第二話 『鬼神の酒場と一人娘』
「何があったんだ?」
ノアは鬼の形相の偉丈夫に問いかける。
「そこの野郎が儂の娘に手ェ出しやがったんでな」
「もぅ、お父さん! ちょっと腕掴まれただけだってば! 昨日もそれで大事になったんでしょ!」
赤い長髪の偉丈夫の後ろから、同じく赤い長髪の女性が姿を見せる。
「相変わらずだな〜、ジーク! これで何人目だ? まぁ、落ち着けよって」
アルバートがこの酒場の店主であるジークに近寄り、肩に乗る。
アイリスは吹っ飛んだ男に近づき安否を確認。
ノアはいつもの事だと気にせず酒場に入り空いてるカウンター席に座る。
「ん? おう、アルバートじゃねーか。元気にしてたか」
「おう! 僕はいつでも元気だぜ! って大事ってなんだ?」
「それがよ! 昨日ちょっと冒険者と喧嘩になってな。まぁ、返り討ちにしてやったがな! ハハッ」
「おお! スゲェーな!」
ジークが表情を変えアルバートとワイワイ会話を始め、アイリスが男の治療を終えてカウンターの席につく。
そこに、ジークの娘アリサが駆け寄る。
「すいません! アイリスさん! お客さんどうでしたか?」
「鼻と前歯が折れてましたね。治療しましたので安心して下さい。まぁ、今後ここ店に来るかは分かりませんけど……」
「はぁ〜、そうですか……」
アリサは肩を落とし深く溜息を吐つ。
「ジークさんは相変わらず血の気が多いですね」
「そうなんですよ! もぅ、何度お客さんを殴り飛ばした事か……。それに昨日なんて、店で本気の喧嘩までしたんですよ!」
「ジークが本気になったのか?」
「あ、いえ、本気になったのは冒険者さんの方で剣を抜かれてたんです」
「それは、大変だな」
アリサは昨日の事を思い出し再び、深く溜息をついた。
「注文いいか?」
「あ、はい! どうぞ!」
ノアはカウンターに置かれた献立表から肉料理を選び注文し、アイリスは魚料理を注文し、ジークと会話を終えたアルバートはリザードマンの生肉を注文した。
「えーと、お代が金貨一枚と銀貨三枚です!」
お代をアリサに払う。
「お待たせしました!」
ノア達の席に料理が出され、食事を始める。
アルバートはリザードマンの生肉をムシャムシャと食らいつき、ノアとアイリスは綺麗に食事をする。
「現役時代のジークさんってどれくらい強かったんでしょう?」
「ジークは元Sランク冒険者だって言ってたぞ! しかも、ドラゴンを倒した事もあるってさ!」
「それは凄いですね。アルバートも悪いことすると退治されますね」
「ぼ、僕は悪いことなんてしないよ! 僕は優しい竜だからね!」
アルバートは胸を張り、頬についた生肉をペロリと食べた。
その後、談笑しながらの食事を終えて酒場の扉に手をかけた時ジークに呼び止められた。
「ちょっと頼みたい事があるんだがいいか?」
「なんだ? 喧嘩の件か?」
「いや、その件じゃねぇ。正式な依頼の話だ」
「取り敢えず、話聞くよ」
ノア達はジークに連れられ酒場の左奥にある階段を上がってニ階にある、ジークの家に移動した。
「おお〜!! ジーク! なんだよこの馬鹿でかい剣と真っ赤な剣は!」
アルバートは部屋の中央に突き立てられた、ジークよりもデカい剣と壁に掛けている無骨で赤い剣を見て興奮していた。
ノアとアイリスは椅子に座り、対面にジークが座る。
「おう、そのデケェーのは現役時に愛用してた龍滅剣だ! まぁ、名前はドラゴンを倒した後に付けたんだがな」
「おお! カッケェー!」
アルバートは目をキラキラさせて龍滅剣を持ち上げようとするがびくともしない。
「で、そっちの赤いのは妻の
「かたみ?」
アルバートは言葉の意味が分からず、首を傾げる。
アイリスが立ち上がりアルバートに近づいて、そっと言葉の意味を教える。
「亡くなった奥様の思い出のモノって事ですよ」
「そ、そうなのか……ごめんな」
「ハハっ! 気にすんなって」
アイリスとアルバートがノアの隣に座ると、ジークが話し始める。
「よし、それじゃあ本題を話す。依頼内容はアリサの護衛だ!」
「…………」
まさかの依頼にノア達は言葉を失い、沈黙が続く。
「アリサの護衛だ!」
「いや、聞こえたよ。でもな、娘が大事なのも分かるが流石に……」
ノアは頬を掻きながら、ジークから目を逸らす。
「ジークさん、そんな事してたら嫌われますよ?」
アイリスはジークの目を見て、真剣な眼差しで忠告する。
「いや、違う! そうじゃない本当に狙われてるんだ!」
「誰に?」
「人攫いの連中だ」
◇◇◇
ノア達はジークから人攫いの詳しい情報を聞き、護衛依頼を引き受け契約金の金貨五枚を受け取った。
「人攫いの雇い主の目星はどうなんだ?」
「一人だけ、思い当たる人物が居るが……しかし」
ジークはそう言いながら、難しい顔をする。
「話してくれ。その人物について」
ノアはジークに真剣な表情で問いかけ、ジークはその表情を見て決意する。
「
「色恋沙汰ですか?」
アイリスがそう言うと、ジークは首を横に振り、眉を顰めて少し悲しそうな顔をして話し出す。
「……二年前、お前達がこの街に来る少し前の事だ。当時アリサにはマルクスと言う恋人が居た、そいつは青い髪をした若造だった。顔は良いんだが弱くてな……でも、それでもアリサの事を守ると言うアイツの言葉は本物で強い意志を感じた。……だが、ある日アイツは
魔獣、それは獲物を喰らう事で記憶や知識、能力、容姿を自分のモノする魔物。
人を喰らう事でその人物の周りの人たちも喰われてしまうので、とても危険な魔物と知られている。
「魔獣に喰われたのか……」
「あぁ、そうだ。魔獣と気づいた時、悲しみと同時に怒りが込み上げてきて儂はすぐさま魔獣を斬った。顔から腹部までを真っ二つしたが死なず、追撃しようとしたがアイツの顔がな……。
「騙す為にマルクスの振りをしてたんじゃ無く、喰らったマルクスの記憶を自分の記憶だと勘違いしたって事か?」
「そう言う事だ。そして、儂が戸惑ってる内に魔獣は店から逃走して姿を消した」
「相手は魔獣ですか、なかなか手強いですね」
アイリスがそう言うと、ジークはそれを否定した。
「いや、あくまでその可能性があるって話だ。それに、もし魔獣だったらお前たちだけに任せるのは危険だから、ギルドで強い奴を誘うつもりだ」
「そうか、分かった」
「――やめて下さいッ!」
話が終わると、下からアリサの声と物が壊れる音が響いてくる。
「ん? 下でなんかあった見てぇーだな。
ジークは突き刺さった龍滅剣を軽く引き抜き、ノア達と一階に降りる。
酒場では大勢の冒険者達が武器を手に暴れていた。
それを見たジークは憤怒の形相をしていた。
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