第九百二十一話 流浪の考古学者とお供

 ベルベディシアが落ち着いてから、パモを封印から出してなけなしの食糧をベル

ベディシアに手渡した。だが……果物一つしか無かったので、足りるはずがない。

 俺はまだそれほど腹は減っていないが、いい加減食糧を調達しないとまずい気が

する。

 現在は峡谷の中間地点辺りまで下って来ただろうか。

 ソロモンの残骸が割とはっきりと見えだしてきたものの……穴の開いた先から蠢く

音が聞こえ始める。

 しかしターゲットに反応があるわけではない。

 

「襲ってきませんわね」

「ああ。道が狭い場所での戦いは避けたい。下まで降り切ってからの方が戦闘はしやすいからな」

「そうですわね……まぁわたくしには余り関係無いのだけれど。いっそ穴に入って……」

「それは止めた方がいいんじゃないか? 汚い場所かもしれないし」

「……それはそうですわね。はぁ……こんなときこそテンガジュウがいれば」

「あの方は少々可哀そうだと思うんだが……あれ? あそこ……誰かいないか?」

「あら。本当ですわね。妖魔? このような場所で何をしてらっしゃるのかしらね」


 下りきった場所……つまりソロモンの残骸がある場所に、人影が見えたのだ。

 数は二人。背格好は分からなかったが間違いなく誰かがいる。

 フェルドナーガの手のものだと困るが……ここまで下って来て引き返すのもおっくうだ。


「……このまま進むか?」

「当然ですわね。戻るという選択はわたくしにありませんわ!」


 ゆっくりと下っていくと人影は更に奥へ向かったためか、見えなくなっていた。

 道を下りきったところでここで何かしていたのだろうということが分かる。

 そこには火をくべた痕跡と、寝泊まりしていたと思われるテントのようなものまであった。


「まさかここで生活してるのか? 穴にはモンスターがいるんだよな」

「もしかしたら、恐れていたのかもしれないわね」

「だとするとやはり、フェルドナーガの手のものの可能性が高いか」

「ここはわたくしに任せて。素敵な挨拶をして差し上げますわ」

「……? まぁベルベディシアならベリアルと違ってまともな挨拶するよな」


 などと考えていた俺がバカだった。

 その二人組の場所……瓦礫を探っていると思われる者たちへ向けて突如言い放ったのだ。


「ごきげんよう! わたくしは絶魔王の中でも最強の雷撃を繰り出す女帝の中の女帝! 

ベルベディシア! さぁわたくしの前に跪き、食糧を提供なさい!」

「……やらかした」

「うーん? アイジィ何か言った? ほら、手を止めない。本当に終わらないよ?」

「ヤトの姉御ぉ。誰かいやすけど放っておいていいんですかい?」

「放っておくって何? 放っておけないからこうして調べてるんでしょ」

「そうじゃ無ぇんですがねぇ……」

「はいはい分かったから。休憩したいのね。ここら一帯が終わったらね」


 相手側はまるで意に介していないどころか聞いてすらいない。

 よく見ると男女のペアだ。一人は背が高く肉づきの良いまるっとした獣人の男。

 どうみても妖魔ではない。

 もう一人は……こちらは恐らく妖魔だが、片目に謎のレンズのようなものをはめた

毛先が栗色のくるくるとしたパーマがかったような髪をした癖毛の女だ。

 無視されているベルベディシアは自らを美しくアピールするような姿勢を保ったままフ

リーズしている。

 ……おい、雷撃をぶっ放される前に謝るんだお前たち。


「ヤトの姉御ぉ! 怒ってる、怒ってますぜあの女! 絶対やばい、やばいですってぇ!」

「私はそんなに怒ってないって。ほらいいから。作業を」

「違うー! 目の前の女だぁーー!」

「消炭にして差し上げますわ! 雷……」

「待った! ちょ、お前マジでぶっ放すつもりだっただろう」


 慌ててベルベディシアの手首をつかみ上方にやると、天高く電撃が迸っていった。

 心臓に悪いのでその辺にぶっ放すのは止めてくれ。


「た、助かった……今の電撃、只者じゃあねぇ」

「そうか電撃! うーん、でも私の封印されたモンスターじゃ使えないなぁ」

「ヤトの姉御! 誰か来てるんでさぁ! 一度手を止めて下せぇ」

「んー? だから何よ。こんなところに誰かなんて……あら」

「今まで本気で気付いてなかったのか?」

「このわたくしを無視するなんて良い度胸ですわね」

「……あんたたち、誰?」

「名乗る前に一つ質問していいか。敵だったら困るんでな。あんたらはフェルドナーガの群の者

か?」


 そう質問すると、獣人と女は互いに向き合い首を傾げる。


「フェルドナーガぁ? それって四代皇帝の? まっさかぁー」

「でも姉御ぉ。最近フェルドナーガが地底を制覇しそうだなんて噂を町で聴きやしたぜ」

「ふーん。興味無いわぁ」

「……いかにも妖魔らしいな」

「それで。忙しいんだけど。作業に戻って良い?」

「ここで何を……いや忙しいならその質問は無粋か。フェルドナーガの手の者じゃないな

ら非礼を詫びよう。俺は妖魔のルイン。こっちは絶魔王という……いや待て。そうだ、え

えとこっちは雷撃の天才にして至高の美女。自らを雷帝と名乗るに相応しい女神、ベル

ベディシアだ」


 地上から来たとか絶魔王というと変な目で見られそうなのでおだててフラグ回避とい

こうじゃないか。

 ……あっ。簡単に機嫌を取り戻したぞ。作戦成功のようだ。


「妖魔のルインに女神ベルベディシアねぇ。それで、私たちに何か用?」

「あなた……ソロモンを調べているようだけれど。何をしているのかしら?」

「ヤトの姉御は考古学者でさぁ。あっしはお供のアイジャック。見ての通りバルウルフ

族でさぁ」

「バルウルフ族? 聞いたことないが……いや、地底にはモラコ族たちもいたんだよな。

他の獣人がいても不思議じゃないか」


 見た目は確かに少々狼っぽいが、シーザー師匠のようなウェアウルフとは違う。

 一直線に伸びるたてがみが背中まで生えている戦闘種族っぽい獣人だ。

 

「ここには必ずアーティファクトがあるって睨んでるの。見つけたら私のだから!」

「あら、遺跡荒らしの類でしたのね。それでわたくしを無視してでも探索をしていたのか

しら」

「……はい? 誰が移籍荒らしだって? 私はね。この地に眠る歴史を調べてるの。アーテ

ィファクトはそのついでよ。自称女神様だっけ? あなたに構ってる暇なんて無いのよ」


 ちょ、ダメですって。せっかく機嫌良くなったのに。

 首を少し傾げたまま笑った表情が凍り付いてるから! 

 どうすんだよこれ。

 ただでさえ空腹で切れやすい状況……そうだ! 


「あ、アイジャックさん。あのー、すまないが食糧があったら分けて欲しいんだけど」

「ああそっちのおばさん腹空かしなんだ。みじめだから食事少し分けてあげなよ」

「……あなた。消炭になる前に名乗りなさい」

「私? ヤトカーンだよ。消炭ねぇ。ふーん」


 ……もうダメだ。

 俺にはこの戦いを止められそうにありません。

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