第62話 勇者の帰還ー3

 大介が予定日として指定した6月になっても、大介は帰ってこなかった。


 7月中旬の日曜日、アサヒの部屋に綾子が訪れていた。


 アサヒのドライTシャツから汗が滴り落ちている。

 もう、一通り運動を終えたようだ。


「今日も、だめ、だった」


 綾子がすぐに新しいタオルを手渡した。


 周囲が注意しても、どうしてもオーバーワークになってしまうアサヒをフォローするため、マコトやジン、奈緒子が順番にマンションを訪れる中、綾子は日曜日だけアサヒの元に通っていた。


 アサヒが自分の部屋に誰かが宿泊することを頑なに拒んだので、惣三郎が近所に2部屋ほどマンションを借りて、1部屋は綾子に、1部屋はジンに鍵を渡していた。

 マコトはハルカのマンションで半同棲状態だ。

 アサヒが自分の部屋に誰かが宿泊することを頑なに拒んだので、惣三郎が近所に2部屋ほどマンションを借りて、1部屋は綾子に、1部屋はジンに鍵を渡していた。

 マコトはハルカのマンションで半同棲状態だ。

 マコトとジンが買い込んだベッドといえば、使える状態にはしてあるものの、ほとんど使用されたことはなかった。


「あっくん。本当に無理しないで。

 体調崩しちゃうから、すぐにシャワー浴びて着替えよう?」


 いくら止めるように言っても聞いてくれないので、せめて身の回りの世話だけでもしたいと申し出たが、最近のアサヒは『何が影響しているかわからないから』と、綾子が来ることすら拒み始めていた。

 一時期は喜んでいた綾子の手料理も断り、少しだけ作られた大介のための料理は、誰かが持ち帰っていた。


 綾子に言われるまま、アサヒが少し虚な表情で風呂場に入っていった。


 10分ほどすると、アサヒがシャワーから上がり、真新しいシャツとハーフパンツ姿で現れた。

 綾子たちが用意したものだが、本人はそのことにすらあまり気が回っていないようだ。


 アサヒがソファに掛けたので、一つ間をとって綾子も座った。


「父や母とも話しました。もう、良いんです。

 もともと兄は、最後に帰るときは自力で帰って来るって言ってました」


「でも、ダイちゃんが僕の助けを必要としているかもしれない」


「あっくんは、もう3ヶ月も頑張ってくれました。

 初めて兄が帰ってきた時から考えたら、1年以上です。

 もう、十分以上に頑張ってくれました」


 アサヒが俯いている。


「・・・頑張ったって、ゲームをしていただけだよ。

 本当に役に立ってるのかもわかりゃしない」


「そんな事ありません!

 私たちはあっくんのおかげで!」


「マコっちゃんたちにも言おうと思ってたんだけど、少し、一人だけでやってみようかと思うんだ。

 ほら、最初は僕一人の時にダイちゃん帰ってきたし」


「私たちの顔、見ると、辛い、ですか?」


「ごめん。今日のところは、もう帰ろうか。

 遅くなると、良くないし。

 僕も明日ちょっと早いんだ」


 綾子を玄関まで送り出そうと立ち上がった時、軽いめまいを覚えた。





 アサヒは、自責の念に苛まれていた。


 何もできない。


 無力感。


 以前、どこかで感じたことがあるような、足元が崩れて行くような感覚を覚えた。





 ******





 気づくと、薄暗い部屋でベッドに横たわっていた。

 綾子が呼んだらしいマコトが、隣のベッドに寝転がってスマホを見ていた。

 寝巻きがわりか、無地の白Tシャツにハーフパンツだ。



「うん?ああ、気づいたか。結構すぐに起きたね」


 体を起こしたアサヒを見つめる。

 ハルカのマンションにいたマコトは、取り乱した様子の綾子から電話をもらって、わずか数分で部屋に来ていた。



「アヤちゃんのこと、泣かすなよ。

 アッちゃん。もういいから、アヤちゃんと付き合いな」


「でも」


 よっと掛け声をかけて、軽々とマコトが立ち上がった。


「いいか。

 みんなもうダイちゃんに会えないって思ってたんだ。

 アッちゃんが帰ってくるまで。

 宮神の皆なんて、ボロボロだったんだ。

 みんな作り笑いばっか浮かべてさ、もう昔みたいな笑顔なんてもう見れないって思ってた。

 一時期のナオちゃんなんて、取り乱して酷かったし、アヤちゃんも、見ていられなかった。

 ダイちゃんがいなくなってから、ハルカがアヤちゃんを見てくれていたんだ。

 ハルカもどうしていいかわからないって言ってたくらいだ。

 でも、それが、ここまで回復した。

 不満なんて誰も持ってない。


 今はアヤちゃんを見てやってくれ。

 アヤちゃんは、アッちゃんを、お前を心配してるんだ。


 ダイちゃん?

 勇者は勝手に帰ってくるさ」


「うん・・・」


「もし、お前らが付き合って、何かあったら、俺が絶対なんとかしてやる。

 ジンさんの力を借りて!」


「ふふ」


「さて、リビングでハルカがアヤちゃんの様子を見てくれている。行こうぜ」


 ******


 リビングには、ソファで泣きじゃくる綾子を慰めるハルカの後ろ姿があった。

 背中に『漢女おとめ』という黒文字が筆書きで丸く囲まれたピンク色のTシャツにマコトと同じハーフパンツだ。

 どこで買ってきた。


 マコトと、その後ろから出てきたアサヒを認めると、スッと立ち上がってこちらに向きを変えた。

 良かった。前は無地だった。

 マコトと一緒に急いで来たのだろう、ほとんど化粧をしていないようだ。




 アサヒに近づくと、何も言わず、ぶん殴った。


 グーで。


 2発。


 ボディに1発入れて、かがんだアサヒの頬にフックを叩き込んだ。

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