キィラ



 その日、首都ゾフィールにある屋敷前に一台の馬車が止まった。


 中から出て来たのは不機嫌そうな顔をした子供と、その付き人だ。


 子供は五歳前後の女の子で、可愛らしい見た目とは裏腹に少し仏頂面で唇を尖らせている。そして額にはピョコッと小さな角が生えていた。



「あらあら、よくきたわねキィラ!」



 馬車から降りた二人がその屋敷の門を叩くより早く、屋敷側から一人の女性が上機嫌で出てきた。



「ふ、ふん! よばれたからきてあげたわ! フィテロおねえちゃん。かんしゃしてよね!」


「んもう! 相変わらず生意気な妹ね。でもそこが堪らなく愛おしいわ。ほらこっちにきなさい」



 フィテロは年の離れた妹であるキィラに、こっちにおいでと両の手を広げている。



「……しかたないわね」



 あまり気が進まないような口調ではあるが、キィラは嬉しさを隠しきれていない。その足取りは軽く、駆け足気味でフィテロの胸元に飛びついた。



「ふふ、素直じゃないんだから」


「おねえちゃんに、にたのよきっと」


「そうね、ふふ。さぁ屋敷に入りましょうか。キィラの好きなお菓子沢山用意しといたわよ」


「ほんと!? はやくいきましょ!」



 キィラはフィテロの手を引き、慣れた足取りで屋敷に入っていく。




 ◆


「久しぶりですね、ムムナ」


「ええ、そうですね。ミミナ」



 屋敷内の広間でキィラがお菓子を頬張ってる横で、フィテロの秘書兼世話係のミミナはキィラの付き人へと声をかけた。



「あなた達、本当に瓜二つね。髪の毛の色以外外見では違う箇所が見つからないわ」



 フィテロはそう言って、ミミナとムムナを交互に見て不思議そうにしている。


 ミミナが黒髪なのに対して、ムムナは銀髪。それ以外はフィテロの言ったとおり、瓜二つだ。



「私たちは双子ですからね。というより、このやり取り毎回やるのそろそろやめませんかフィテロ様?」


「だってミミナはいつも口うるさいけど、ムムナは物静かでなんだか面白いんだもの」


「私はフィテロ様にはいつもキリッとしていてほしいんです! それにムムナはたしかに口数が少ないですけど、怒ると手がつけられないんですよ? そうですよね、ムムナ!?」


「そんなことないですよ、ミミナ」



 ムムナは少しだけクスッと笑ってミミナの言葉を否定した。



「もぉ、ムムナってば!」



 ミミナは軽く頬をむぅっと膨らます。


 双子の姉妹だからか、ムムナと話してるミミナはいつもよりくだけた感じで、どこか幼さのようなものが見え隠れする。


 実際は二人共幼さとはかけ離れた、大人っぽい雰囲気の美人さんではあるのだが。



「おねえちゃん! おかしがなくなっちゃったわ、おかわり!」



 そんな双子姉妹のやり取りを尻目に、フィテロが用意したお菓子をペロリと平らげたキィラがテーブルをバンバンと叩いた。



「あらあら、もう食べちゃったの? でも今はそれくらいにしときなさい。これから面白いところに連れてってあげるから」


「おもしろいところ?」


「ええ、今日キィラを呼んだのはその為なのよ。もしかしたらお友達ができるかもしれないわよ」


「……おともだち?」


「ええ。とにかく今日はこれから、お姉ちゃんとお出かけよ」



 まだお菓子を食べたりないと、もの足りなさそうな不満気な顔をしていたキィラだったが、友達という言葉を聞いた瞬間に、その表情は嬉しさを隠しきれないといった感じに変化していた。

 フィテロはそんな妹を見て、ニコっと微笑むのだった。




 ◆


「ふんふふ~ん! げんきにそだってね」



 木漏れ日が心地よい朝、ウルティナは上機嫌に鼻歌を口ずさみながら菜園の作物に水やりをしていた。



「はい。魔食虫花ぱっくんたちもいつもありがとね~」



 先日フィテロに貰った魔食虫花パックンカは今日も作物を食い荒らす虫を、片っぱしから排除している。


 虫の被害に頭を悩ませる必要のなくなったウルティナは、魔食虫花パックンカに『ぱっくん』と名付けて大変可愛いがっていた。


 ――――ぐうぅ~。



「えへへ、ちょっとおなかすいちゃった」



 ちょうど一通り水やりが終わった頃、ウルティナのお腹が控えめに音を鳴らした。



「ママにはないしょだよ? はい、メリィにもあげるね」


「メェ!」



 ウルティナは育てている作物のなかでも大好物のトマトを二つ、茎からモギモギとむしり取ってひとつは自分の口に運び、もうひとつは一緒に水やりをしてくれていたメリィに与えた。



「おいしいね」


「メメェ!」


「――――あっ!? ママがかえってきた」


「メ、メメェ!?」



 稽古をつけてもらう為に、フィテロを迎えにいっていたエリーシャが戻ってきた。それを視認したメリィとウルティナは、急いでトマトを口に詰め込むのだった。



「ママ! おかえりなさい! フィテロおねえちゃんもいらっしゃい!」


「ただいまだ、ウルちゃん! それよりも、頬にトマトの汁がついてるぞ?」



 エリーシャが頬をちょんちょんと指差す。



「えへへ~、ばれちゃったねメリィ」


「メェ」



 母とフィテロを満面の笑みで出迎えたウルティナだったが、速攻でトマトのつまみ食いがバレてしまった。

 舌をペロッと出して、えへへと笑う。

 メリィも真似して舌を出してるところがなんとも平和的だ。



「はーい、ウル! 出迎えありがとうね」


「うん! きょうもよろしくねフィテロおねえちゃん! それとテンテンも…………って、あれれ?」



 ウルティナがテンテンに跨がっているフィテロの方を見て、不思議そうに首をかしげた。


 いや、正確にはフィテロの後ろにいる人影を見て、だ。



「ふふ、今日はウルに紹介したい子がいるのよ。ほら、挨拶しなさい!」



 そう言われて、フィテロの後ろでモジモジしていた人影は意を決したようにテンテンから下りて、その姿を見せた。



「わ、わたしはキィラよ! ほこりたかききじんぞくなんだから! お、おねぇちゃんのかおをたてて、と、と、とくべつにあなたとおともだちになってあげてもいいわよっ!!」



 キィラは早口で自己紹介をしたあとで、顔を真っ赤にしていた。


 その様子を見ていたウルティナはというと――



「わぁ! おともだち!??」



 友達という言葉に、目を爛々とさせているのだった。


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