28.終わりの日
アタシはその日、ふと夜中に目を覚ました。
「……」
イヤな夢だった。
シティ社会に
彼女たちはいいように使われるだけ使われて、最後は滅び行くシティと運命を共にする。
そんな夢だ。
あの日から数ヵ月、アタシはこんな悪夢を見ることが多くなっていた。
今や
仕事の具体的なところは聞かされていないが、きっとおそらくは後ろ暗い仕事だ。
そう考えるといつも気分が重くなる。
アタシは彼女たちと会うことも話すこともできていない。
博士たちは
全身をつつむベタリとした汗が気持ち悪い。
アタシはゴロリとベットの上で体の向きを変えた。
「……姉さま、眠れないの?」
そんなアタシの動きに気がついたのか、隣で眠ていたナナが心配そうに声をかけてきた。
「……何でもないよ」
やさしい妹に心配かけまいとアタシはそう答え、そのまま体を起こす。
「ちょっと、のどが渇いちゃって」
嘘ではなかった。
汗をかいたせいか、のどはカラカラになっていた。
備え付けの小型冷蔵庫から水を取ってコップに注ぐ。
「……!?」
少し飲んだところで、異変に気がついた。
……水面が揺れている?
「姉さま、何かが変だよ」
いつの間にか、ナナもベットから起き上がっていた。
水面だけではない、建物全体が振動している。
地震かとも思ったが、すぐに違うと分かった。
振動とともに聞こえる音に気がついたからだ。
それは甲高い金属音と、人の叫び声……?
この施設内でとんでもない異常事態が起きている、ということは分かる。
「……な、なんなの?」
不安になったナナが、外の状況を確認すべく、部屋の扉に手を掛ける。
「まっ……!?」
アタシはそれを制止しようとするが、――間に合わなかった。
ダダダッ!!
ナナが開けた扉から廊下に顔を出すと同時にそんな激しい音が響き、ナナの体は後ろに倒れた。
「痛い痛いよっ、姉さま痛いっ!!」
「……え?」
仰向けになったナナの顔の左半分が、真っ赤に染まっていた。
混乱するアタシの意識とは別に、頭の中の電子脳がこの状況の答えを出す。
銃火器による攻撃。
それは現代シティにおいて禁止され、通常は存在せず、使用できないもの。
例外は1つ。
マザーAIか、三賢人が使用を許可した場合だ。
つまり、この状況を作ったのは……。
「っ!?」
アタシは急いで扉を閉め、鍵を掛ける。
その時、扉の隙間から見えた光景は地獄絵図だった。
銃火器を装備した無数の警備ロボたち。
彼らに撃たれたであろう倒れた研究員たち。
そして、その血で真っ赤に染まった床。
僅かに生き残って立っていた研究員たちは、カードを展開していたからおそらく
そして負けた者は、――撃たれたのだ。
ガンガンガン!!
扉が激しい音と共に大きく振動し、僅かに歪む。
どうする、どうする、どうする!?
ナナの顔に毛布を当てて出血を押さえながら、アタシは頭をフル回転させる。
この部屋の入り口は1つで他に逃げ場はない。
部屋の中に居るのは身体が弱くて体力もないアタシと、撃たれてうずくまるナナの2人だけ。
反逆権を使おうにも、ナナはカードが足りなくてそれもできない。
アタシはデッキこそあるが、寄せ集めでとても戦えるようなものじゃない。
何かないの!?
2人でこの場を切り抜ける方法はっ!?
「…………」
「…………」
「……逃げ道は、あるよ」
「えっ!?」
思い悩むアタシに、横でうずくまっていたナナが突然そう言った。
そして彼女はよろよろと立ち上がると、腕を掴んでアタシを部屋の隅へと力任せに無理やり連れて行く。
そこにあるのは『換気ダクトの入り口』。
「ナナッ、まさか!?」
ナナが何をしようとしているのか、アタシは理解した。
だけど、その選択は受け入れられなかった。受け入れたくなかった。
確かに、この換気ダクトからなら外に脱出できる。
身体の小さいアタシ1人だけなら。
「イヤだよ、ナナも一緒じゃないと!!」
ケガをした大切な妹を置いて行くなんて、そんな選択はアタシにはできない。
だけど、ナナはそんなアタシの言葉や思いを聞いてはくれなかった。
「おねがい、姉さまだけでも……」
そんな言葉と共に、圧倒的なその筋力でアタシの体を無理やり持ち上げると排気ダクトに押し込んだ。
「何かあるはずだよ、ナナもいっしょに逃げられる方法がっ!!」
思いつきもしないのに、すがる様にそんな言葉をアタシは言う。
だけどナナは。
いつもアタシのムチャなお願いにつき合ってくれた妹は。
今度ばかりは、アタシのお願いを聞いてはくれなかった。
ガタン、と力任せにはめ直された換気口の柵の向こうでナナは笑う。
半分が赤い血に隠された、残り半分の笑顔で。
「さようなら、そしてお元気で。……大好きなレイミ姉さま」
……その言葉が、最後だった。
次の瞬間に聞こえたのはドアが壊れる激しい音と、鳴り響く
そして小さな悲鳴。
アタシはそんな音を背後に聞きながら、換気ダクトを進んだ。
気づかれない様に慎重に、しかし出来だけ素早く。
フリ返ることは、しなかった。
● ● ● ●
換気ダクトは遊びで何度も侵入している。
どの分岐がどの部屋につながるのか、アタシは熟知していた。
記憶をもとに今向かうのは、あの研究室だ。
ミチナキ博士は遅い時間まで、そこで仕事をしていることが多かった。
だから今日もいるかもしれない、そう思ったのだ。
もちろん、この状況で博士が無事だとは限らない。
だけど、今は何としてでも会ってその安否を確認したい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
もうこれ以上、家族を失いたくなかった。
アタシは頬を濡らす涙を拭い、目的地に向かって先を急ぐ。
しばらく進むと換気口とその柵の間から漏れる光が見えてきた。
あと少しという場所まで来たところで、換気口の向こうから声が聞こえてきた。
聞こえてきた声は2つ。
1つはよく知るミチナキ博士のものだ。
博士の無事に、アタシはひとまず安堵する。
しかし、もう1つの声は聞き馴染みのない声だった。
いや、どこかで1度……。
僅かな思考の後、アタシは思い出す。
そうだ、あの日この換気ダクト内から聞いた声。
三賢人の1人【純白のカーティス】。
ようやくたどり着いた換気口の隙間から、アタシはその姿を見た。
純白のローブを着た長身の男だった。
凛々しい顔や清潔感ある姿をしており、とても若々しく見えた。
しかし、電子脳内の知識によると博士とそう変わらない壮年といっても良い年齢らしい。
堂々と立つその男の両隣には、銃火器を構えた数台の警備ロボが立ち並ぶ。
その銃口の先は、正面に立つミチナキ博士に向けられていた。
しばらくの沈黙の後、カーティスは言う。
「とても残念です。貴方が【
解放主義者。
それは
100年前に大規模な反乱が
……まさか、博士が?
だが、言われてみれば思い当たることはあった。
あの日語られた博士たちの、
人類の行き
その時感じた、なぜホムンクルスなのかという疑問。
全てが1本の線でつながった気がした。
きっと必要だったのだ。
人類の生存に適さなくなった外界に出るためには、
「シティの
そう言って胸を痛めるような仕草をするカーティス。
だが、その目は博士を片時も離さず鋭くにらみ、その冷たい瞳からは感情を感じない。
そんな彼に博士は問う。
「アナタなら、いやアナタこそよく分かっているだろう。この
「未来はシティの
「……問答無用、か」
「ええ。
選択肢。
博士が助かる方法、見逃ことができる条件ということだろうか。
「求める物は2つ。これまでの研究データの全て、そして【
それがカーティスの提案する、博士の命を助ける交換条件。
それを聞き、換気ダクトに潜むアタシはドキリとする。
ナナがいない今、サンプルとはつまりアタシのことだ。
ここに隠れていることがバレたら……。
アタシの額に冷や汗が浮かぶ。
「ほう?……データはまだ分かるが、サンプルとは不思議なことを言う」
博士は続ける。
「依頼の完遂という形で、サンプルは既にお渡ししているハズですがね」
そう。
確かに、カーティスの要求は不可解だ。
アタシの妹たち、
今更なぜ、アタシのような旧式のホムンクルスを欲しがるのか?
「とぼけるのは無しにしましょう。………電子脳、違いますよね?」
「…………」
……そういえば、研究員の誰かに聞いたことがある。
猟犬部隊のホムンクルスは、アタシやナナに比べて電子脳の性能を落としてあると。
高い身体能力の個体を安定生産するため、彼女たちの任務に必要な程度のスペックに抑えてあると。
「情報によると、完全版の電子脳ならより大量のデータの送受信や処理が可能。そして、やろうと思えば『人格のダウンロード』すらもできるとか……」
「さすがカーティス様。良い情報網をお持ちだ」
博士は、彼の情報を暗に肯定した。
そして博士は言葉を続ける。
「……渡せない。と言ったら?」
「貴方を殺してから、ゆっくり探すことにしますよ」
カチャ、っと全ての銃口が一斉に博士に狙いを定め、そして……
「【
博士はそう宣言した。
カードが展開され、警備ロボたちはその動きを止める。
「ほう?私に勝てるつもりですか?」
カーティスはそう不適に笑い、カードを展開する。
三賢人のランクは最大値の10。
勝ち目は、ない。
その時、博士は叫んだ。
「逃げるんだ、レイミ!!できるだけ早く、できるだけ遠くにっ!!」
「!?」
予想外の博士の言葉にカーティスは戸惑い、室内に視線をさまよわせる。
しかし、そこに他の人間の姿はない。
その言葉を向けた相手、アタシは天井裏の換気ダクト内にいるのだから。
いつからかは分からない。
だけど博士は気がついていたのだ。ここにアタシがいることに。
アタシは急いで部屋から離れるべく換気ダクト内を
目指すは中央官邸の外、以前の探検で見つけた建物からの脱出口だ。
アタシの視界のスミに表示される『大量のデータを受信』の文字。
電子脳が受信したのは『
博士たちの研究成果、その全てだ。
それが今、アタシに託された。
博士は勝ち目がないことを承知でカーティスに戦いを挑んだのだ。
アタシがこのデータと共に逃げる時間を稼ぐために。
負ければきっと博士の命は……。
あふれる涙でにじむ視界の中、アタシは
絶望の中でも、やらなければいけないことがあった。
次回「託された願い」へ続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます