第17話 電話越しに聴くと、彼の声は(後)
『俺。……会いたいんです、もう一度』
「ふーん?」
『会ってくれますか? いつなら、会えますか?』
「そんな、せっつくなよ、槙くん」
──深夜、見知らぬ番号から電話がかかってきたところで、普段なら、わざわざ応答することなどしないのだが。
九月最初の土曜日、たまたま優一は、槙からの通話を受けた。
単に暇だったから。
そして、淋しかったから。
「そういえばさ。いつだったか、俺、電車のなかで、槙くんのこと、見かけたんだけど」
『え? いつ、ですか?』
「うーん、結構まえ、かな。五月ごろだったと思う」
『……五月』
──いま、槙は、彼の部屋から、この電話をかけているのだろうか。
紘彦の部屋と、線対称の位置に置かれたベッドと机のある部屋で。
『気づいたなら、声、かけてくれればよかったのに』
「あはは、かけられないよー、声なんか」
『……どうして』
「きみ、すっごくかわいい彼女つれてたんだもん、そのとき』
電話の向こうの槙が押し黙った。
「髪がセミロングで、きれいな女の子だったな」
その沈黙に、意地悪く畳みかけてやる。
「あの子、どうしたの? すごく仲良さそうに見えたけど」
『……べつに。彼女とは、もうなんでもないです』
あからさまにムッとしている声が返ってきた。
『会ってください、俺と』
次には、ものすごい直球が飛んできた。
「会わない」
だからこっちも、ストレートに言い返してやった。
『どうしてですか』
「会うわけないよ、きみなんかと」
『……なんで、そんな言い方するんですか』
電話ごしの声は、かなりいらだちはじめている。
「第一、会ってどうするの。俺ときみが一緒にいて、何をするの」
『何をしようって……会って、一緒に……話をしたり、とか』
「話? バッカじゃないの、きみと俺とで、どんな共通の話題があるんだよ」
とどめを刺すつもりで、おかしそうに笑う声を、わざと聞かせてやった。
「だいたい、俺の電話番号、槙くん、どうやって知ったの?」
『……』
「まさか、紘彦から聞き出した?」
電話の向こうの槙は、ふたたび押し黙った。
さっきよりも長い沈黙だった。
『……リビングのサイドボードの上に、携帯の充電器があって』
そんなふうに話し出した槙の低い声は、ひどく硬い。
『うちの家族は、同機種を使ってるから、みんな、そこで充電する習慣になってるんです』
「ふーん?」
『で、兄貴もそこで、充電、してて』
「あー、なるほど。お兄ちゃんの携帯いじって、俺の番号、調べたの? 悪い弟だな」
『だけど、ロックがかかってたから』
「当然でしょ」
『最初は、兄貴の生年月日を入力してみた。……したら、違ってた』
「そりゃ、自分の誕生日なんか、暗証番号にしないでしょ」
笑い声をあげた優一の耳に。
『あのクソバカ兄貴、暗証番号、』
ふるえる槙の声が届いた。
『──俺の誕生日に、設定してやがった』
芝生の上で笑う、あの兄と弟の写真。
色違いでお揃いのベッドカバーとカーテン、線対称の部屋。
──ああ、電話ごしに聴くと、低くて、すこしハスキーな槙の声は。
似ている。槙の声は、彼の兄に。
……なんて似ているんだろう。
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