第36話 隣国の王子は変わり者!?

 街の中央にある商業ギルドに到着すると、同じ大陸の商業ギルドなので南大陸と違って登録し直す必要もなく規定の為替レートでビシュマール金貨を得ることができた。つい先日友好関係が結ばれたばかりでセントイリューズの商業ギルド会員は珍しいのか、受付のお姉さんからは矢継ぎ早に質問が飛んできた。


「食料を輸出しようとしている商会はまだないのかしら? 魔道具の生産が盛んなんですって? 大きな船で南大陸と貿易をしているって本当なの?」

「えっと……食料はわかりませんが街道を通したら可能性はあります。魔道具や貿易の話については本当です」


 私は異空間から香辛料やコーヒー、それからチョコレートと真っ白な砂糖を取り出してカウンターの上に置いて、サウスクローネで灌漑を進めながら調味料や嗜好品の生産を進めていることを話した。

 名刺がわりにと王子へのプレゼントの練習で余ったチョコレートクッキーを渡して試食を勧めてみる。


「うんまぁ! 何これっ! 信じられない美味しさだわ!」


 突然の叫び声に商業ギルドの中にいた商人たちの注目が一斉にこちらに向いてしまう。


「サウスクローネのチョコレートと砂糖、それからセントイリューズの小麦とバターと卵で作ったお菓子です。第三王子へのお土産に作ったの」

「これをあの変わり者の第三王子に渡すなんてもったいない! 私に任せてくれれば同じ枚数の金貨に変えて……アイタッ!」


 身を乗り出して捲し立てるお姉さんの後ろから、ギルド長バッジをつけた初老の男性が姿を現しお姉さんの頭を小突いた。


「これ、リンダ! 何を大声で会員の情報をそこらの商人どもに吹聴しまくっておるんじゃ。商談なら別室でせんか!」

「申し訳ございません、ギルド長。あまりの美味しさに我を忘れてしまいました。大変失礼致しました」


 私はリンダさんの謝罪を受け入れながら、せっかくの申し出だから現地の農作物との物々交換が可能か聞いてみることにした。


「どうせなら金貨よりもビシュマールの特産品の方がありがたいです! このチョコレートクッキーのように、複数の国の材料を使って初めて生まれるお菓子や料理を作るためにやってきたんですから」

「おやおや、お嬢さん。いや、護衛さんたちに話した方がいいかの。こんな、こちらがボロ儲けの商談をお嬢さんにさせていいのかね?」


 二人の護衛がついていることや言動から世間知らずのお嬢様だと判断されたのか、チェスターさんやアレックスさんを交互に見て確認してくる。


「いやぁ……お嬢の保有資産はもうちょっとやそっと使ったくらいじゃどうにもならないところまできているっていうか、むしろもっと無駄遣いをさせるべきだと保護者は考えておられるので」

「まったくだ。それに、こいつの料理は異常に美味い。この街の市場で見た作物を使ったレシピも、既にこいつの頭の中には浮かんでいるはずだ。絶対に損はしないのに、心配するだけ無駄だろう」


 二人の言う通り私の保有する資金は魔道具や美容品、それから大陸間貿易による利益により、ほぼ大商会と変わらない資産に膨れ上がっていた。そもそも演算宝珠を作るだけでも十分な金貨が得られるのに、アイリッシュヴォルドの税収までお祖父様の計らいで丸々私の元に転がり込んでくるのよ?


 演算宝珠で行った経済シミュレーションによると、むしろもっと無駄遣いをしないと金回りが悪くなることが予想される。

 アイリッシュヴォルドで大規模な建築を進めたり、街道も整備したり異国の緑化事業にも手を出したりして、行く先々で国の発展や文化振興のために投資しては資金を増やして再投資していけば発展の原動力になるはず。


 そう、計算づくなんだから! 別に、芋羊羹を作ったりバニラアイスクリームを作ったり豆を使った和菓子を作ったりしたいからじゃないんだからね!


「まあ、護衛さんたちまでそう言うなら問題ないのじゃろう。リンダに任せればギルドの商人たちを取りまとめてくれよう。こちらとしても、セントイリューズの食料が少しでも輸入されるのはありがたい」

「わかったわ。よろしくね、リンダさん!」


 こうしてお菓子のような加工品やそれらの原材料についての物々交換の約束を交わした後、私たちは商業ギルドを後にした。


 ◇


「さて、そろそろ約束の時間が近くなってきたはずだから工房に向かいましょう」

「おいおい、昼食抜きかよ。約束は午後のはずだろう?」

「仮にも相手は第三王子なのだし、ビシュマールのお菓子やお茶が振る舞われるはずでしょう」


 私はセントイリューズの王宮で見たお茶会の様子を思い出しながら答えた。あまり食べていたら、先方が振る舞うお菓子に手をつけることができず失礼になるかもしれない。


「工房でお茶会を期待していたのか。すると俺たち二人は昼食抜きだな」


 しかし、そうチェスターさんに言われて少し配慮が足りなかったことに気がついた私は、現地の理解も兼ねて飲食店で軽く昼食をとることにした。都合がいいことに簡易地図に示されている。

 これ幸いとばかりにアレックスさんの先導で迷うことなく定食屋に到着すると、早速とばかりにおすすめ料理を運んできてもらう。


「アボガドのスープに貴重な小麦の皮で煮込んだ豆を包んだトルティーヤ、インゲンマメを少量の玉葱とラードと一緒に煮込んだフリホーレスだよ」


 服装から金払いが良さそうな客が入ってきたと思われたのか、やけに愛想の良い給仕のお姉さんは次々とビシュマールの民族料理を運んでくる。一言で言い表すと豆尽くしといった感じの料理で、全体的に薄味で素朴な味わいをしていた。

 私たち三人はしばらく無言で運ばれた料理を食べていたけど、しばらくしてチェスターさんがスプーンを手放してこう断言する。


「まずくはないが、美味くもない」

「ちょっとチェスターさん。言い方ってものがあるんじゃないの!?」


 以前、私には冒険者たちに喧嘩を売るなと注意したくせに、自分も歯に衣着せぬ物言いをしているじゃないのと鋭いツッコミを入れる。


「そんなこと言われてもな。お前の料理に慣れちまったら大抵のものはまずい。これでも褒めている方だ」


 アレックスさんも同じことを考えたのか、チェスターさんに続いて無言で食べるのをやめてしまった。

 とりあえず現地の食文化の勉強は十分できたと判断して、お金を支払い定食屋から外に出る。愛想良くしてくれたお姉さんには申し訳ないけど、あからさまに料理に不満がある態度をみせる二人が昼時の店の中に居座っていたら商売の邪魔になるでしょう。


「はぁ、厳しいわ。各国の食材と組み合わせた料理は思いつくけど、もっと貿易を活発化させないとビシュマールの食文化の発展は難しそうね」

「そうだなぁ。だが護衛の俺としては必要なものだけ調達して、セントイリューズで広めればいいと考えるぜ。ここの商人よりアイリッシュヴォルドの商人の方が大量に物を運べるだろう」


 魔導自動車を持たないビシュマール商人がいくら頑張っても、セントイリューズより安い価格で提供できない。結果的に、セントイリューズ王国の品々を運び込んだビシュマール商人は価格競争で追い込まれることになるから、彼らのためにもならないという。


「そのあたりのことはフレドリック王子とも相談することにしましょう。ビシュマールもイリス様の世界の一部なのだし、少しは発展してもらわないと困るわ」


 そう結論付けた私は、今度こそフレドリック王子の工房に向けて歩き出した。


 ◇


 工房に到着すると、かつて会ったライオネルさんが私たちを出迎え王子のいる部屋へと案内してくれた。部屋の中に入ると、王族特有という青い髪を後ろに縛った十五歳くらいの男の子が私を見つめて歓声をあげる。


「ウヒョォオオ! 金髪美少女キタァ!」


 その第一声でこれは御主人様の記憶にある駄目なオタクっ子の典型なのではと判断した私は、思わずチェスターさんの方に顔を向けた。するとそれを予想していたかのように顔を横に振り、声を発さずに口の形で意思を伝えてくる。


(こんなアホな王子は置いておいて、さっさと帰るぞ!)


 とんでもなく失礼な言い草だけど、アレックスさんの方を向いても重々しく頷かれるところを見るとその判断は間違っていないらしい。

 そんな私たち三人の様子に危機感を覚えたのか、ライオネルさんはフレドリック王子の頭にゲンコツを落として注意を促す。


「フレドリック王子。他国からきた客人の前なのですから、少しは取り繕った態度を心がけてください。さもないと、挨拶だけで帰られてしまいますよ」

「そ、それは困る。アリシエール王女……ではなくてアイリには色々と教えてもらわねばならないことがあるのだ!」

「それでは、早速本題を切り出してくださいませ。せっかく気軽に話せる工房にお越しくださったのですから」


 ライオネルさんの進言を受けてフレドリック王子はコホンと軽く咳払いをしたあと、互いの挨拶を手短に済ませて矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。


「アイリの魔導自動車を我が国でも作りたいのだが、どうすればできるのだ? 魔導建機や魔導船についても教えて欲しい! あと、冷暖房や水洗トイレなども是非欲しい! というか、アイリも転生者なのだろうか!」

「えっと……とりあえず順を追ってお答えしようと思いますので、お持ちしたお菓子を食べながらゆっくりとお茶でもしませんか?」


 お婆様から教わったマナーを再現するようにして性急な対応を遠回しに諌めるようにやんわりと受け答えをした私に、フレドリック王子は大口を開けたままライオネルさんの方を向いて助けを求めた。


 するとライオネルさんは深々と溜息をつきながら、客間へと私たちを案内するのだった。

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