第15話 私は演算宝珠職人なのですが!?
「クラリッサ。どうやら儂らの孫娘の器量は、想像よりはるかに大きいようだぞ」
辺境伯邸で演算宝珠を利用した魔道具の開発を進める時も、先ほどの料理のレシピに関しても、共通して言えることがある。それはアイリが知識や技術を独占しようとはせず、進んで領内の者に共有して育成しようとすることだ。
普通の平民として育ったのであれば自分のことを第一に考えるはずだが、アイリにはそれがまるで感じられない。領内全体の活性化など、どちらかといえば為政者の視点に近いものだ。幼い頃から教育を施したとしてもその意識を持たせることは難しいというのに、どうしてああも自然に高い視点から物事を捉えることができるのか。
「ええ……私はあの子をこの辺境の地に一生閉じ込めておくつもりでいましたが、それは誤りであったと自らの不明を恥じるばかりです」
「いや参ったな。本来であれば嬉しいはずだが、儂は第一王子がアイリ以上の器であらせられるのか心配になってきたぞ」
「ご冗談を、比較にもなりません。アイリが歴代の王族の中でも稀に見るほどの英才だとわかっておいででしょう。あと五年で礼儀作法を身につければ、どこの国に出しても恥ずかしくない聡明な王女に育ちますよ」
食材探しのために周囲の植生や隣国の特徴を知りたいと言うので書庫に連れていったところ、どういうわけかアイリは一度見せた本はどれほど分厚く難解な内容でも理解して覚えてみせた。数字にも異様に強く、数年後の隣国の生産高や人口動態などを簡単に予測してのける。今や、あの小さな頭の中には隣国の近い未来の姿がそのまま入っているかのようだ。
そしてそれらがおまけのように、特級魔導師しか成し得ない演算宝珠との契約をいとも簡単にやってのける。チェスターに与えたという魔剣は聖剣に準じる威力を誇っており、それを量産しようものならあっという間にこの国が転覆しかねない。
「というわけで、念のため淑女教育を施してやってくれんか。このまま辺境で隠れていられればよし、さもなくば……」
「なんらかの争いに巻き込まれるというわけですか。わかりました、私ができる限りの教育を施しましょう」
こうしてアイリの知らぬ間にスパルタ教育が開始されることとなったが、一度教えられた事は完全にトレースしてみせる演算宝珠を利用したリピート機能により、本人が気付かぬ間に予想を遥かに上回るスピードで淑女教育を終えることになる。
クラリッサはアイリのあまりの出来の良さと貴族としては純粋すぎるアンバランスさに、孫娘の将来を案じて頭を抱えるのだった。
◇
秋が過ぎて冬が到来する頃、私は暖房器具や調理器具のための演算宝珠の量産とグラタンやクリームシチューなどの寒さに適したレシピ開発の二足の草鞋を履いていた。魅惑のスイーツや柔らかいパンを用いた菓子パンや惣菜パンに続いて、小麦粉を加工して作るパスタとそれを乾燥する魔道具をも生み出し新たなメニューを広めていく。その飽くなき挑戦へと向かう姿勢により、アルフレイムの住民にはいつしか美食の魔術師と呼ばれて親しまれることになる。
「しかし冬の領都だってのに、ずいぶんと澄んだ空気だな。普通は暖炉の煙突から出る煙で霞んでいるはずが、はるか遠くの山脈まで拝める」
「魔獣の魔石から暖房向けの熱を発生する演算宝珠を作れば、木を切り倒さずに害獣処理もできて一石二鳥でしょう?」
山奥の別荘なら暖炉も味があっていいかもしれないけど、木こりをして無駄に木材を消費したら遠い未来のレジャーが台無しになってしまう。
そこで秋のうちに魔導給湯器や魔導暖炉を普及させたため、今ではアルフレイムの住民は好きな時に温かいお風呂に入れてしまうし暖を取るのに薪を必要としなくなっていた。
「それはそうだけどよ、普通は低級の魔石で十分な熱は発生できないんだ。街の住民が気軽に演算宝珠の熱を生活に利用できるなんてこの街だけだぜ」
そして住民の暮らしに劇的な変化をもたらした私は、今日もロイドさんと共に新しい魔道具の生産に明け暮れていた。
「秋は暖房や給湯用の演算宝珠ばかりで、最近は調理用の小型魔導モータばかり作っている気がするんですけど……」
「なんだ、アイリちゃん。今頃気が付いたのか? 俺はアルフレイムに引っ越したら、てっきり魔導自動車ばかり作らされるものだと思っていたんだが簡単すぎて拍子抜けだぜ」
調理器具は魔導自動車の部品に比べればたいした精度も必要ではないため、ロイドさんの手にかかれば魔導ミキサーだろうがパスタ製造機だろうがお手のものである。衣食住の食と住が満たされてきたからには、次は衣服の発展についてもバランスよく発展するように考えないといけない。となると、作るとしたら魔導ミシンとか紡績機械かしら。さすがに難しいから当分先の話ね。
とりあえず今は全家庭に魔導オーブンや魔導コンロを普及させるつもりで無心で演算宝珠の調整をする。そう決意して集中していると、ロイドさんは今度は私の後ろに立つチェスターさんに向かって話しかけた。
「ところで例の剣はそこの騎士さんに渡したんだな。騎士さん、調子はどうだい?」
「ああ、問題ない……こともないが良い事は良い」
「どっちなんだよ。初めて打った魔剣の素体だから気になっていたんだ。正直なところを話してくれ」
「準聖剣級でやばいくらいに調子が良すぎて正直言って使えない」
「ああ……そういうことかい。それなら納得だ」
ロイドさんとチェスターさんが示し合わせたように私の方に視線を向ける。なんだか責められているような気がして、私はプイと横に顔を逸らす。
「二人して何よ、大は小を兼ねるって言うでしょう?」
「別に責めているわけじゃないが、もう少し威力を抑えたものを作ってくれないか? 寸止めしても丸焦げでは手加減できない」
「手加減? それなら前に練習用に作ってもらった金属棒をあげるわ。はい」
ゴトンッ!
亜空間から取り出したそれが、地面に落ちて重い音をたてた。
「アイリちゃん、こいつはまさかオリハルコン製か?」
「ええ、そうよ。装着している演算宝珠は弱い電流を流すだけだから、手加減するには丁度いいでしょう?」
「そいつは、かなり贅沢な棒だな。威力はさておき、俺が打った魔剣の素体百本分以上の値段はするぞ」
オリハルコンの棒を拾い上げたロイドさんは、しげしげと観察しながらゴクリと喉を鳴らした。
「そうなのね。よかったじゃない、チェスターさん!」
「よくねぇよ! 国宝で戦っているようなもんじゃねぇか!」
「えー、じゃあ木剣でも使っておく?」
「……やっぱりさっきの棒でいい。だが、せめて剣の形にしてくれ」
「おう、任せてくれ! オリハルコンの剣が打てるなんて鍛冶師冥利に尽きるぜ!」
小さい頃にノームのおじちゃんにもらった金属棒が剣になるなんて思わなかったけど、ロイドさんも喜んでいるようだし役に立ってよかったわ。
そうしてオリハルコンの棒が生み出された昔を思い出してほんわかとした気分に浸っていたのも束の間、アレックスさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「アイリちゃん、大変だ! アルフレイムの美食の魔術師を出仕させるようにと王宮から要請が届いた!」
「美食の魔術師って、私は演算宝珠職人なのですが!?」
「とにかく側妃であらせられるエリシエール様の御生家に仕える者なら話は早いと、王都の別邸におられるアルバート様に話があったらしく旦那様がお呼びです」
「うう……わかりました。すぐに向かいます」
もう少し辺境で準備を進めていたかったけど、いよいよ権謀術数の渦巻く実家に戻る時がきた。懐かしくもおぞましいあの王宮に再び足を踏み入れることになるのだ。正体が露見すれば命を奪われ不本意な形でイリス様の元へと帰還することになるかもしれない。
そんな予感に身を震わせながら、私は新たな進歩に向けて足を踏み出すのだった。
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