第4話 いよいよ街に進出するわよ!
以前から街の中で演算宝珠職人として生計を立てようと計画していた私は、冒険者ギルドよりは商業ギルドと関係性を深めた方が今後のためになるだろうと商業区域の真ん中にある商業ギルドに足を運んだ。
「さて、まずは商業ギルドで換金するわよ!」
出入り口のドアを開いて建物の中に入ると、カウンターで受付をするお姉さんが話しかけてきた。
「あらまあ、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんね。お父さんのお使いかしら?」
「いえ、フォレストウルフの毛皮を買い取ってもらって、そのお金でギルドの会員証を発行してもらいに来ました」
「えっと、お嬢さん自身が?」
「はい! この通りです!」
ドサドサドサッ!
現物を見せた方が話は早いだろうと演算宝珠を起動して異空間からフォレストウルフの毛皮を出して見せると、お姉さんは笑顔のまま固まった。通行料で一匹だから、これでは足りなかったのかしら。
「えっと、足りませんか?」
「いえいえ、十分です! それより今のはもしや勇者様のみが使えたという空間魔法では!?」
「御主人……じゃなくて、勇者様だけかどうかは知りませんがその通りです」
まずいわ。ひょっとして空間魔法は下界には伝わっていなかったのかしら。生み出されて間もない頃に、御主人様にアイテムボックスはないのかと真っ先に聞かれたから一般的なものだと勘違いしていたわ。
それより、さっきまでと違ってギラギラとした目つきで睨んでくるから少し怖い。
「あのぉ、毛皮の買い取りとギルド証の発行は?」
「はっ! 申し訳ございません、少々取り乱しました。こちらに必要事項をご記入ください。その間に毛皮を査定して精算致します」
よし、これで街への出入りは自由ね! 私は申請書に名前と主に取り扱う商品について、必要事項を記入して受付のお姉さんに手渡した。
「まあ。本当にその齢で読み書きができるのね……って、アイリ様! この演算宝珠や魔道具の販売というのは? 毛皮の販売ではないのですか!?」
「毛皮は門番のボビーさんに言われたから手持ちを出しただけで、本当は演算宝珠職人として開業しようと思ってきたんです。この街の演算宝珠職人さんは高齢のようですし」
「ああ、ロビンソン夫妻ですね。実は高齢を理由に別の街に住む息子さんの所に先週旅立ってしまい、店舗は空なのですよ」
「そうだったんですか。お会いしてお店を引き継げればと思っていたのですが、当てが外れました」
店舗経営から始めるつもりが行商スタートになってしまったけど、いずれは他の街にも進出することを考えればたいしたことはないわね。
「……アイリ様の演算宝珠のグレードは、どれくらいになるのでしょう」
「グレード? ごめんなさい、グレードは初耳です」
「それではファイアーボールを全力で出してみてもらえませんか?」
「え!? ここでですか?」
私はギルドの建物内を見まわしたけど、よく燃えそうな木造だった。
「何か問題でも?」
「えっと……建物が燃え尽きてしまいます」
「え? 空中に浮かべるだけのつもりですが?」
「はい。空中に浮かべるだけで、です」
「「……」」
どうにも互いの理解に決定的な違いがあるように思えた私はお姉さんの手を引いてギルドの外まで来てもらい、実際に空に浮かべて見てもらうことにした。
「ファイアーボール」
詠唱して火の玉を浮かべると、街の空にもう一つの太陽が発生したかのようにジリジリと地面が焼かれて焦げた臭いが立ち込める。うん、捨てられた当時は脆弱な魔力しか持たなかったけど、今ならこれくらいの火力は出せるわね。
「これは、まさか……プロミネンスノヴァでは!?」
「いいえ、単なるファイアーボールです」
そんな最上級魔法を発動したら、結界を張らないと建物が蒸発してしまうじゃない。それに神聖演算宝珠ならともかく、手持ちの演算宝珠では並列起動しても一発撃てるかどうかよ。
こうして、基準のよくわからないグレードチェックを済ませると、受付のお姉さんは再びギラついた目をして私の手を握ってきた。
「ロビンソン夫妻が使っていた店舗は商業ギルドの管理下にありますので、ご自由にお使いください!」
「え? あまりお金がないんですけど!?」
「もちろん無料です! 是非とも、このローデンの街で開業してください!」
「は、はい……」
まあ、使わせてくれるなら遠慮なく使うことにしましょう。若干引き気味にギルド証と毛皮の料金、それからホフマン夫妻の店舗の鍵と地図を受け取り、お礼を述べる。
「ありがとう、受付のお姉さん」
「私の名前はエミリー、アイリ様担当のエミリーでございます!」
「わ、わかりました……よろしくお願いします。エミリーさん」
ブンブンと手を振って見送るエミリーさんに別れを告げ、出入り口の扉を開けて外に出る。御主人様が冒険者ギルドを訪れた時に似たような対応を受けていた記憶があるけれど、苦笑いしていた理由をようやく理解した気がするわ。
そうして懐かしい記憶を思い浮かべた私は、演算宝珠だった頃には感じられなかった胸の温かさに包まれ、その表情を緩めた。
その後エミリーさんに別れを告げて商業ギルドで受け取った地図と事前の監視記録をもとにロビンソン夫妻が使っていた店舗に到着した。そこで建物を確認し終えると、私は思わず呟いた。
「大きすぎるわね、この店舗……」
監視していた方向からは見えていなかった店舗の奥行きに、老夫婦では掃除も大変だっただろうと頬を掻いてしまう。クリーンの魔法を発動する演算宝珠を組み込んでおけば手間はかからないけど、それはまたの機会になりそうね。しばらくは精霊の森から出張状態になるから留守中の事も考えないといけない。いっそ、全ての持ち物を亜空間に入れて移動することにしようかしら。何のための店舗かわからなくなってきたわ。
こうして身の丈に合わないお店を手に入れてしまった私は、今回の目的は達成したと精霊の森の最奥へと帰還するのだった。
◇
明くる日の朝、ドリーに周辺の街ローデンで演算宝珠職人として店を構える事を知らせた。最初は楽しそうに聞いていたけど、商業ギルドでの出来事以降から呆れたような表情を見せ始めるドリー。
「何か言いたい事がありそうね」
「いいえ。あなたが常識を知らなすぎることに、今更気が付いた自分に呆れていたのよ」
「それは仕方ないわ。イリス様に生み出されて御主人様と魔王種を討伐したと思ったらいきなり人間に転生よ? これで常識を身に付けている方がおかしいでしょう!」
エッヘンと胸を張る私にドリーが軽く頭を叩く。
「イタッ! 何よ、乱暴ね!」
「威張らないの! あのね。まず普通の人間は空間魔法なんて使えないし、あなたくらいの歳の魔力ならファイアーボールも人間の頭部くらいの大きさしか出せないものなのよ」
「ええ!? そんな変換効率で、よく魔獣から身を守れたわね!」
「そのために街を壁で覆って魔獣から集団で身を守っているのよ」
うーん、思っていたよりずっと魔法に関する知識が低かったのね。私が死んだ後も持続可能な成長を促すためには、魔法や演算宝珠に関する教育もしていかなくてはならないようだけど……こんな幼い私に師事しようとする者はいないでしょうし困った事だわ。
「はあ、何だか心配になってきたから、街の店舗の庭にこれを植えなさい」
頭を抱える私を見兼ねたのか、ドリーが体の一部を樹木に変えて苗として差し出してきた。
「これは? 単なる木の苗に見えるんだけど……」
「それを植えれば店の周囲限定で私の分体を出現させる事ができるわ。この場所のように強くはないけど、結界も発生するから悪意を持った人間から隔離することができるの」
「すごーい! さすが精霊の森の主ね!」
「これをすると街も精霊の森の一部になるから、あまり褒められた方法ではないのよ」
ドリーの説明によると女神様の祝福が街にも及ぶから、一部の人間を優遇する事になるのだとか。
「えっと……優遇すると何か不味い事でも起きるの?」
「女神様の祝福を受けた自分たちは特別な存在であると増長する人間が出てくる……かしら。長く生きていると、そんな歴史も経験しているのよ」
悲しげに眉を寄せたドリーの横顔は、過去を思い出しているのか苦渋に満ちたものだった。
「あの人使い……いえ、演算宝珠使いの荒いイリス様の祝福に、それほど特別な思い入れを抱けないのだけど……わかったわ、あまり長居しないようにする!」
「あなたは、むしろ特別な存在であると自覚して女神様に感謝なさい!」
そう言ってコツンと私の頭を叩くドリーは、先ほどと違い慈愛に満ちた笑顔をしていたのだった。
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