第3話 驟雨の中を
「それよりさあ、槙くん、どうしたの。今、高校の帰り? 何をそんなに走ってきたの?」
おっとりと蓮見が尋ねた。
「え、だって。すごい雨が来そうじゃないですか」
「雨?」
きょとん、とした顔だ。
気づいてないのか? この空模様で。百パー、すげえ夕立がくるに決まってるじゃないか。
「俺、傘、持ってなくて。──だから、雨が来ちゃう前に、走って家に帰ろうって」
槙がそう答えたとき、瞬間的に白いひかりが雲の中を走り抜けたのが目に入った。
あ、と思う間もなく、大きな雷鳴が、あたりいっぱいに響きわたる。
目の前の蓮見が、とっさに腕で身を守る姿勢をとったほどの、とどろくような。
「あ。雨……」
蓮見がそうつぶやいたのが、契機になったように、ぴとん、と大きな雨粒が、槙の半袖の腕を叩いた。
頭上から、突如、降り注ぐように落ちてきはじめた雨粒。
音を耳がとらえ、鼻がその匂いを感じ、肌が、冷たい温度と痛いほどの感触を受けとめる。
「走ろう、蓮見さん!」
「え? あ……でも」
「だって、このままここにいたら、びしょ濡れになるから──とりあえず、うちまで!」
そう叫んで、蓮見とふたりでアスファルトを蹴って走りはじめた。
強い雨が肌を激しく打つ。
「蓮見さん! ──手!」
なんでそんなことをしたのか、わからないけれど。
短い言葉をぶつけるようにして、槙が手をさしのばすと、雨の中、すぐに優一の手に握られたのがわかった。
滝の中を走るようなひどい夕立。体の熱が容赦なく奪われていく。
つないだ手だけが温かい。ちいさな炎がともっているみたいに。優一の手だけが。
ああ、雨脚が強い。とても。
走るふたりの体を包みこむように、天の真上から、雨が落ちてくる。
地面にしぶきがあがる。降りそそぐ雨が、周囲の何もかもを遮断する。
手をとりあって走る槙と優一は、今、雨にすべてをさえぎられて、二人だけの世界にいる。
そのとき、びっくりするほど近くて大きな雷鳴が、ふたたび空のなかに響きわたった。
「蓮見さん! あとすこしだから!」
年上の彼の手をつないで、走る。駆け抜ける。
息が苦しい。苦しい。心臓だって。
けれど、走らなければ。濡れてしまう。頭も、服も、身体も、びしょ濡れに。
寒い。でも、あつい。
家にたどりつき、焦った手で槙が鍵をあけて、玄関の中に飛び込む。
水滴がしたたるほど互いの服が濡れている。
服だけじゃなくて、髪も。体も。そこでふたりの手が離れた。
靴を脱いで、家のなかへと走りこんだ。
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