夕焼けこみち

あじみうお

夕焼けこみち

信じられないことが起こった。


二月の日曜日の夕方のことだ。幼馴染が家に来て、チョコレートをくれた。バレンタインのチョコだという。今まで一度だってくれたことなかったのに・・・。

オレが困惑していると、


「卒業記念。もうすぐ卒業だし、高校は別になるし、餞別がわり」


というそっけない言葉が返ってきた。

腰に手を当てて立っている。何だかエラそうだ。


今となっては信じられないことだが、小学生の頃のカヤは人見知りで、慣れるまでは人とロクに話しもできない奴だった。何でもないことで、すぐに顔をまっかにしてうつむいてもじもじしていた。それが今じゃ、陸上部の部長を務められるほどになり、誰の前でも堂々としている。


カヤは腰に手を当てたまま、あたりを見渡した。


「この辺に来るの久しぶり。だけど生垣ってすごいわね。ツグヤが小さい頃は葉も枝もボロボロであんなに隙間だらけだったのに、いつの間にか枝葉が茂ってちゃんと修復されている」  


「ああ。うん・・・」


オレはチラリと生垣に目をやった。

昔の記憶がよみがえってきた。

小さい頃、オレと弟のシンヤとカヤはよく家の前の小道で遊んでいた。

生垣に挟まれた狭い道。オレたちが垣根をすり抜けて遊ぶものだから、いつのまにか小道に連なる垣根が隙間だらけになってしまった。

みかねた近所の爺さんがおこりだして説教をはじめた。

ところがオレと弟がすぐさまそれぞれ別方向に逃げ出したものだから、カヤだけが取り残されて、説教を食らう羽目になった。

きっと一人でまっかになって半べそをかいていたに違いない・・・。


「爺さんに怒られたよな。根に持ってる?あのときは、ほんとごめん」


おどけた調子で、いまさらながら謝った。


「別に根に持ってなんかないよ。それに、あの後すぐにシンちゃんが戻ってきてくれたし」


初耳だった。


「二人で素直に謝ったら、おじいちゃん許してくれて。たいやきご馳走してくれたの。『兄貴には内緒にしとけよ。逃げ出した罰だ』って言って。シンちゃんたら本当に今まで内緒にしてたんだ。素直だなあ」


カヤはくすくす笑い出した。オレは少し戸惑った。いまさらの事だし、自分が悪いこともわかっている、それにシンヤは内緒にしていたわけではなく、たぶん単に忘れてしまっただけだ。でも、なんだかオレだけ何も知らなかったなんて馬鹿みたいだ。


その時、オレは何をしていたんだっけ。 


そうだ、確か夕日を追いかけていたんだ。

逃げ出して、ふと空を見上げると夕焼け空が広がっていた。

垣根に挟まれた小道の空にまぶしいくらいの夕日があった。

それが、あともう少しで、ちょうどこの小道の先に落ちてきそうに思えた。

オレはそれを追いかけたんだ。

けれども、走っても走っても、ちっとも距離を縮められないうちに夕日の姿は消えてしまい、いつのまにか辺りは薄闇に包まれていた。


「つくづくオレはあほだな」


思わずつぶやいてしまった。


「今までだまっていてごめんなさい」


カヤが真面目に謝った。


「いや、そのことじゃないんだ」


オレはなんだか恥ずかしくなって、口の中でつぶやいた。

見上げると空がほんのり赤く色づきはじめていた。

思わず小道に走り出た。

あの日と同じだ・・・。 

手をかざさずにはいられないほどのまぶしさで、小道の先の上空に、夕日が輝いていた。


「すごい夕日。すごくきれい」


いつのまにかカヤが隣に立っていた。


「不思議。なんだかこの道を行くと夕日にたどりつけちゃいそう」


やっぱりカヤにもそう見えるんだ。

オレはついうっかり「そうだろ」なんて言ってしまった。


「行ってみようよ」


カヤがオレの手を取って引っ張った。オレはとまどってしまった。

幼馴染だ。手をつないだくらいで、動揺する必要なんてないのに。


「行けるわけないだろ。太陽は高温ガスの塊なんだし、それに何より宇宙にあるんだ」


上の空の正論をつぶやきながら、手をはなそうとするものの、カヤはしっかりにぎりしめて離そうとしなかった。


「つまんないの。やってみなきゃわかんないじゃん」


オレは一瞬カヤの顔をぽかんと見た。カヤはペロッと舌を出した。


「悪ガキツグヤの口グセだったよね」


オレは抵抗する気もなくなって、カヤに引っ張られるままに小道を進んだ。

まぶしい道を目を細めながら歩いていくと、出し抜けにカヤが言った。


「よっし。願い事完了」


オレが怪訝そうにカヤをみると、


「星に願い事すると叶うって言うし」


「それ流れ星のことだろ」


「そうだっけ?まあ太陽だって星じゃない」


たわいもない会話。その隙に、夕日はまた、いつのまにかどこかに姿をくらましてしまった。


街灯がつき始めた。カヤはやっと立ち止まった。


「あーあ。もう少し見ていたかったな」


ツグヤの方に向き直ったカヤは、意外にも真剣な顔をしていた。


「安心するんだ。ツグヤのあっけらかんとした笑顔。大好きなんだ。高校生になってもまた、会いにきてもいいかな」


オレは今どんな顔をしているのだろう。街灯を背にして立っているから、影になってくれているといいのだけど。


オレがぎこちなくうなずくのを待って、カヤはするりと手をほどき、あっという間に走り去った。さすが陸上部という走り。角を曲がるときに振り返って手を振ってくれたカヤの影にオレは手を振り返した。


取り残されたオレは、街灯の下でつないでいた手とチョコを見た。

・・・うわあ・・・、何だかオレ、顔真っ赤だ。


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