23.バトル×2






冷たく薄暗い通路を俺は走り続けていた。


『ここを右だよ』


""なぜか""この建物の内部構造に詳しかったヴァナが前を飛び、行くべき道を示してくれる。


そのおかげで、俺は迷うことなく【論理の間ろんりのま】へ向かうことができていた。


追っ手がやってくる可能性を考えると、可能な限り早くたどり着きたいところだ。


だけど、


「ぜぇぜぇ……」

 

俺の小さな体は、すぐに限界がやってきた。


四肢に疲労がまとわりつき、全身が鉛のように重い。


浅い呼吸を繰り返しながら、俺はついに壁に手をついて立ち止まる。


こんな時だけは、常人を超えた身体能力を持つというホムンクルスたちが羨ましい。


『……【論理の間】まではあと少しだよ』


そんなことは分かってる、でも体が動かないんだ。


そう俺は心の中で毒づく。


――次の突き当たりを左、それですぐに目的の場所が見えてくる。


脳内には目的の扉の姿まで浮かんでいるというのに、そこに行きたくても体がついていかないのがもどかしい。


俺は冷たい金属の壁に手をつきながら、ゆっくりと息を整える。


…………。


…………どういうことだ?


そこでようやく、俺はその""違和感""に気がついた。


今、俺はなにを考えた?


なぜ俺は、""目的地の姿を知っている?""


俺はあまりにも自然に【論理の間】の扉の姿を頭に思い描いていた自分に驚いた。


……俺はここに来たことがある、のか?


そんなハズはないのに、何故だかそんな気がしてしまう。


この感覚の正体を探るため、俺はより思考を巡らし――


ファンファンファン


だが、その思考は周囲から聞こえ始めた警報音けいほうおんに書き消されてしまう。


「な、なんだ!?」


『……しまった』


そして、警報音に混じってキュィィンという音も聞こえてくる。


警報音は徐々に近づき、正面の曲がり角からそれは現れた。


――ロボットだ。


銀色の四角い正方形。


先にホイールの付いた重厚な四つ足。


頭頂部に取り付けられたカメラが輝き、俺たちの姿をとらえる。


〔侵入者ハッケン、侵入者ハッケン。対象はレイミ。ただちに投降してくだサイ〕


機械音声でそう警告するそれは、おそらくこの施設の警備用ロボットだろう。


ここで捕まるわけにはいかない。


俺はしかたなく元の来た道をふり返る。


が、そこにも逃げ場はなかった。


いつの間にか、そこにはもう1台の同型ロボットがいた。


〔ただちに投降してくだサイ〕


音声ではそう言いながら、そいつらは装甲の隙間から銃口のような物をのぞかせる。


俺たちが投降しなければどうなるか、それを想像させるには十分な装備だ。


前後を挟まれた俺たちには、もう逃げ場がなかった。


――――となれば当然、




『【反逆権リベリオン・コード】発動っ!!「クロス・ユニバース」!!』




そう、カードバトルだ。


ヴァナの宣言と共に視界にメッセージが流れる。




――― 「『反逆権リベリオン・コード』確認」「『マザー』より承認」「リンク完了」 ―――


― 対戦者「ランク1:レイミ・ミチナキ」「PF101」「PF102」―




機械相手にもカードバトル。


あるかもしれないとは思っていたが、本当にそうなると中々感慨深かんがいぶかいものがある。


〔条件、【大人しく投降】しなサイ〕


「こっちの条件は【俺たちを目的地まで案内すること】だ」




 ―――――― 「両プレイヤーの〔条件(ベット)〕を確認」 ――――――


―――――――― 〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――――




カードが展開され、ロボットたちの横には見覚えのある浮遊する機械球が現れる。


「なるほど、こいつらも《パトロール・ボール》を使うのか」


『警備ロボが使うのは、シティポリスの支給デッキと同系統よ』


いつもの通りパートナーとして俺の隣に浮かぶヴァナが、そう教えてくれる。


それはいい情報だった。


ジュンとのバトルを経て、俺はその戦術を知っている。


これは確実なアドバンテージだ。


そう思った。


しかし、その目算もくさんはすぐに崩れることになる。




----------------------《1ターン目》------------------


〈レイミ〉 〈警備ロボ①〉● 〈警備ロボ②〉

ヴァナ Lv0  ボール Lv0    ボール Lv0


 Lp 1000   Lp 1000     Lp 1000

 手札 5   手札 5      手札 5


------------------------------------------------------------


--------------------------------------------

〈警備ロボ①〉魔力  0→5

--------------------------------------------




「えっ、もしかして2台とまとめて戦うのか……?」


表示されるメッセージを見て、俺はようやくとんでもないバトルをしようとしていることに気がつく。


『そうよ。でも、あなたなら勝てるでしょっ』


こともなげにそういうヴァナの隣で、俺は頭を抱える。


2体1。


カードゲームにおいて、少数側が不利であるのは語るまでもない。


手札という要素1つ見たって単純に数が倍になるのだ。


…………マジかよ。


俺は額に汗を垂らす。


圧倒的に不利。


でも絶対に勝てないわけじゃない。


2体1のバトルに勝つ方法、それは――


「とにかく、1体を速攻で倒す。……それしかない」


そうすれば1対1に持ち込める。


理屈の上では。


〔ワタシのターン。《パトロール・ボール》の能力発動ッ〕


手札1枚をコストに、俺への100ダメージ。


浮遊する球体から電撃が放たれ、俺の身体を襲う。


「……っっ」



--------------------------------------------

〈レイミ〉Lp1000→900

--------------------------------------------



衝撃と痛みで、俺はたまらず膝をつく。


この世界での戦いも4度目だが、これは何度やっても慣れない。


〔さらに手札から捨てた《セキュリティ・コール》の効果で、デッキから《セキュリティ・チェイサー》を手札に加えてそれを召喚しマス〕


警備ロボのフィールドに、警告灯を灯した四つ足ロボットが現れる。


その構造は警備ロボのそれとよく似てはいるが、ひと回り小さかった。


「あのカードって確か……」


〔《セキュリティ・チェイサー》の能力で手札の同名カードを全て召喚しマス〕


俺が思い出すのと同時に、警備ロボがその能力を発動させた。


サイレンと共に、警告灯を回したロボットたちが次々とフィールドに出現する。


《セキュリティ・チェイサー》は俺が持っている《鬼火》と同じように4枚以上デッキに入れられるユニットだ。


見る間に相手のフィールドは5体の《セキュリティ・チェイサー》で埋め尽くされた。




---------------------《フィールド》-------------------

〈レイミ〉 

ヴァナ Lv0/50/0


〈警備ロボ①〉

ボール Lv0/0/0

《セキュリティ・チェイサー》Lv1/攻100/防50 ×5


〈警備ロボ②〉

ボール Lv0/0/0

------------------------------------------------------------



----------------------《2ターン目》-----------------


〈レイミ〉 〈警備ロボ①〉  〈警備ロボ②〉●

ヴァナ Lv0  ボール Lv0    ボール Lv0


 Lp  900   Lp 1000     Lp 1000

 手札 5   手札 0      手札 5→6

 魔力 0   魔力 0      魔力 0→5

----------------------------------------------------------




そして、もう1体の警備ロボのターンが始まる。


これも2対1の怖い所。


実質的に相手のターンが2回行われることになるのだ。


〔ワタシのターン。《パトロール・ボール》の能力発動ッ〕


「……くぁっ」



--------------------------------------------

〈レイミ〉Lp900→800

--------------------------------------------



それは先ほどのターンの再現。


電撃が再び俺の身体を襲い、俺のライフを奪う。


そして続けて召喚されるのも《セキュリティ・チェイサー》だ。


もう1台のフィールドと合わせて、6体が並ぶ。


そして――、


〔《セキュリティ・チェイサー》の能力。手札の同名カード1体と《セキュリティ・ガード》を召喚しマス〕


さらに2体が追加され、今度はパトカー型のロボットも1体現れる。


『《ガード》の能力は攻撃封じ。これで私たちはレベル2以下で攻撃できない……』


ヴァナの予想通り、警備ロボは《ガード》の能力も当然発動する。



---------------------------------------------------------------

《セキュリティ・ガード》

Lv3/攻撃力300/防御力200

タイプ:光,機械,戦士

●:召喚された時、Lpを200払って発動。

次のターンまで、自身が存在する限りLv2以下の全ユニットは攻撃できない。

---------------------------------------------------------------


--------------------------------------------

〈警備ロボ②〉Lp1000→800

--------------------------------------------



それはジュンの時にも見た戦術。


ユニットを並べ、ダメージを稼ぎ、低レベルの攻撃を封じる。


「対低ランク用デッキって訳だな」


そしてこの状態は見た目以上にマズイ。


《セキュリティ・チェイサー》には大量召喚以外にもう1つ能力がある。


それは自分のターンが来る度に相手にダメージを与える能力。


1回あたりのダメージは50と微量だが、7体も並んだ現状ではシャレにならない数値になる。


俺たちに向けられた、その鈍く光る無数の銃口をにらみながら、俺は自分のターンを宣言した。




----------------------《3ターン目》-----------------


〈レイミ〉● 〈警備ロボ①〉  〈警備ロボ②〉

ヴァナ Lv0   ボール Lv0    ボール Lv0


 Lp  800    Lp 1000      Lp  800

 手札 5    手札 0      手札 3

 魔力0→5    魔力 0      魔力 0

----------------------------------------------------------




2対1の圧倒的不利。


大量召喚で埋め尽くされた相手のフィールド。


確定した次の相手ターンでの大ダメージ。


絶体絶命の状況だ。


だが、この状況を突破し、当初の予定通り敵の片方を速攻で倒す1手が、実はある。


しかし、それができるカードは今の俺の手札にはない。


ドローしたカードは《ヴァルハラの祝福》。


――違う。


強力なカードだが、この場面では役に立たない。


なら、取るべき手はたった1つ!!


「俺はレベル0の《鬼火》を召喚し、《0:1交換》で破壊する!!」


『えっ!?』


俺の選択が意外だったのか、ヴァナが驚く。


だが、現状で勝つための最善手はこれだ。


《0:1交換》はレベル0のカードを破壊してドローするカード。


このドローに運命を賭けるっ!!


俺は思いを込めてカードを掴み、そして引き抜く。



「…………来たぜ」



運命は、俺に微笑んだようだった。


「まずはヴァナ、お前の能力発動だっ!!」


『うん。私の能力【性能調整せいのうちょうせい】を発動!!』


その効果により、ヴァナの攻撃力は相手フィールドのユニットの数×100アップする。


相手の場には、パートナーを含めて合計10体。



-------------------------------------------------------

《虚構天使ヴァナ》  攻撃力50→1050

-------------------------------------------------------



〔ピピッ。しかし、《セキュリティ・ガード》 の能力で攻撃は不可能デス〕


「……それはどうかな?」


警備ロボの言葉は、俺がこれ以上何もしなかった場合の話だ。


当然、そうはいかない。


俺が先ほどドローした切り札を掴み、フィールドに出す。


そのカードは、――――



「俺が詠唱するのはレベル3スペル《アシッド・ストーム》だ!!」



それはジュンとのバトルで勝敗を決めたカード。


酸性の雨が暴風と共にフィールドに降り注ぎ、全ての機械ユニットを破壊する。


《セキュリティ・チェイサー》に《セキュリティ・ガード》、それらは全て機械ユニット。


大量展開されたユニット達が、パートナーを残して全て溶けて崩れ去る。


これで《セキュリティ・ガード》の攻撃封じ能力も消滅した。


〔ナッナッナッ!!〕


2台の警備ロボットはこの展開が理解できないとでもいう様に言葉にならない音声を出す。


さあ、これであいつらを守るユニット達はいなくなった。


「攻撃力1050のヴァナで、そっちの警備ロボを攻撃だ!!」


『【トランス・ウェーブ】!!』


俺は手札を2枚残していた方のロボを攻撃対象に選ぶと、そちらにヴァナが衝撃波を放つ。


警備ロボは吹き飛び、大きな音を立てて壁をへこませた。



--------------------------------------------

〈警備ロボ②〉Lp800→0

--------------------------------------------



「さあ、これであと1台!!」


俺は残された警備ロボに向かってニヤリと笑ってそう言った。


それを見たロボが少しあとずさった、かに見えた。







次回「フラッシュバック」に続く

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