王太子を奪い王妃にまで上り詰めた女のその後

休日三度寝

「することがないとつまらないものね」



この国の王妃となったカレンフィアは自室から空を見ていた。


煩わしい公務を放棄した。

気に入らない侍女たちを辞めさせた。


結果、カレンフィアを世話するものは居なくなり、部屋から出られなくなった。


侍女がいなけれぱ、ドレスに着替えることもできない。

化粧も、ヘアセットもなにもできない。

湯浴みさえもできない。


寝間着のまま寝台で一日を過ごすしかなかった。



「働かない奴を食べさせる義理はない。それは王族も平民も同じだ」


学園時代は散々甘やかしてくれた王太子は、夫となり、国王に即位してから人が変わった。

妻の事は二の次三の次となり、国民を第一に考える王となった。

華美なドレスは与えられなくなり、食事すらままならなくなった。



部屋の扉越しに、部屋付きの護衛騎士に夫への伝言を頼んだ。


しかたなしに「公務をするから」と願い出た。




久しぶりに顔を合わせた夫は顔をしかめた。


「そんな格好で?」


寝癖だらけ、しばらく入浴をしていない身体は自分でもわかるくらいのにおいを放っていた。


「侍女を呼んで」

「君が辞めさせたからもう誰もいないよ」

「そこの者でいいから」


夫の後ろに控える侍女を指差した。


「彼女は私の専属の者だ」

「…なら新しい人雇って」

「不思議なことに募集しても集まらないし、希望者も出ないんだ」


王妃の世話役なんて栄誉ある仕事なのに、ありえない。


「君は知らないだろうけど、彼女たちの情報網はすごいよ。君が辞めさせた侍女達にした仕打ちはもう王都中に回っているみたいだ」


カレンフィアは舌打ちを堪えた。


「加えて…君はあまり人気と人望がないみたいだね。気が付かなかったのは私の落ち度だけれど」


夫は後悔をにじませ席を立つ。


「待って」

「王妃が餓死なんて外聞が悪いから、死なない程度にパンの一つでも恵んであげるよ」


今まで見たことがない冷たい目をして笑っていた。

次の日から硬いパンが差し入れるようになった。


それだけだった。





これならまだ、実家のほうがマシだったわ。

クローゼットの奥から部屋着用の簡易ドレスを見つけた。

ワンピースのそれなら一人で着替えることができそうだった。

ガサガサの髪をどうにか一つに結うと、ベランダから外に出た。


実家に帰って甘やかされようと思い立った。



王家に嫁ぐには爵位が足らず、侯爵家に養女となったが、書面だけの関係で侯爵には会ったことすらなかった。

いや、会ったことはあったのかもしれないが、人の顔を覚えることが苦手なカレンフィアが侯爵の顔を覚えているはずがない。

さすがに義父の顔もわからない侯爵家に行っても門前払いを食らうだろうと、生家であった男爵家に戻ったのだが。



「…なんで…?」


歩いて実家に戻れば、屋敷があったはずの場所は更地になっていた。

カレンフィアが王族に嫁いで、裕福になったはずだった。


「領地が与えられて、領地に引き上げただけよね…きっと」


家族がここにいない理由をひねり出したが、王都の屋敷を更地にする理由は思いつかなかった。



ふらふらと城下街に足を向けた。

だれか、家族の事を知っている人がいないかと。




街には活気があった。

皆、どこか楽しげにも見える。



ふと横を幼い子どもが通り過ぎた。



「パパー!」


子供の父親らしき男が、振り返って両手を差し出す。


「一人で買い物できたか?」


「うん!」


子供を抱き上げて褒めている男の顔に覚えがあった。

カレンフィアが貴族学園へ入学する前に恋していた男だった。


平民の彼とは幼馴染だった。

顔立ちが良い彼を連れて歩くと、周りは羨ましがった。

彼に優しくされて優越感にも浸った。

きっと将来は彼と結婚するんだろうなんて思っていた事を、今のいままで忘れていた。


男の側には女がいた。

赤子を抱いた女だった。

幸せそうな家族がそこにいた。


口の中で血の味がした。

よほど歯を食いしばっていたようだ。


「本当なら、私が隣に立っていたはずなのに」


心の声が漏れたのかと思った。


振り返ればすぐ後ろに夫が立っていた。

地味な意匠なので周りは気づいていない。


「何も考えず、婚約破棄をしたせいで彼女には大変な思いをさせてしまった」


視線を戻せば、幼馴染の隣に立つ女は家を追い出された公爵令嬢だった。

婚約破棄をされて公爵家から追い出された女。


「幸せそうな彼女を見ると安心するのと同時に後悔が止まない。愚かな選択をしなければ、あの男の立つ場所に私が居たはずなのに」


学園であのように自然に笑う公爵令嬢を見たことがなかった。

幼馴染にキスをされ、頬を赤らめる元令嬢。

とりすました無感情女があんな幸せそうに笑う姿を見たことがなかった。


「彼女のためにもこの国の治安維持に励むよ」


夫の原動力は彼女だったのだ。


カレンフィアは変装している護衛に馬車へと押し込まれ、連れて行かれた先は、王妃の私室ではなく貴族牢だった。


完全な監禁を目的とした牢から抜け出せる手段はない。


夫に離縁を申し入れたが却下された。

王族の婚姻は簡単に破棄できない。

婚約破棄の時にかなり揉めたのだ、二度と同じことはできない、と。


平民落ちした公爵令嬢は幸せそうだった。


今まで忘れていた幼馴染の男の名を呼んだ。

こんな場所から助けだして。

昔のように優しく手を差し伸べて。


「王妃になれたのに…ちっとも幸せじゃない」


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