彼方のキャンパス

夢水 四季

けむくじゃら

僕の人生に彩りを与えてくれたのは一枚の絵だった。


 家族の温もりも、人の優しさも分からなかった。

 


 浜辺の流木に座り、海と大橋を描く。

家の中よりも自然に囲まれた場所で絵を描くのが好きだ。人物画や抽象画はあまり描けない。目に実際に映った景色を描く。

 絵筆を手にしている間は余計なことを考えずに済んだ。

 無心になって描き終えると、横にふと何かの気配を感じた。

 黒い毛むくじゃら。

「⁉」

 びっくりして思わず後ずさると、けむくじゃらもちょいと寄ってきて絵を覗き込んだ。

 彼からは悪意は何も感じられず、単純に僕の絵に興味を示しただけだった。しばらく、けむくじゃらに見つめられながら絵を描いていると、彼は木の枝を拾ってきて、砂浜に絵を描き始めた。僕がスケッチブックに描いていたのと同じ橋の絵だった。


 次の日。

 いつもの海岸に絵を描きに行くと、けむくじゃらが既に切株に座って待っていた。僕を見つけると、彼は嬉しそうに手招きをして、森の方へ進んでいった。


 大きな大木だった。

 けむくじゃらは、そこに住んでいるらしい。


 それから時々、僕達は、その大木の周りで遊ぶようになった。

 鬼ごっこや、かくれんぼをしたり、絵を描いてやったりした。



 それが、僕の生まれた故郷での記憶だった。

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