第36話築地商会岡田社長の安堵 圭太に由紀は難儀する
翌月曜日、圭太は築地商会の監査会場に、午前8時40分に入った。
(佐藤由紀が、「一緒に」とメッセージを送って来たけれど、「結構です、自分で行きます」と返した)
監査会場に入ると、監査チーム主任の久保田義人が手招き。
「ここの岡田社長が話をしたいらしい、俺も同席する」
と言って来たので、一緒に社長室に入った。
その岡田社長は、壮年の人のいい紳士だった。
圭太が名刺を渡して、自己紹介すると、人懐こい笑顔。
「ありがとう、いろいろ見つけてくれて」
圭太は、少し戸惑ったけれど、懸念をそのまま伝えた。
「在庫の不一致なので、本来は発生時期を追求しなければならないと思います」
「そこから、不正や不祥事も始まっている懸念もあります」
岡田社長の表情がこわばったので、圭太は口調をやわらげた。
「とにかく、今回の時点で、清算しましょう」
「発生時期を追求しても、時間と経費がかかり過ぎる」
「おそらく経営に悪影響を与えるほどの金額にはならないかと」
「必要な清算がなされて、現物在庫と帳簿在庫が一致するのを優先しましょう」
「ただし、不祥事として、業務上横領があったとする場合は、刑事告訴は御社のご判断で」
岡田社長は、顔を和らげた。
「まあ、私としても、不正は全て暴きたいが」
「警察沙汰には、したくないので」
「助かったよ、本当に」
圭太は、もう一つの懸念を伝えた。
「ここの本店だけ在庫が合っても意味が無いので」
岡田社長は、大きく頷いた。
「私も、本当にそう思うよ」
「物を扱う会社にとって、在庫の一致は当然のこと、基本中の基本」
「つい、営業成績重視で、おろそかになっていた」
「でも、在庫が合ってなければ、意味が無い」
圭太と、監査チーム主任の久保田義人は、そこまで話して社長室から監査会場に戻った。
久保田義人は、圭太の肩をポンと叩く。
「岡田社長に気に入られたな」
圭太は、首を横に振る。
「厳しく言えば、反則の監査」
「でも、やりきれませんよね」
監査会場の自分の席に戻ると、佐藤由紀がムッとした顔でブツブツと文句。
「圭太さんのおかげで、二日も眠れませんでした」
「のん気な人ですね、他の人には気に入られて」
圭太は、佐藤由紀には返事をしない。
ひたすら監査手順に沿って、監査対象書類をチェック、指摘事項をまとめている。
昼になった。
しかし、圭太は、仕事を止めない。
佐藤由紀は、圭太に聞いた。
「お昼は食べないの?」
圭太は、顔を上げずに答えた。
「昼食の習慣が、実はありません」
「お気になさらず」
少し間を置いた。
「監査会場にも、見張りは必要かと」
「誰でも指摘されるのは、嫌なこと」
「役立つ指摘でも、反感を持ちます」
「ましてや、在庫調整で、余計な仕事を増やしたのですから」
佐藤由紀は、言葉に詰まった。
それでも、「あの・・・何か買って来ましょうか?」と、圭太を案じた。
どう見ても、圭太の顔は青白い。
おそらく、朝食も、ロクに食べていないことは、想像がつく。
圭太は、それでも顔をあげないで、監査を続ける。
「大切な監査書類が山積みです、万が一にも汚すリスクは避けるべき」
「食べ物も飲み物も厳禁と思います、人によっては匂いも嫌がります」
佐藤由紀は、圭太の「氷顔」に、またしても抗せず、一人で昼食になった。
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