」
「高校の後輩だけでは、弱いかな」
「何か、アピールできるものが・・・」
「・・・ない・・・」
「感情的になるし、仕事はイマイチだし」
「酔っぱらって迷惑かけるし」
悔しくて、涙が出て来た。
「押し倒して、唇を食べたけど・・・」
「そんなの、何も既成事実にならないよ」
「すぐに、あの・・・できる女紀子か、可愛い芳香に、上書きされそう」
「私なんて、格下のダメ女かな」
「圭太さんには・・・届かないの?私では」
抱え込んだ枕は、みるみる涙で湿っている。
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