第6話 あついのに、寒い

 とてもあついのに、ものすごく寒い。

 意識のなかに強烈な色彩を流しこまれたように、めまいがする。


 気分がへんなふうに高揚して、重力がおかしい。空気の密度も。 

「……脱いでよ。槙も」


 なんで、そんなことを優一が言うのか、自分が言われなければならないのか、わからないけれど。


「蓮見さんが、脱がせて」

 そしてもっとわけがわからないのは、優一に向かいあう自分が、そう口にしたことだ。


 優一が笑った。なんてかわいい笑いかたをするんだろう、とうっとりした。

 彼の両手が伸びてくる。夏の制服の白いシャツ、そのボタンに手がかかる。


 ひとつひとつ、はずされていって、前をすべてひらかれ、優一が袖を抜き取るときには、脱がせてくれるその動きに協力して。


 ──兄貴が、このひとのことを。

 普通の友達とは違って、特別な優しさで、あまやかすように扱うのは。


 ふたりですっかり上半身、裸になった。

 向かいあって、そのとき、気づいた。

 優一の目が、陶然としていることに。


 ──それは、兄貴が、恋をしているから。同性のこのひとに。


 さっき、ニセアカシアの梢の、やわらかに揺れる緑の葉の、うつくしさに圧倒されているときと同じように。

 槙の裸の上半身を、うっとりと、息もできないような顔をして、彼は見つめている。

 そしてたぶん、自分だって、そんな優一と同じ顔をしている。


 ──だけど、兄貴は、自分自身でさえ、自分の気持ちの種類に気づいていない。


 俺はちゃんと、わかっているのに。

 俺自身は、今、どんなふうに、このきれいなひとのことを「好きだ」と思っているのか。

 それは、どんな感情を伴う「好き」なのか。


「ねえ、槙。……きみの部屋に連れていって?」

 わりと甘えた声で、ねだるように見上げられた。


「槙の部屋に。……ここじゃ、無理」


 優一が口にしたその言葉は、甘い懇願の形をとっていたが、単なる誘惑ではなかった。


 槙が従わなければならない、指示であり、命令だった。

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