第6話 リーザ


 シモンは、ジェーマインを刺した時にはレイピアから手を離し、手を離した時には甲冑の下から抜け出し、抜け出した時には、ジェーマインの顔に針を投げつけながら、大きく飛び退いていた。


 ナッツには、リアルタイムで目撃しても、転がっている甲冑の下に隠れるということが理解できなかった。

 爆炎で抉れていたとしても、甲冑と床の間に、人間の潜む隙間など無い。

 無いはずなのだが、シモンはするりと、その下から抜け出てきたのだ。

 黒装束に黒いマスクで目から下を覆っているため、影が抜け出たようにも見える。


 シモンが針を投げつける寸前に、エルシャは無声詠唱を終えていた。

 オウムルンがフェイクのテラゾラスを詠唱している間、声に出さずに呪文を詠唱していたのだ。

 そして、シモンが針を投げたとほぼ同時に、魔王を指さして標的を固定し、発動ワードを口にした。


 「天帝雷撃!」

 リーザが現状のレベルで放てる最強魔法の発動は、ジェーマインの意識が、針に向いた一瞬と重なった。

 

 ジェーマインは、凄まじい電撃に包まれた。

 増幅回路を組み込まれた円筒形魔法陣の結界の中に、雷撃と共に閉じ込められたのだ。

 さらに電撃はシモンが刺したレイピアに集約され、魔法防御を無効化した傷口から、ジェーマインの体内を焼いていく。


 ごあああああッ!

 ジェーマインが咆哮をあげると、結界が薄いガラスのように砕け散った。

 魔王の全身からは、薄い煙があがっていた。

 マントは焼け焦げ、角の何本かは炭化して折れ、赤く染まった左目がギラギラと輝いていた。閉じた右目には、シモンの投げた針が刺さっている。


 ジェーマインは、大ダメージを受けていた。

 しかし、致命傷には至っていない。

 「き、貴様ら……」

 「覇王斬ッ!」

 ジェーマインが反撃に出る前に、ハンクが攻撃を仕掛けた。

 

 「おれも出る!」

 ナッツはそう言った。

 こんな居心地の良い場所から出るのは辛いが、まだ戦いは終わっていない。

 ジェーマインの『螺角』で吹き飛ばされたナッツは、後方で待機していたカメレオン・ワームの体内に取り込まれたのだ。


 この不定形の召喚獣は、体表で光の屈折率を変化させて、外からは見えなくなる。

 もちろんリーザが召喚した召喚獣だ。

 カメレオン・ワームの体内に潜り込んでいれば、機敏な動きはできないが、隠密行動が容易となる。

 空気や食糧も取り込むことが出来るので、ときにシェルターの役目を果たすこともできる召喚獣である。


 居心地の良さは、召喚獣の能力とは関係がない。

リーザがいるからである。

 リーザは作戦開始時から、このカメレオン・ワームの中に潜み、姿を隠したまま行動していたのだ。

 不定形だが大きな召喚獣ではないので、二人も入れば、かなり密着することになってしまう。


 リーザはナッツの背中に身を寄せながら、治癒の光を召喚し続けていた。

痛めたナッツの内臓は、ほぼ回復していた。


 リーザも召喚士としてのレベルは高くない。

 ただ、強大な戦闘力を持つリヴァイアサンやバハムートを召喚することはできないが、同時に幾つもの召喚獣を呼び出す術に長けていた。


 ナッツは身を捻って後ろを向いた。

 リーザの顔がすぐそばにある。

 ナッツと同じ年である。17歳。少し大人で、少し子供のままで、ほとんどが中途半端な年齢だ。その中途半端な部分が、日増しに変化していく。

 おしとやかと言うタイプではない。

 明るく、誰とでも自ら距離を詰めていくタイプの少女だ。


 リーザがいなければ、ハンクの旦那ともエル姉とも仲間になることはなく、シモンと出会うことも無かった。

 「じゃ、行ってくるよ」

 「うん。がんばってね」

 短く言葉を交わして、ナッツはカメレオン・ワームから外へと出た。

 

 「マジック・ミサイル!」

 エルシャがけっこう高い確率で無差別攻撃をする、マジック・ミサイルを撃ち出したところであった。



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