友達



「おともだち!?」



 ウルティナはそう口にすると、目の前の女の子をまじまじと見つめた。


 自分と同じくらいの背丈に、気の強そうな目つき、肩甲骨辺りまで伸びたブロンドの髪の毛はしなやかにウェーブがかっている。そして前髪の一部分には赤毛が混じり、額には二本の短い角が出ていた。



「ウルとおともだちになってくれるのっ!?」


「ふん、だからそういってるでしょ!」



 ウルティナはすぐにキィラの近くまで走っていき、もう一度同じことを尋ねた。


 それに対しキィラは、やや上から目線で偉そうに答える。


 これは別にウルティナが気に入らないとかではなく、彼女の照れ隠しだ。キィラは恥ずかしがり屋な性格をごまかす為に、基本誰にでもこんな態度をとる。

 その証拠に、バツが悪そうに眉間にシワを寄せてはいるが、よく見ると口元はニヤニヤを隠しきれていない。



「わぁ! はじめてのおともだちだ! よろしくね、キィラちゃん!」



 屈託のない笑顔でウルティナはキィラの手を握りしめ、今までにないほどに喜んでいた。

 その喜びようは、エリーシャに初めて街に連れていってもらった時にも負けないくらいだ。



「え、ええ、よろしく」



 キィラもウルティナのあまりの喜びように若干押され気味だ。



「この子は私の妹なのよ。生意気な口調だけど、照れてるだけだから許してあげて。ウルと仲良くなってくれたら、私も嬉しいわ」



 フィテロはそう言いながら、キィラの頭をわしゃわしゃと触った。



「ちょっとおねぇちゃん! やめてよねっ!」



 キィラはその手をバッと振りほどき、フィテロの太もも辺りをペチペチと何度も叩く。



「ね? この通り生意気なのよ。まぁ、根は本当に優しい子だからよろしくね」


「うん! もうウルとキィラちゃんはおともだちだもん!」


「よかったなウルちゃん。年もウルちゃんと同じく五歳らしいから、仲良くな」



 元々、同年代の友達ができるようにウルティナを学校に通わせようとしていたくらいだ、エリーシャとしては娘に友達ができるのは願ってもないことだった。



「うん! あ、そうだ! キィラちゃんにウルのおやさいみせてあげてもいいかな?」


「ああ、構わないぞ。ついでに家にある、ウルちゃんの作った人形も見せてあげたらいいんじゃないか? 今日の稽古はキィラと遊んだあとで、元気が残ってたらやればいいから、思いきり遊んでくるといい」



 ウルティナはまだまだ子供だ。初めてできた友達の前では、稽古よりも遊びたい気持ちが勝るに決まっている。これはエリーシャの親心からくる提案だった。



「ほんと? ありがとうママ! だいすきっ! いこ、キィラちゃん!」


「あ、ちょ、ちょっと!」



 エリーシャに抱きついてお礼を言ったあと、ウルティナはキィラの手を引っ張って自らが世話をして育てている菜園の方へと小走りで行ってしまった。




「ふふ、微笑ましいわね。仲良くなれるといいけど」



 二人の小さな背中を見ながら、フィテロが呟く。



「大丈夫だろう。ウルちゃんは基本的に誰とでも仲良くなれる」



 これにはちゃんとした根拠がある。ウルティナは街に行く度に、毎回見ず知らずの人と物怖じせずに楽しそうに会話しているのだ。

 それもほとんど自分から話しかけている。元々そういう明るい性格なのだろう。そんな場面を何度も見ているから、エリーシャはなんの心配もしていなかった。



「ふふ、それは言えてるわね。ウルったら常に元気が有り余ってるって感じだもの。多分遊び終わったら稽古もやりたがるんじゃないかしらね」


「かもしれないな。その時はいつも通り頼んだぞ」


「ええ、任せて。それに実をいうとキィラをここに連れてきたのはね、ウルと一緒にあの子の稽古もつけてあげようと思ったからなのよ。同年代の子がいればお互いにいい刺激にもなるんじゃないかと思ってね」


「そうか。キィラはどんな感じなんだ? 魔法は使えるのか?」


「一応ね。ちょっと前まで、私が空いてる時間に教えてたから初級魔法はあらかた使えるわね。まぁ最近はいろいろ忙しくてかまってあげられてなかったから、あの子ヘソ曲げちゃってたけど。でもこれで少しは機嫌直してくれるでしょ」


「まぁ、妾としてはウルちゃんに同年代の友達ができて、いいことしかないが。それにしても初級魔法全般が使えるとは、さすがは鬼神族といったところか」


「いやいや、ウルだって使えるでしょ。人間族で、しかも五歳でこんなレベルの子、多分ウル以外いないわよ?」



 鬼神族ならこれくらい当たり前とはいかないまでも、できても珍しいことではない。だが、人間族がそれと同等のことをやってのけるのは至難の業だ。


 フィテロは種族で人々を差別することは決してないが、種族ごとに魔法適性や身体能力に大きな差があることをしっかりと理解している。

 だからこそ日々の稽古を通じてわかるのだ、いかにウルティナが特殊であるかが。



「ふ、それもそうか。ウルちゃんは天才だからな。よし、妾たちは家で待つとするか。茶くらいは出してやるぞ」


「そうね、キィラ達が戻ってくるまでのんびりさせてもらおうかしら」



 娘のことを良くいわれたエリーシャが、上機嫌にフィテロを家に招き入れようとした時だった。



 「――――いぃゃああぁぁぁぁぁぁああっっ!!?」



 突如として、菜園の方から悲鳴が聞こえてきたのは。



「この声、キィラっ!??」


「なにごとだっ!?」



 叫び声の主が妹だとわかったフィテロは、すぐさま菜園へと走った。エリーシャもすぐあとを追う。


 尋常じゃない叫び声だ。何かあったのは間違いない。


 菜園までの距離は目と鼻の先。二人がそこに着いたのは本当に一瞬ともいえる僅かな時間だった。


 そして、そこで見たものは――――



「えーと……これはどういう状況なのかしらね……?」



 フィテロが目にしたのは、菜園の土の上で仰向けで倒れているキィラと、それをキョトンとした顔で見下ろすウルティナの姿だった。



「あ、フィテロおねえちゃんっ! たいへんなのっ! キィラちゃんにみみずさんをみせたら、きゅうにたおれちゃったの! どうしよう……」


「……あー、なるほどね。そういうこと」



 ウルティナが両手で掬うようにして持ってる沢山のミミズを見て、フィテロは合点がいった。



「キィラちゃん……どうしよう……」



 あたふたとするウルティナにフィテロは顔を綻ばせ、きゅ~、と目をぐるぐる回して倒れているキィラを一瞥したあとで呆れながら答えた。




「心配しないで大丈夫よ。この子、虫が苦手なだけだから……」


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