王都の演算宝珠職人
第16話 王都ヒルデガルドへの旅路
王都に向かう魔導自動車の中で、私は過去を追想する
「アイリ、君のお陰で大分楽に使命を終えることができそうだ」
御主人様が魔王種退治に向かう途中の宿で、神聖演算宝珠である私を撫でるようにして柔らかな布地で磨く。まだ微かな意識しか芽生えていなかった当時の私は、ただ与えられる愛情にゆり籠の中の赤子のような心地よさを感じていたものだ。
優しい御主人様の役に立ちたい、何者からも守りたい。思慕にも似たその想いが積み重なり、やがて私は個を得るに至る。これは十年以上前の満ち足りた日々の思い出だった。
「アイリ、アイリや。そろそろ王都に到着するぞ……」
そんな幸せの記憶に身を委ねていた私を呼ぶ声に、次第に意識が浮上していくのを感じる。薄っすらと目を開けると、そこには生まれて間もない頃と同じように私を上から覗き込むようにして見つめる祖父母の姿があった。
「お爺ちゃんとお婆ちゃん?」
「「……」」
私の呼びかけで驚いたように目を見張る二人の表情に、急速に覚醒を果たした私はハッとなって飛び起きる。
「ああ! すみません、ヒューバート様! クラリッサ様!」
どうやらチェスターさんとアレックスさんが運転する魔導自動車の客席の中で、暖房の心地良さに爆睡してしまっていたようだ。しかも気が付かないうちにクラリッサ様に膝枕をされていたらしく、頭を撫でられていた感触がわずかに残っている。
だんだんもとのように強力な魔法を行使できるようになってきたといっても、まだ十二歳の身体だ。長い旅で魔導自動車が地面から伝えるほどよい振動に揺らされていると、襲いくる眠気には勝てなかったのだ。
「謝ることは何もない。むしろ暖かく快適に眠ることができる魔導自動車に、儂はとても感心していたところだ」
「そうですよ。ところで、私のことは先ほどのようにお婆ちゃんと呼んでも一向に構いませんからね?」
「わ、儂のこともお爺ちゃんで頼む!」
「うっ、それは色々と問題が……さっきは寝ぼけていたんです!」
ふう、あぶないあぶない。思わず本当の事を口走っていたようだわ。
「むう、それは残念だ。ところで外を見てみなさい。王都が近づいてきたぞ」
「え!? あ、本当ですね。あれが王都ヒルデガルド……」
遠くに見えてきた城郭は、領都と比較しても数倍大きい城郭都市であることが窺える。
イリス様により転生させられた聖女を祖とするセントイリューズ王国の都は、初代の名にちなんでヒルデガルドと呼ばれていて、辺境伯の蔵書の一冊によると定期的に聖女の生まれ変わりが現れる事で知られている。種を明かすとイリス様が異世界から呼び寄せた魂が定着した数少ない成功例なのだ。
記憶を残しているかどうかは不明だけど、もし会えたらどうして不便なイリス様の世界で暮らす気になったのか是非とも聞いてみたいものね。
私は異世界人が好むスローライフ社会の手掛かりとなる新たな出会いの可能性に胸を膨らませながら、次第に近づく王都の東門を一心不乱に見つめるのだった。
◇
門はチェスターさんがヴェルゼワースの家紋が刻まれた剣を見せただけで素通りだったけど、窓から外を見ていると王都に入ってからずっと注目を浴びている気がする。本格的な冬に入ったせいか、外に出ている人は少なかったけど、なんだか落ち着かないわ。
「貴族が王都にやってくるのは珍しいのですか? 通り過ぎる人たち全員がこちらを見ているようです」
「はっはっは! 貴族は珍しくないだろうが、この魔導自動車は珍しかろう。儂とて、まさか本当に馬なしで走るとは思っていなかったくらいだ」
「それにこの振動や音の少なさと言ったら。今までの馬車と比べたらほとんど無音ではないですか。私はここまで快適な王都への旅を経験したことがありませんよ」
アルフレイムでは調理器具や暖房に温水などの生活用の魔道具ばかり作っていて使うことがなかったせいで、ヒューバート様とクラリッサ様に魔導自動車をお披露目したのは王都行きが決まってからのことだった。本当は私が運転する四輪駆動の方が走破性に優れていてスピードも出るのだけど、チェスターさんが強硬に反対して単一魔導モータを動力とする大人しい馬車タイプの魔導自動車に家紋を入れて使用することになった。
個人的には見た目も既存の馬車と大して変わらないと思っていたけれど、初めて見る人にとっては馬なしで異様に静かに走ること自体が珍しいようだ。
「本来は今までの倍以上の速度で走るのでもう少し揺れます。これを量産して商人たちが使うようになれば、辺境の街と主要都市との間での物の輸送が倍以上になって経済が活発化すると思ったのです」
チェスターさんやアレックスさんは安全運転しすぎなのよ。いくら馬車タイプでももっとスピードは出せたはず。お陰でずいぶん長い旅になってしまったわ。
私は調子に乗ってフルスペックの四輪駆動方式の魔導自動車も含めて、本来の輸送性能を話して聞かせた。すると話の途中からヒューバート様の面持ちがだんだんと深刻なものに変化していったので何か不味いことでもあるのかと口を閉じると、ヒューバート様が顎に手を当てて思案するようしてその考えを漏らす。
「倍以上か……旅の道中でも馬にずっと鞭を入れて走らせているような速度を保っていたというのに驚きだ。しかし、商人が使う前に別の用途に使われるだろうな」
「別というと、どんなことに使われるのですか?」
「隣国との戦争だ。戦車として使えば馬の倍以上の速度で侵攻できよう。そうでなくとも兵站能力が大幅に増強されるだろう」
「……そうかもしれませんね」
便利な魔導自動車が必ずしもスローライフ社会に直結する使い方をされるとは限らない。隣国と接する辺境を預かるヒューバート様の言う通り、ちょっと攻撃魔法を放つ演算宝珠を付加すればあっという間に大量殺戮兵器に早変わりだ。
そんな暗い未来を想像して顔を俯かせてしゅんとしていると、クラリッサ様がヒューバート様をやんわりと嗜める。
「もう、あなたときたら。幼いアイリに血生臭い
「おっと、これはすまんな。確かにヴェルゼワース家からの貸与という形をとれば、勝手に流通はできないから用途を限定することは簡単だ。言われた通りに使わぬようなら返還させれば済むだろう」
貸与というと御主人様の記憶にあったレンタカーとかリースカーということかしら。魔王種が倒されるまで貴族家が所有する聖剣や魔剣の貸与が行われていたから思いついたのでしょうけど、ずいぶんと進んだ考えをするのね。
思わぬ解決方法に進歩の兆しを感じた私が気分を良くして顔を上げたところ、気がつけば外の景色は広い敷地に立派な屋敷が立ち並ぶ貴族街へと様変わりしていた。
「どの家も綺麗な庭園に立派な屋敷を建てているのですね」
「自領の豊かさを示す必要もあるから多少は見栄を張っていることもあるだろう。だが儂のものも負けておらんぞ。ほら、あの先に見えるのがヴェルゼワース家のものだ」
王都の辺境伯邸は、街の中心部に建つ城からさほど離れていない場所に位置していた。蔵書で読んだ情報によると城を囲むようにして二公爵と四侯爵の邸宅があり、その東西に二つの辺境伯家が居を構えるという。その外周には伯爵、子爵、男爵家と続くけど、子爵家以下は王都に邸宅がない場合もあるらしい。貴族家の取り潰しも珍しいことではないから、王都に居を構えられるのは歴史ある貴族家の証拠とも言える。
そんな解説本の中身を反芻しつつ、あらためてヴェルゼワース家の敷地に目を向けると品の良い庭園の奥に歴史を感じさせる邸宅が建っていた。側妃を輩出するだけあって、その歴史は初代ヒルデガルド女王から続く由緒正しい家柄だ。でも……
「素晴らしいですけど、到着したら色々と改築しないといけませんね」
「ははは、よろしく頼むよ」
ロイドさんをはじめとするお抱え職人も連れてきた。暖房や冷房の魔道具はある程度ついているそうだけどオンオフできないそうだから全部調整し直しだ。水回りとして給湯、お風呂に水洗トイレもつけてヴェルゼワースにいた頃と同じ文化的な生活を営めるようにしないとね!
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